ひとひらの言の葉【0:1:1】60分程度

嵩祢茅英(かさねちえ)

ひとひらの言の葉【0:1:1】60分程度

女1人、不問1人

60分程度


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●時代背景

明治初期、鎖国をき、様々なモノが目紛めまぐるしく変化していく時代。


●登場人物

崋咲かさき 沙結良さゆら

由緒ある貴族『崋咲かさき家』の現当主。

よわいななつにして当主になった少女。

当主としての役目を果たすべく、年齢とはそぐわない振る舞いや言動を取る。

気丈に振舞う癖がついており、本心を吐露とろすることはない。


藤上ふじがみ 桐馬とうま

崋咲かさき家の分家ぶんけ藤上ふじがみ家から崋咲かさき婿入むこいりした青年。

現在十八歳。ものごしが柔らかく心優しい性格をしている。

沙結良さゆらには歳相応の楽しさや生き方をして欲しいと思っており、力になりたいと尽力じんりょくする。


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「聖人、南面して天下を聴き、に嚮ひてむ」

易経えききょうという中国の古い書にある言葉で、『明治』という元号の元になっており、「天皇が南に向いていれば、世の中すべて良い方向にいく」という意味


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「ひとひらの言の葉」

作者:嵩祢茅英(@chie_kasane)

沙結良♀:

桐馬:不問:

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沙結良N

聖人せいじん南面なんめんして天下てんかき、めいむかおさむ―――」


(間)


桐馬N

「閉鎖された島国に、突如とつじょおとずれた外来文化がいらいぶんか


散切ざんぎり頭を叩いてみれば文明開化ぶんめいかいかの音がする』


様々なモノが目紛めまぐるしく変化していく、そんな時代の中、

変わらずに、り続けるモノもある。」


(間)


沙結良

「お初にお目にかかります。

崋咲かさき家当主の、沙結良さゆらと申します。」


桐馬N

「そう言って頭を下げたのは、よわいななつの少女だった。」


沙結良

「がっかりされましたか?

当主がこのような子供で。」


桐馬

「…なぜ、そう思われるのです?」


沙結良

「誰が見ても、そう思うでしょう。

現に貴方とはとう程も離れております。」


桐馬

「歳などは関係ありません。

崋咲かさき家の本家ほんけ分家ぶんけ問わず、

『力』の強い者が当主となる。

そして現在の当主が貴方だった。それだけの事です。」


沙結良

「…そうですね。」


桐馬

「改めまして、桐馬とうまと申します。

本日より、こちらでお世話になりますゆえ

どうぞ、よろしくお願い致します。」


沙結良

「では、桐馬とうまさま、」


桐馬

桐馬とうま、とお呼びください。」


沙結良

「…桐馬とうま…さん。」


桐馬

「はい。」


沙結良

「使いの者に屋敷を案内させます。

桐馬とうまさんに使って頂く部屋もございますので、

本日はそちらでお休みください。」


桐馬

「ありがとうございます。」


沙結良

「では…(使いの者を呼ぼうとする)」


桐馬

「(遮って)沙結良さゆらさん。」


沙結良

「…はい。」


桐馬

「これから、よろしくお願い致します。」


沙結良

「…よろしく、お願い致します。」


(間)


桐馬M

「これが、私の妻となる、沙結良さゆらさんとの出会いだった。

先代当主が亡くなり、一族の中から新しく当主となる者が決まると、

家督かとくを継承すると同時に、婿むこを取るのが

崋咲かさき家のならわしだ。

崋咲かさき女系じょけいの家であり、代々、女を当主としてきた。

そして当主には『ある役割』があり、そのための『特別な力』を持つ。」


(間)


沙結良M

「本日この家に、新しく家人かじんとなる方が来た。

私の、婿むことなる方だ。

歳は十八。

分家ぶんけに当たる藤上ふじがみ家の方で、物腰の柔らかい印象を受けた。

そして、こんな私を見ても驚く様子はなく、軽く笑みを浮かべた中性的な顔立ちに、私の不安は、少なからずやわらいだ。」


(間)


沙結良

「それでも、心のうちまでは分からない…

どう思われたかなんて、誰にも分からないわ。」


沙結良M

「そんな、ひねくれた言葉をいて、部屋を出た。」


(間)


桐馬

「おはようございます。」


沙結良

「おはようございます。

お早いのですね。昨夜は眠れましたか?」


桐馬

「はい、お陰様で。

部屋もとても立派で…何というか、気遅れしてしまいますね。

屋敷も広く、迷うばかりです。」


沙結良

「広いだけが取り柄の家です。

表には決して立てない家柄いえがらのせいでしょう。

この屋敷は崋咲かさき家の、貴族としての意地なのです。

……とてもくだらない、意地。」


桐馬

「意地…ですか。」


沙結良

「この屋敷には、多くの要人ようじんがおいでになられます。

それなりの『格』を、たもたなければなりません。」


桐馬

「なるほど。」


沙結良

「…朝からつまらない話をしてしまいました。」


桐馬

「いいえ、つまらなくなどないですよ。」


沙結良

「…桐馬とうまさんは奇特きとくな方ね。」


桐馬

「そうでしょうか?」


沙結良

「ええ。…とても奇特きとくな方…」


沙結良M

「そうつぶやくと、桐馬とうまさんと共に、食堂へと向かった。」


(間)


沙結良

「本日、十四時に来客があります。

桐馬とうまさんも同席どうせきされるよう、お願いします。」


桐馬

「分かりました。…依頼、ですか?」


沙結良

「ええ。

客人を迎える前に、道具の準備をしますので手伝って頂けますか。」


桐馬

「分かりました。」


(間)


桐馬M

「朝食を食べ終わると、ある部屋へと案内された。」


沙結良

「ここが、『ふだ』の保管に使用している部屋です。

普段は人の出入でいりが無いよう、厳重に鍵をかけています。」


桐馬M

沙結良さゆらさんはそう言って、部屋の鍵を開ける。

窓がなく、薄暗い部屋の中には、木製の棚が壁一面を覆い、

そのつくりから、とても古いモノだと見受けられた。」


沙結良

「こちらの棚には『使用済みのふだ』が保管されております。

いまだに、浄化じょうかされていないふだも含まれておりますので、決して触れぬよう、ご注意願います。」


桐馬

「この棚の全てに、ふだが入っているのですか?」


沙結良

「はい。これまで使用された、全てのふだが収めてあります。

…そして、こちらが『新しいふだ』の入った棚になります。」


桐馬M

「たくさんある引き出しの中から一つ、スッと手前に引くと、

中にはふちに模様のえがかれた、縦長の和紙が数十枚ほど入っており、

沙結良さゆらさんはそのふだを数枚取り出した。」


沙結良

「急を要する場面もあるため、代々、当主みずかふだえがき、

常に一定量を保持しています。

これから、桐馬とうまさんにもふだに触れる機会がありましょう、

ふだ在処ありかと扱いには十分お気を付けくださいませ。

よごれたふだや、欠損けっそんのあるふだ

効力をしません。」


桐馬

「分かりました。」


沙結良

硯箱すずりばこはこちらです。」


桐馬

「これも、持っていくんですか?」


沙結良

「はい。使用するかどうかは、依頼者の話を聞いてからになりますが…」


桐馬

「なら、これは私が持ちましょう。」


沙結良

「…ありがとうございます。」


桐馬

「もっと頼ってください。

私は貴方の夫です。それに、当主のために動くことが、私の役割ですから。」


桐馬M

「『当主のために』。咄嗟とっさに出た言葉だが、その想いに偽りはない。

だが、その想いよりも、目の前にいる小さな少女にせられた重圧を、

子供とは思えないほどかしこまった彼女の振る舞いを、

ほどいてあげたい。そう、思ったのだ。」


(間)


桐馬

「本日の来客は、『ハズレ』でしたね。」


沙結良

「『ハズレ』…ですか。

問題を抱えた客人のほうが、余程よほど『ハズレ』ですわ。」


桐馬

「っ!これは失敬…

気を悪くされたのなら謝ります。」


沙結良

「いえ。謝る必要はありません。

はらいの儀式』を見たかったのでしょう?」


桐馬

「…」


沙結良

崋咲かさき家は呪いのはらい、『呪いの肩代わり』をう一族。その内に『アタリ』のかたもお見えになる事でしょう。」


桐馬

沙結良さゆらさん!」


沙結良

「…はい。」


桐馬

非礼ひれいを詫びます…

私の配慮不足です、申し訳ありません!」


沙結良

「…先程さきほど申し上げた通り、謝る必要はありません。

顔を上げてください。」


桐馬M

「頭を上げると、少し悲しそうな表情をした沙結良さゆらさんの顔が見えた。

すぐにきびすを返し、足早に『例の部屋』へと歩いて行くのを、見送る事しか出来なかった。」


(間)


沙結良M

桐馬とうまさんが口にした『ハズレ』という言葉に、胸がチクリと痛んだ。

特殊な儀式を生業なりわいとしているモノに向けられる、好奇こうきの目には慣れているはずだった。

桐馬さんが『身内』となって、私は浮かれていたようだ。

涙をグッとこらえ、道具を片付ける。

桐馬とうまさんは追って来なかった。

それで良かった。弱みを見せてはならない。

当主としてあるべき姿を体現たいげんしないといけないからだ。

あれ以上踏み込まれたら…涙が出ていたと思うから…」


(間)


桐馬M

華咲かさき家に婿入りしてから数日が過ぎた。

華咲かさき家は都心にあるものの、郊外に土地を持ち、森に囲まれ、

人を寄せ付けない造りになっている。

『呪い』を取り扱う家柄ゆえの事だろう。

屋敷の裏手には小さな厩舎きゅうしゃがあり、街には馬車で移動する。

沙結良さゆらさんは普段家にり、教師のかたをお迎えして

御勉学をされているようだった。」


(間)


桐馬M

「縁側に座り庭を眺めていると、沙結良さゆらさんがやってきた。」


沙結良

「屋敷には慣れましたか?」


桐馬

沙結良さゆらさん!

ええ、だいぶ慣れました。

沙結良さゆらさんは、街には行かないのですか?」


沙結良

「ええ。…呪われた家の者が、矢鱈やたらと人の多い所に

行くものではありません。」


桐馬M

「そう言った沙結良さゆらさんの瞳は、寂しげだった。」


桐馬

「人の多い場所に行くと、何か不都合があるのですか?」


沙結良

「いえ、不都合はありませんが…」


桐馬

「ありませんが?」


沙結良

「こんな家柄の者だと分かれば、白い目で見られる事は分かり切っていますから…」


桐馬

「…以前、何かあったのですか?」


沙結良

「…当初、私は他の生徒と同じく、街の学校へ通っていました。

ですが他の生徒の親が、『華咲かさき家の者とは関わるな』と

自分の子供に言ったのです。

それから、学校に、私の居場所は無くなりました。」


桐馬

「そんな…」


沙結良

「実態の分からぬものには『恐怖』を感じるものです。華咲かさきは『呪いを祓う』事を稼業かぎょうとしていますが、『呪い』を扱うという事が、印象を悪くするのでしょう。」


桐馬

「…」


沙結良

「だから先生には屋敷に来て頂いています。

ですが、それすら『特別待遇とくべつたいぐう』だと、良く思わない人も

られます。」


桐馬

「そんな…」


沙結良

「先生にお手間を取らせているのは事実ですから。申し訳なく思っています。」


桐馬

沙結良さゆらさんが気にする事ではありません。

迫害を受けるいわれはありません!」


沙結良

「…仕方のない事です。」


桐馬

沙結良さゆらさんはそうやってなんでも飲み込んで…一人で苦しまないでください…」


沙結良

「…慣れていますから。」


桐馬

「そんな事に慣れないでください…私では力不足かも知れませんが、私は貴方と共にります。」


沙結良

「…桐馬とうまさん?」


桐馬

「もっと頼ってください。私にも、他の者にも。

少なくともこの屋敷には、貴方の味方しか居ませんから…!」


沙結良

「…お優しい言葉をかけてくださるのですね。」


桐馬

「普通の事しか言っていませんよ。」


沙結良

華咲かさき家の人間と言うだけで、ある者はけ、ある者はこびを売る。

今までそんな者をたくさん見てきました。それが人間のさがなのですよ。」


桐馬

「私はずっと、沙結良さゆらさんのお側にいます。

沙結良さゆらさんが他の者と変わらないという事も…

いいえ、他の者より色んな物を背負い耐えている事も、

屋敷の者には優しい一面がある事も、私は知っていますから…」


沙結良

「…ありがとう、桐馬とうまさん。」


桐馬

「出過ぎた真似かもしれませんが…」


沙結良

「いいえ、嬉しいです。」


桐馬

「…それなら、良かったです。」


沙結良

桐馬とうまさんは屋敷に居て退屈ではありませんか?」


桐馬

「今はまだ、覚えることが多いので…

ですが、いつか沙結良さゆらさんと一緒に、街へ出掛けてみたいですね。」


沙結良

「え?」


桐馬

「屋敷にこもりきりでは、体に悪いですよ。」


沙結良

「あ…」


桐馬

「…いや…すみません、ちょっとこれはズルかったですね…」


沙結良

「…え?」


桐馬

「私達は夫婦ですから。

沙結良さゆらさんと一緒に、街を歩きたいと思ったのですよ。」


沙結良

「っ!」


桐馬

「…照れていますか?」


沙結良

「…照れてなどいません…」


桐馬

「私は照れています。」


沙結良

「…ふっ。」


桐馬

「笑いました?」


沙結良

「だって……可笑おかしな方だわ。」


桐馬

「どうぞ笑ってやってください。

私は、貴方の笑った顔が見たいのです。」


沙結良

「…よくそんな歯の浮くような言葉が言えますね。」


桐馬

「心外ですね。思った事を言っただけですよ。」


沙結良

「貴方は私の心を乱すわ。」


桐馬

「それは嬉しき事です。」


沙結良

「…今まで貴方のような方に出会った事がないわ。」


桐馬

「あはは、そうですか。私はね、沙結良さゆらさん。

貴方に『普通の幸せ』というものを知って欲しいのですよ。」


沙結良

「『普通の幸せ』、ですか。」


桐馬

「はい。私はその横で、貴方を支えますから。」


沙結良

桐馬とうまさんって、意外と頑固な方なのね。」


桐馬

「頑固、ですかねぇ?」


沙結良

「ええ、頑固だわ。」


桐馬M

「そう言うと、沙結良さゆらさんは立ち上がり、自室へと戻って行った。」


(間)


沙結良M

「『普通の幸せ』…そんなものを私が願っていいものなのか…

今まで考えた事もなかった。

でも桐馬とうまさんの真剣な顔を見ていると、『普通の幸せ』を願っても

いいのかもしれない、そうなれるのかも知れない…そんな気がしてくる。

求めてはいけないと今まで必死にふたをしてきた感情が溢れ出てきそうになる。

私はそれが怖かった。今までの覚悟がもろくなり、

いつか自分が良くない感情に潰される、そんな事を考えて、不安がこみ上げてくる。

桐馬とうまさんが来てから、私はどんどん弱くなる。

そんな事を思いながら息をいた。」


(間)


桐馬M

「本日も来客がある。夕食前の十七時頃。

沙結良さゆらさんと共に準備をし、客人を迎えた。

客人は、当主として出迎えた沙結良さゆらさんを見て驚き、更に不満をこぼした。

『こんな子供に何ができるのか』と。

そんな言葉を吐かれても沙結良さゆらさんの態度は変わらず落ち着いている。

当主としての振る舞いを重んじる沙結良さゆらさんの芯の強さを感じた。」


沙結良

華咲かさき家業かぎょうに歳は関係ありません。

不満に思うのであれば他を当たれば良いでしょう。

華咲かさきは代々、多くの要人ようじんに取り憑いた呪いをはらってきました。

私も華咲かさき家の当主として、儀式をり行うまでです。

…見たところ、貴方には複数の呪いが取り憑いていますね…

心当たりがあるからこそ、本日屋敷へいらしたのではありませんか?」


桐馬M

沙結良さゆらさんの言葉に客人は表情を固くし、押し黙った。

どうやら図星のようだった。」


沙結良

「まず、生き霊が二体ほど憑いています。

生き霊は強い想いによって本人の意思とは関係なく取り憑きます。

これらは問題なくはらう事ができます。」


桐馬M

「そう言うと、沙結良さゆらさんはすずりに水を数滴らし、

ゆっくりと墨をり始める。」


沙結良

「そして問題なのは…呪いです。

これは明確に『貴方を呪う』と意思を持った者が、術者に頼み呪ったもの。

憑いた呪いを跳ね返すには危険をともないます。

…人を呪わば穴二つ。

呪われた者も、呪った者も、ろくな死に方はしません。

ですからふだに移すのです。

強い呪いはふだに移し、長い月日をかけてはらいます。」


桐馬M

沙結良さゆらさんが、新しいふだに客人の氏名を書くと、

客人の指先を小刀こがたなで切り、血液が滲んだ指先を、ふだに押し付けた。」


沙結良

「これで貴方に憑いていた呪いは、このふだに移りました。

呪いの効力を完全に失くすまで、こちらで管理しはらいます。」


桐馬M

「屋敷の者が、手際良く傷の手当てをほどこす。」


沙結良

「これで儀式は終了です。

また何かあれば、いらしてください。」


桐馬M

「そう言われた客人は、来た当初とは打って変わり、安堵あんどの表情を浮かべると、

沙結良さゆらさんの手を取り、感謝の言葉を述べた。」


(間)


沙結良

桐馬とうまさん。今回のふだには呪いが憑いています。

これは当主である私にしか触れる事ができません。

他の者がふだに触れれば、呪いはの者に移ってしまうからです。

なので…他の道具の片付けをお願い出来ますか?」


桐馬

「はい、分かりました。」


沙結良

「…先に、例の部屋へ行っています。」


(間)


桐馬M

「こうして少しずつ、沙結良さゆらさんが他の者を頼る事を、

私は嬉しく思いながら道具を片付けた。」


(間)


沙結良M

「今朝、母と祖母の夢を見た。

華咲かさき家の当主となり、本家に来てから、一度も家族とは会っていない。」


(間)


桐馬M

華咲かさきの屋敷は広い。広大な土地に建てられた屋敷。

ここへ来て、屋敷の造りに慣れた頃、庭が見渡せる縁側に一人座り、

ぼんやりと庭を眺める時間が増えた。私の特等席だ。

それが今朝、思わぬ先客がいた。」


桐馬

「おはようございます、沙結良さゆらさん。」


沙結良

桐馬とうまさん…おはようございます。」


桐馬

「珍しいですね、沙結良さゆらさんがここに居るのは。」


沙結良

「…」


桐馬

沙結良さゆらさん?」


沙結良

「(うつろげに)…ええ…

(我に返って)ええ、そうね。…なんだか、庭を見たくなって。」


桐馬

「そうですか。

…何か、ありましたか?」


沙結良

「どうして…そう思うの?」


桐馬

「うーん…ほら、急に『庭が見たくなった』って。

何かきっかけがあったのではないかと思いまして。」


沙結良

「…そうね…

今朝見た夢のせいかもしれないわ。」


桐馬

「夢?どんな夢を見たのですか?」


沙結良

「実家の…母と祖母の夢。」


桐馬

「…良くない夢でしたか?」


沙結良

「いいえ。…でも、なんだか懐かしく感じて。

華咲かさきの本家に来てからは、一度も会っていないから。」


桐馬

「そうだったのですね。この屋敷へ来るのは、骨が折れますからね。」


沙結良

「ええ。

当主の私が、そうそう本家を離れる訳にはいかないし…祖母は足が悪くて。

だから、これから先、会う機会が、ないのかもしれない。

それこそ、次に会うのは祖母が亡くなる時なのかも、なんて、考えてしまって。」


桐馬

「…ご家族がどんな方か、聞いてもいいですか?」


沙結良

「祖母は…華咲かさきの力の象徴とも言える『当主』となる事を、重要視していたわ。

裏方で華咲かさきを支えるのではなく、当主となることに、とても固執こしつしていたの。

けれど、祖母も、母も、その力が弱かった。

そして母は何かを覚える、という事が苦手な人だった。

だから祖母は、母に対してとても厳しく接していたわ。

そのせいね、強い力を持って生まれた私に、祖母は毎日毎日、朝から日が暮れるまで、色んな事を教えてくれた。」


桐馬

「そうだったんですね」


沙結良

「母も、幼い私が覚えやすいようにと、ふだの模様の描き方を歌にしたり…

…母は当主になるような力や素質は無かったけれど、

それでも華咲かさきに関わる者として、自分の役割をまっとうしようとしていたわ。

母なりに、色々考えて。」


桐馬

沙結良さゆらさん。話すのがお辛いようなら…」


沙結良

「いいえ大丈夫、辛くはないわ。」


桐馬

「なら、良かった。」


沙結良

「…私が華咲かさき家の当主に選ばれた時、祖母はとても喜んだわ。

もちろん母も喜んでくれたけれど…

祖母は自分の家から『当主』が出る事に、強くこだわっていたから。

私は当主になったけれど、母は…その見込みも無かった母は、

辛い思いをしてきたのではないかと、そう、思っていたの。

でも私の記憶の中の母は、いつも笑顔で。」


桐馬

「優しい方だったのですね。」


沙結良

「そうね、とても優しい人だった。

祖母が優しくない、という訳ではないのだけれど…

祖母は、当主になれなければ、価値はないと思っているようだったから。」


桐馬

「…」


沙結良

「(一息吸って)…ごめんなさい、私ばかり喋ってしまったわ。」


桐馬

「いいえ、沙結良さゆらさんの話、もっとたくさん聞きたいと思っていますよ。」


沙結良

「…ありがとう。」


桐馬

「夢にご家族が出てきて、懐かしくなって。少し、寂しく感じたのかもしれませんね。」


沙結良

「そうね…だからこうやって、のんびり庭を見たくなったのかも知れないわ。」


桐馬

「ここの庭は広い。手入れもしっかりされていて、ゆっくりと眺めるには、

うってつけの場所ですからね。」


沙結良

「…桐馬とうまさんがここに居る事が多いのって…」


桐馬

「私も、ゆっくり庭を眺めているんです。心が落ち着きますから。」


沙結良

「そう…そうね…」


桐馬

「…落ち着きました?」


沙結良

「え?」


桐馬

「夢を見て、いつもと違う朝を迎えて、きっと沙結良さゆらさんは落ち着かなかったんでしょう。

…庭を眺めて、落ち着きましたか?」


沙結良

「…そうね、落ち着いた、と思う。」


桐馬

「それは良かった。」


沙結良

桐馬とうまさんのご家族は、どんな方なの?

あ、無理にとは、聞かないけれど…」


桐馬

「ははっ、至って普通ですよ。普通の家庭。

それでも、華咲かさきの婿になると聞いた時は、皆、喜んでくれました。」


沙結良

「…そう。」


桐馬

「私も、婿に選ばれて、沙結良さゆらさんと出会えて、嬉しく思っています。」


沙結良

「(照れて少し俯きながら)…また…よくそんな事が言えるわね…」


桐馬

「本当の事ですから。」


沙結良

「…ならいいけど。いいけれど…!」


桐馬

沙結良さゆらさん?」


沙結良

「私は…不安だったわ。」


桐馬

「…それは、私の印象ですか?」


沙結良

「そうじゃなくて…

…婿となる方が、私を見て、どう思うのか。」


桐馬

「可愛らしい方だと思いましたよ。」


沙結良

「…っ、そうじゃなくて…」


桐馬

「?…違うんですか?」


沙結良

「…こんな子供の相手をさせられて、がっかりするんじゃないかと…

そう、思っていたから…」


桐馬

「ふふっ、それは杞憂きゆうでしたね。」


沙結良

「…私も…」


桐馬

「ん?」


沙結良

「私も、婿となる方が、貴方で良かったわ。」


桐馬

「…沙結良さゆらさん…」


沙結良

「…っ。それじゃあ、私は朝食まで部屋にいますっ」


桐馬M

「そう言うと、沙結良さゆらさんは廊下を駆けて自室へと戻って行った。」


桐馬

「…沙結良さゆらさんが自分の想いを口に出すなんて…珍しい…

ふふっ。少しは気を許してくれたのかな…」


桐馬M

「家族の事を『話すのが辛い』と言ったのは、自分に対して発した言葉なのかも知れない。

咄嗟とっさについた嘘。

うちの家庭は決して『普通』ではなかった。

それを人に話すのは、誰の得にもならないからと、そんな理由を付けて口を閉ざした。」


桐馬

「雨の匂いがする…」


(間)


沙結良

「私ったら、なんであんな事言ったのかしら。」


沙結良M

「婿となる方が、貴方で良かった。

本当にそう思っている。

けれど、それを口に出すなんて…

ああ、きっと桐馬とうまさんが素直な言葉を口にする方だから。

そして、そんな桐馬とうまさんに心を許し始めている自分がいる。」


沙結良

「だからって…!」


沙結良

「(呟くように)…だからって、あんな事…口に出すものじゃあないわ…」


沙結良M

「私は火照ほてった顔を手で押さえ、

自分の発した言葉と、それを投げかけた時の桐馬とうまさんの顔を思い出し、

恥ずかしさに耐えていた。」


(間)


桐馬M

華咲かさき家が呪いの肩代わりを始めて数十年経った頃、まれに、

親族の間で『死』の呪いが発現はつげんするようになった。

華咲かさきが肩代わりした呪いは全て、時間をかけて浄化する。

だがほんの少しずつ、浄化しきれない『想い』や『執念』などが蓄積され、

数十年に一人、呪い返しを受ける者が出てくる。

その呪いは華咲かさきが扱う呪いとは別のモノであり、肩代わりのできない代物しろものであった。

そのような者が現れると、当主から宣告を受ける。

当主だけが呪いの発現はつげんを感じ取り、呪いが発現はつげんした者に、手紙でもって告げるのだ。


…そして、私はその手紙を十五になったとしに渡された。


呪いが発現はつげんしてから死に至る期間は曖昧で、

それでも十年生きられればいいほうらしい。

つまり、私は二十五までには死ぬ、という事だ。

このお告げをきっかけに、私の家族は少しずつ崩壊していった…」


桐馬

沙結良さゆらさんは、どう思うかな…」


桐馬M

「この事を知ったら。つらい想いをさせてしまうのだろうか。

沙結良さゆらさんには笑顔でいて欲しい。

笑って日々を過ごして欲しい…

そのために、私は沙結良さゆらさんとは深く関わらない方が、きっと良いのだろう。

そう、頭で分かっていても、沙結良さゆらさんのそばで。沙結良さゆらさんのために。『何か』を出来る自分でいたい。

そんな自分勝手な事を、望んでしまう。

沙結良さゆらさんが私に心を許せば許す程、彼女の負う悲しみは大きくなる。

そんな事は、あってはならない。

…なのに…反面、私の死で打ちのめされるであろう彼女が、とても愛おしく感じてしまうのだ。」


(間)


沙結良M

「今日、一通のふみが届いた。

差出人は、藤上ふじがみ家の家長かちょう、つまり、桐馬とうまさんのお父上ちちうえだ。

それが、当主あてに届いたもので、私は少しばかり驚いた。

何が書かれているのだろうと封を切り、目を通す。」


桐馬(代理として読み上げてください)

華咲かさき家、当主殿

略啓りゃくけい、突然のふみに驚かれた事と思います。

当主殿に、桐馬とうまの事で知っておいて頂きたい事がありましたゆえ、筆を取った次第です。

率直そっちょくに申し上げて、桐馬とうま華咲かさき家の婿と決まった時、私達家族は心底運命というものを呪いました。

桐馬とうまと、残り少ない時を共に過ごせないという事、あの子の最期に立ち会えない事を呪いました。

桐馬とうまは十五の頃、呪い返しのお告げを受けました。

それから我々家族は、桐馬とうまにとって、より良い人生であったと思えるよう

様々に趣向しゅこうを凝らし、共に生活してきました。

それが、今や手の届かない場所で生きている桐馬とうまに、私達は何もしてやれません。

これは決して華咲かさきへの不満というような話ではありません。

どうか、誤解なさらぬよう、申し上げます。

当主殿には、どうか桐馬とうまの残り少ないせいを、共に過ごしてやって頂きたいのです。

手前勝手な願いであることは重々承知の上で、それでも尚、お願いしたいのです。

どうか、息子を、桐馬とうまを。よろしくお願い致します。』


(間)


沙結良M

「頭の中が、真っ白になった。

桐馬とうまさんが呪い返しを受けている?それも、十五の時に。

呪い返しを受けた者の寿命は、短い。

十年てばいいほうだとされているが、そのじつ、十年も生きた者などいないのだ。

桐馬とうまさんは呪い返しを受けてから三年経っている。

…いつ死んでも、おかしくない。

なのに。

何故、桐馬とうまさんはこの事を言ってくれないのだろう…

私が、幼い子供だから?

たとえ当主であろうと、呪い返しはく事の出来ぬ呪い。

この事を桐馬とうまさんに問いただす権利は、確かにあるのだろう。

当主として。妻として。

しかし、それは躊躇ためらわれた。

当主であれど、私は子供だ。そう、ただの子供。どうしようもないほどに。


私はしばらく動けないでいた。」


(間)


沙結良N

「その日の夕食。」


桐馬

「今日も美味しいですね。

ここへ来てから、毎日の食事が楽しみなんですよ。

っと…こう言うと誤解されそうですが…

沙結良さゆらさんと共に食べる食事が、楽しみなんです。」


沙結良M

「微笑みながら桐馬とうまさんは言う。」


桐馬

「…沙結良さゆらさん?どこか具合でも悪いのですか?

さっきから箸が進んでいないようですが…」


沙結良

「…大丈夫です。すみません、考え事をしていました。」


桐馬

「そうですか。

…食事の時くらい、考えるのはやめましょう。

眉間にシワができちゃいますよ?」


沙結良M

桐馬とうまさんは笑う。


なんで何も言わないのだろう。言ってくれないのだろう。

そんな事を考えながら、呪い返しについて、私から話を持ち出す事もできない。

桐馬とうまさんから話を切り出してくれないかと、そんな考えすら持っている。


これから先、共に過ごすと思っていた人が残り少ない命だなんて…

そんな、そんなの……!」


桐馬

「…沙結良さゆらさん、…沙結良さゆらさん!」


沙結良

「………えっ?」


桐馬

「…相当お疲れのようですね。今日は早々そうそうに寝てください。

温かいお茶をお持ちします。ゆっくり眠れるように、おまじないです。」


沙結良M

「こんな時ですら、桐馬とうまさんは優しい。

気遣うべきは私ではなく、自分の体であるはずなのに。」


桐馬

沙結良さゆらさん…明日あす、お願いとお話があります。

聞いてくださいますか?」


沙結良

「話、ですか…?」


桐馬

明日あす、『例の部屋』へ入れてください。

そこで、お話したい事があります。」


沙結良

「…あの部屋で?」


桐馬

「ええ、先代当主との、約束なんです。」


沙結良

「先代との、約束…ですか?」


桐馬

「はい。詳しくは明日あす、お話しします。

沙結良さゆらさん…少しだけ、待っててください。

私を信じてください。」


沙結良M

「それは、今、私の頭の中で渦巻く事への言葉なのだろうか…

私の目を見て話す桐馬とうまさんがはかなげで、けれど力強いその瞳に、私は目をらせずにいた。」


(間)


沙結良N

「次の日。」


(間)


沙結良M

昨夜さくやはあまり眠る事が出来なかった…

なんだか胸騒ぎがして、良くない事が起こりそうで…


働かない頭で部屋を出る。」


桐馬

沙結良さゆらさん、おはようございます。」


沙結良

桐馬とうまさん…」


桐馬

「あまり眠れていませんか?

…私のせいでしょうか?」


沙結良

「…いいえ、大丈夫です。」


桐馬

沙結良さゆらさん、私を、信じてください。」


沙結良M

「力強いその言葉。けれど不安はぬぐいきれぬまま、例の部屋へと向かった。」


(間)


沙結良M

「鍵を使って、扉を開ける。」


桐馬

沙結良さゆらさんは部屋に入らないでください。」


沙結良

「えっ、でも…」


桐馬

「お願いします。

私を、見ていてください。」


沙結良M

「そう言うと、桐馬とうまさんは部屋の中央まで進んで、振り返った。」


桐馬

「さて…

昨夜さくや、お話したい事があると言いましたね。

そのことについて、お話します。


私は、『呪い返し』を受けています。」


沙結良

「…っ」


桐馬

「…あまり驚かれないのですね。」


沙結良

「……えぇ。実は昨日、桐馬とうまさんのご実家から、ふみが届いたの。そこに、書かれていたから…」


桐馬

「そうですか…

(独り言で)あの家は本当に勝手だな…


沙結良さゆらさん、そのふみ、内容は容易よういに想像できます。

ですが、今は別の話をしましょう。


私は十五の時、呪い返しを受けたと先代当主から宣告せんこくを受けました。

そのふみには、私個人へ宛てた封筒が別に入っており、中には先代当主がえがいたであろうふだと、今日の日付、そして『この部屋で待つ』と、書かれた紙が入っていました。」


沙結良

「この部屋で…待つ?」


桐馬

「ええ。

ですがその前に。

一緒に頂いたふだですが、触れるととても暖かく、守られているようでした。

恐らく、先代当主が自身の力を込めたものでしょう。

私はそのふだを、肌身離さず持ちました。

きっと、今日まで私を生き伸ばしてくれたのは、このふだのおかげでしょう。


そして、私は…………………今日、死ぬ。」


沙結良

「そんなっ!!」


桐馬

「(穏やかに)沙結良さゆらさん、聞いてください。

先代当主が、何故このような事をしたのかを。

次の婿の決定権は先代当主が残す遺書をむことが多い。

では、なぜ『呪い返し』を受けた私を選んだのでしょう?

…余命のない私を。」


沙結良

「…分からないわ…」


桐馬

「はい。私も分かりませんでした。

『この部屋で待つ』という意味も。

華咲かさきの力で『呪い返し』はどうこう出来るものではないのに。」


沙結良

「…」


桐馬

「私が命を落とすなら、今日だと言うことは分かっていました。

そして死が近づいた時、この部屋にあるふだが、

何か関係しているのではないかと考えるようになりました。」


沙結良

ふだが?」


桐馬

「はい。

沙結良さゆらさん、前に言いましたよね?

『当主以外の者がふだに触れると、呪いが移る』と。」


沙結良

「…ええ。」


桐馬

「今日死ぬ人間が、ここにあるふだに触れる。

すると、呪いは私に移り、共に消し去る事ができる。」


沙結良

「そんなことっ!」


桐馬

「ええ、つい最近までそう思っていました。


ですが、先代当主は、そのような事を望んでわざわざ私を生かし、

ここへ婿として来させたのでしょうか?」


沙結良

「…どう言うことか、分からないわ…」


桐馬

「これから、お見せします。」


沙結良M

「そう言って桐馬とうまさんは、呪いがいているふだが保管された棚に手をかける。」


沙結良

桐馬とうまさんっ!!」


桐馬

沙結良さゆらさん。私を信じて、見届けてください。」


沙結良M

「…その言葉に、私は動けない。

動けない私をよそに、桐馬とうまさんはふだを一枚、取り出す。


その瞬間。


すべての棚が独りでに開き、おさめられていた全てのふだが部屋中を渦巻うずまきながら舞う。


そして、ふだはしから火がともり、燃えてゆく…


パチパチと音を立て燃えるふだの中心で、

桐馬とうまさんは目をつむり、たたずんでいる。


私はその異様な光景に、目を奪われていた。


ふだは、舞いながらゆっくりと燃え、数十分ほどすると、

全て灰となり、床一面を覆い尽くしていた。」


(間)


桐馬

「…沙結良さゆらさん…沙結良さゆらさん!」


沙結良M

「名前を呼ばれて、私はやっと意識を取り戻す。」


桐馬

沙結良さゆらさん。私に…呪いの気配はありますか?」


沙結良M

ふだが燃え尽きたすすだらけの部屋の中央で、

桐馬とうまさんが問いかける。」


沙結良

「あ…ええと…」


沙結良M

「部屋に保管されていたふだの呪いの気配は、すでにない。

るべきは『呪い返し』の気配。

呪い返しは発現はつげんの際にこそ、その気配を感じ取る事が出来るが、

すで発現はつげんした者に対しては、注意深く意識を向けないと

その存在に気付けない。


急いで桐馬さんに意識を集中する。


…その体は、呪いとは無縁と言わんばかりに、けがれの欠片かけらもない

無垢むくな肉体だった。


人間、生きているだけで大小様々さまざまな呪いに触れる。

しかし今の桐馬とうまさんは、とても『今日死ぬ』者の肉体ではない事に、

心底安堵あんどする。


そしてその事実を、私は無意識の内に顔に出していたのだろう。」


桐馬

「呪いは、消えたようですね」


沙結良M

すすだらけの桐馬とうまさんが、フッと笑う。」


沙結良

「〜〜〜っ!!!

無事だから良かったものを!!!

こんなっ!!こんな無茶は!!!

もう、やめてくださいっ!!!」


沙結良M

「私は桐馬とうまさんの元に駆け寄って、そう怒鳴っていた。」


桐馬

「あはは…心配をかけました」


沙結良

「本当にっ!!

………はぁ…

…こうなる事を、知っていたの?」


桐馬

「いいえ。ただの、勘です」


沙結良

「〜っ!もうっ!!」


桐馬

「きっと、先代当主も、賭けだったのでしょう。

『呪い返し』ははらえぬ呪い…ですからね」


沙結良

「心臓に悪いわっ!!

貴方はいつも!無茶ばかり!!」


桐馬

「そうですか?

でも…心配をかけてしまいました、すみません」


沙結良M

「気付けば私は、ボロボロと涙を流していた。」


沙結良

「…もう、私に隠し事はしないでくださいっ!!」


桐馬

「(優しく)…はい」


沙結良

「私の側に居るって!!ずっと側に居るって!!

そう…言ってたでしょう?

その約束を…守って…!!」


桐馬

「(優しく)…はい」


沙結良

「……守って…ください…」


桐馬

「ふっ…あはは!!」


沙結良

「…なっ!」


桐馬

口調くちょうが元に戻っていますよ?」


沙結良

「当たり前です!!私は当主ですから!!」


桐馬

「…当主ですが、私の妻でもあります。私の前では気を張らないでください。」


沙結良M

「そう言って、桐馬とうまさんは自身の胸に私を引き寄せ、

優しく涙をすくった。」


沙結良

「……桐馬とうまさん…髪が…」


桐馬

「え?」


沙結良

「髪が、白くなっているわ…」


(間)


桐馬M

すすだらけだった私は、その、風呂に入り身なりを整えた。

『例の部屋』でおこなった事が起因きいんしているのかどうか

さだかではないが、

黒かったはずの私の髪は、すっかり白髪はくはつになっていた。」


(間)


沙結良

「とても目立つわね」


桐馬

「(困惑しながら)ええ…どうにかならないでしょうか…」


沙結良

「…ふふっ!いいじゃない?とても綺麗よ?」


桐馬M

沙結良さゆらさんがからかうように笑う。」


桐馬

「これなら、当主の沙結良さゆらさんと街へ出掛けても、

私ばかりが目立ちますね」


沙結良

「貴方の隣に居たら、結局私も見られるじゃない!」


桐馬

「いいじゃないですか。面と向かって意見を言えないような輩は、

こちらから笑ってやればいい。」


沙結良

「…そうね…」


桐馬

「私は沙結良さゆらさんの側に、ずっと…ずっと、居ますから」


沙結良

「そうして頂戴ちょうだい


桐馬

「それじゃあ」


沙結良M

「そう言って差し出された彼の手に、自分の手を重ねる。」


桐馬

「出掛けますか、街に。案内してください、沙結良さゆらさん」


沙結良

「私もそんなに詳しくはないわ。けれど…」


桐馬

「けれど?」


沙結良

「貴方と一緒なら、どこにいても楽しそうだと、そう思うの」

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ひとひらの言の葉【0:1:1】60分程度 嵩祢茅英(かさねちえ) @chielilly

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