第六話 リザードマン

 エヴァンはすぐに人狼たちと仲良くなった。

 彼女は自分をユートの妻と触れ回った。

 私をそれを認めてはいなかったが、彼女は聞きもしない。


「ユート、おめでとうございます」


「おめでとうございます」


「いや、あれは……」


「ついにあなたにも、子が生まれるのですね」


「……」


 何か言おうとしても、彼らも聞く耳を持たない。

 どうやら私も子供を作れるということが、自分のことの様に嬉しいようだ。

 私には今のところ、そんな意志などないのだが。


「みんなもああ言っているわ。作ってみるのも一興よ?」


「嫌に乗り気だな」


「それはそうよ。この世界にアダムとイブを成すのだもの」


「……つまり、私たちは人ではないと?」


「そうよ。人を生むものが人であるハズないじゃない」


「……それは、お前も含まれるのか?」


「もちろん。だって、私にも出来るもの」


「何……?」


「あなたと同じことが」


 にわかには信じられなかったが、彼女が自信たっぷりに泥へと歩いていくので私も着いていった。彼女にも出来る? 私と同じ、命を生み出すことが?


 この力は、私だけのものではなかったのか。


「さて、どんなものを生み出そうかしら」


 エヴァンは手を泥へ入れ、すっと眼を閉じた。

 その状態のままじっと動かず、10分ほどが過ぎたころ。


「うん、こうしましょうか」


 彼女は唐突にそんなことを呟き、眼を開いた。

 同時に泥が震え、隆起する。


「まさか……」


「ほうらね。こんなものよ。難しいことじゃないわ」


「あ……ぁ……」


 彼女の目の前に出来上がった泥の山、そこから徐々に現れたのは、トカゲの様な容姿と体皮を持ち合わせた人型……リザードマンだった。


「はぁあ……なんて素敵な力。万物を好きに生み出せるなんて……」


 エヴァンは恍惚とした顔で生まれたリザードマンに抱き着いた。

 リザードマンは抵抗しない。どころか、意思を持っていないように見える。

 人格を拾っていないのか。


「それは本来ありえない生物だ。どうしてそんなものを」


「酷いことを言うのね。あなただってやったじゃない」


「っ……あれは、私の未熟が招いた結果だ」


「なら私もそうよ。慣れていなかったの。失敗してしまったわ」


 おざなりな言葉に眉が寄る。

 嘘だと隠す気もないのだろう。

 彼女は生まれたリザードマンにただ見惚れている。


「さあ、こっちへ来て。名前はそうね……ドーリス。私、貴方みたいな存在と『どうしてもやりたかったこと』があるのよ……」


「何をするつもりだ?」


「あなたともする予定のこと、よ。着いてこないでね。恥ずかしいんだから」


 それ以上は答えず、エヴァンは人狼の村へと歩いて行った。

 私の胸には言いようもない不安が渦巻いている。


「……私は、どうすべきなのだろう」


 遥かに広がる泥を眺めて独白する。

 得体の知れない恐怖が広がっていくのを感じていた。

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嗤う不死身と二周目の世界 かんばあすと @kuraza

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