自然体なあなたが羨ましい

幽美 有明

どうして自然体で入れるのか。周りの言葉が視線が怖くは無いのか

 クラスに田口と言う女子がいる。

 田口さんはいつも一人で本を読んだり、何かをノートに書いたりと忙しそうに。だけど楽しそうに過ごしている。

 真面目で授業態度もいいから先生たちからの評判もいい。だけど生徒からはあまり好まれてない。


 田口さんはなんといえばいいんだろう、我慢をしない。言いたい事は濁さずにはっきりと言う。

 例えば誰かと話しをしていて、自分に興味が無い話になったとする。そんな時誰だって興味がなくても、話を聞いてそのまま会話を続けるはずなんだ。

 だけど田口さんは違う、興味が無いものはそのまま「私興味無いから」と言って終わらせてしまう。もしくはどこかに行ってしまう。

 他人に合わせることなく、自分の道を堂々と歩んでいるんだ。

 だから田口さんは同性愛者ということを公言している。男に興味はない、女の子にしか興味が無いのだとはっきり言っているし。それをネタに馬鹿にされたとしても「好きなものを好きと言って何が悪いの」と言ってしまうくらいだ。

 だけどこのままだと社会に出た時に田口さんは失敗する。


 学校は社会の縮図だと言うことがあるけれど。それは的を得ていると思っている。スクールカーストという言葉があるくらいだから。そのスクールカーストの上にいたければ、我慢をして他の人に合わせることしないといけない。そうしないと楽しい学校生活はおくれない。

 僕だってそうして、順調に学校生活をおくっている


 だけど田口さんはスクールカーストという枠組みを超えた、別の場所にいると言ってもいい。

 一匹狼と言ってもいいかもしれない。だけど、それは社会に出た時上手くいかない。協調性がないからだ。

 今の社会突出した個の能力より、協調性が重視されるからだ。

 正直田口さんの生き方は羨ましい。我慢をしないで好きに生きるあの生き方が。

 だけど、将来を考えた時僕はこの今の生き方を。猫を被って生きていく生き方から変えることが出来ないんだ。

 誰だって猫を被って生きている。僕だってそうだ。今の自分は本当の自分だと胸を張って言うことは出来ない。


 ならどこに本当の自分がいるのか。それは分からない。だけどもう一人の自分がSNSの中にいることはたしかなんだ。

 周りの目を気にしなくていい空間。誰かの言葉に怯えなくていい場所。それがSNSだから。

 もちろんモラルの範疇の中での話だけど。それでも現実よりも色濃くそこには自分という存在がいる気がする。

 現実では、周りの視線が言葉が何重にも自己という存在を縛り付けている。

 誰だって周りから拒絶されたくない、仲間外れにされたくないと無意識に思う。

 それは集団生活をする上で当たり前のことで、無意識に誰もが恐れること。

 その恐怖から逃れられるSNSという存在がこうして普及するのは必然だったんだ。


 SNSの中で僕は思ったことを感じたことを言葉にする。もちろん言葉を濁してしまうこともあるけど、現実に比べたら遥かに自然体で入れていると思う。

 そうしてSNSと現実とを行き来するうちに、現実の自分とSNSの自分がはっきりと別のものになっていることに気がついた。それは最近のことで、それまで気にもしていなかったことだった。

 きっかけはなんてことない普通の会話の中だった。

 よく話をする人で仲のいい人がいた。その人と話すうち、好きと言う言葉を言われた。もちろんそれはSNSの中にいる自分のことで、現実の自分ではない。それは当たり前のことだった。だけどその時現実の自分も好きになって貰えたならと。そう思ってしまった。

 現実の朝霧という僕も。SNSにいる朝霜という僕も。どちらも朝霜という個のはずなのに、それを区別していた。

 それからはいったいどちらが朝霜なのか、分からなくなった。

 どちらも僕のはずなんだ、そのはずなんだ。だけど自信を持ってそれを言うことが出来ずにいる。

 SNSを辞めれば解決する問題だ。だけど辞めれずにいる、SNSという環境が心地いいから。現実のように我慢をしなくていい環境だから。

 多分田口さんの生き方と似ていると思う。我慢をしなくていいから。だからなのか、現実に戻ると我慢することが煩わしく感じる。

 どうして我慢しないといけないのかって。

 そうしてSNSにいる時間が少しづつ伸びていった。


「朝霧少し話があるんだけどいい?」

田口たぐちさん、いいよ何?」


 そうして、生活を続けているうちに田口さんが話しかけてきた。あのあまり人と関わらなかった田口さんがだ。そして自然体で生きている田口さんが。

 何か話があるなら聞いてみたいと思った。自由に生きる田口さんの話が聞きたかった。


「ここじゃなんだから、帰り同じ方向でしょ。そこで話したいんだけど」

「わかった、じゃあ帰り道でね」

「うん」


 放課後の帰り道、誰にも邪魔されずに。誰の目も気にしないで話すことが出来る。SNSの中の自分で話が出来るような気がした。


 そして放課後田口さんとの帰り道。なかなか話が始まらないでいた。そんな中田口さんが「近道だから」と言って大通から離れた細い道を通ることになった。あまり人通りの少ない道をを


「ねぇ朝霧これ見て」


 話がはじまる、そう思ったのもつかの間、田口さんに見せられたスマホの画面にはSNSの自分が居た。


「これ朝霜なんでしょ」

「どうやって。家でしか使ってないのに」

「バスに乗ってる時見えたんだよ」


 その言葉に思い当たる節があった。SNSを始めたばかりの頃。どちらの自分が本当の自分がわからなくなる前の事。あの頃はまだバスの中でSNSを開いて居たんだ。

 もしかしてこれが田口さんの話したいことなのか。


「これがとうしたの」

「どっちが本物の朝霜なの」


 それは好きと言われたあの時から悩みに悩んで答えの出ない問題だった。そしてこれに対する答えを僕はもちあわせていなかった。


「分からないんだ。本当の自分がどっちかなんて。とある人に好きと言われた時。あの時から分からなくなったんだ。SNSのなかで好きだと言われで嬉しかった。だけど現実の自分の事じゃないと思って悲しくなってから。から分からなく……なったんだ」

「それってこれのこと」


 そう言って見せられた画面はまさにその時のやり取りだった。


「そうだよ」

「それ私だから言ったの」

「え?」


 何を言ってるのか理解が出来なかった。私が言ったと。それはそのままの意味で、あの時好きと言ったのは田口さんだったということになる。だけどそんなの分かるはずが無いんだ。


「このアカウント見覚えあるでしょ」


 その画面は自分のプロフィールを変更する画面で。もちろんそのアカウントを持ってる人にしかできない画面。

 その画面に書かれたアカウントの名前は、あの時好きだと言ったアカウントと同じだった。そしてIDも同じだった。

 それは紛れもなく、田口さんがあの時好きだと言った人だという証明に他ならなかった。


「そう……だったんだ。田口さんがあの人だったんだ」


 そう、そしてそれは。現実では好きだと言われることがないとわかった瞬間でもあった。なぜなら田口さんは同性愛者だから。男の僕に好きだと言うことは絶対にないんだ。


「そうだから言ってあげるよ。朝霜、あんたのこと好きだよ」

「なんで、だって田口さんは女の子が好きなんでしょ」

「そう、女の子好きだよ。だからSNSの女子の朝霜が好きなんだよ。気づいてなかったの、SNSの朝霧は私が恋するくらい女の子だったんだよ」


 SNSの自分が女の子。そんなこと初めて言われた。そもそも現実もSNSも両方知らないと言われることが無い言葉なんだ。田口さんだけが言える言葉なんだ。


「だから教えてよ。SNSの朝霜と今ここにいる朝霜と。どっちが本当の朝霜なの」


 答えなんてなかった。そうさっきまでは。今はもう答えがわかっていた。

 SNSの中で自然体で入れた。現実で煩わしいと思った。どちらが本当の自分かなんてとっくの昔にわかってたんだ。そう逃げてたんだ本当の自分を認めることが出来なくて。ただひたすら。


「SNSの方だよ。やっとわかったんだ本当の自分が」


 だけどもう逃げなくていいんだ。だって好きだと言ってくれる人が目の前に現れたから。現実で僕を好きだと言ってくれる人が。


「なら好きだよ朝霜。本当の朝霜のことがすき。だから付き合ってよ、私と」

「なんだか逆な気もするけど、よろしくお願いします」


 これで少しでも田口さんのように自由に生きることができるだろうか。


「ま、急に猫かぶるの辞める事なんて出来ないんだから。慣れるまでSNSで話さないとね。私が好きなのは女の子な朝霜なんだから」

「努力します」


 高校を卒業するまでに本当の自分で生きていくことができるのか。今更不安になってきた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

自然体なあなたが羨ましい 幽美 有明 @yuubiariake

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ