ポニーテールは振り向かない

ミヤシタ桜

君が大好きだ

 暑い日差しに、煩い蝉の声が混じったあの日。

 僕たちは田舎特有の汚れたアスファルトの上を歩いていた。

「ねぇ、飲み物買っていかない?」

 君はポニーテールを揺らしこちらを見て言った。

「いいよ。じゃあ、そこのコンビニよろっか」


 コンビニの中は、24時間かかっていたであろう冷房が効いており、外とのあまりのギャップに驚く。

「これにしようかな?」

 と言って、君が取り出したのは、期間限定で特別なパッケージになっていたカルピスだった。

「いいんじゃない?じゃあ、僕もカルピスにしようかな」

 僕はカルピスを棚から取り出して、君とともに会計しに行く。

「2点合わせて、250円になりまーす」

 アルバイトと思われる店員の魂の抜けた声は、冷房の効いたこの冷たい空気に吸い込まれる。

「僕がおごるよ」

「え、いいよ。申し訳ないし」

「大丈夫だよ。これぐらいしか僕のお小遣いじゃおごれないし」

「ほんと?じゃあ、おごってもらおうかな」

 僕は、100円玉を三枚だし、お釣りとレシートをもらいコンビニを出る。

 夏の太陽の日差しで熱くなった外の空気に、コンビニの冷たい空気とのギャップにまたも驚く。

 でも、君のポニーテール姿を見ているだけで。それだけで、そんな事はどうでもよく思えた。

 だって、君が好きだから。






「ごめんね。私のわがまま、許してくれる?」

 君は、申し訳なさそうに言った。

「いいよ、君のためなら。僕はなんでも我慢できるよ」

「本当にごめんね。でも、この夢は。デザイナーの夢は諦められないの。これからも応援してくれる?」

「あぁ。どんなに遠くにいても、僕は君を応援するさ」

 僕は、自分でも恥ずかしくなるぐらいの決め台詞をいった。

 その時、僕には到底追いつけないほどの速さで電車が駅にやってくる。

 君のポニーテールは、その電車の風に揺られる。

「ふふっ。ありがとう。じゃあ、またね。」

 君は、ゆっくりと開いた電車の扉に向かって歩く。

 僕は、なにか、今。声をかけたい。まだ、話していたい。なにかを、話したいんだ。

 そんな僕の願望とは裏腹に、電車の扉は無慈悲にも閉まる。

 聞こえやしないかもしれない。でも、それでも。僕は言った。

「僕は、君が大好きだ。君の目も、口も、そのポニーテールも。全てが好きだ。だから」

 そう言っている途中で、電車は行ってしまった。

 でも、たしかにポニーテールが振り向いている気がした。





 その後、君との連絡は途絶えた。

 携帯を変えたのかもしれないし、何かあったのかもしれない。

 君の実家に行けば、すぐわかる事だが、臆病な僕はそんなことはできなかった。

 そんな時だった。君は、カルピスを持ちながら駅にいた。僕は君に声をかけようとした。でも君の隣には、見知らぬ男がいた。

 


 楽しそうに話している君。僕といる時よりも、どこまでも楽しそうだ。



 きっと、都会には僕よりも素敵な人がいるのだろう。

 



 それでも、僕は諦めきれずに言った。





「君が好きなんだ」

 その声は、暑い日差しに混じった蝉の声に掻き消されていった。

 




 僕は知った。

 




 ポニーテールは振り向かないと。

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