第五話 エヴァン

 人狼たちが集落を作り、その人口を増やしていく中。私は次の人類を生み出そうとしていた。


「次こそは、無垢なる人を―――」


 泥へ手を沈め、意識を潜らせる。

 人狼を―――ベラを生み出してから一度も行っていなかった行為に、私は再び挑戦した。


 失敗を恐れていたのだろうか。

 私はあれ以来、新たに人を生み出そうとは思わなかった。それは彼らを見て、これ以上私が生み出す必要はないと考えたこともあるだろう。


 だがそれ以上に、何か―――手を止めてしまう何かを感じていたように思える。それがわからないまま時は過ぎ……そして私は、夢を見るようになった。


 そこに現れる『彼女』は、とても美しい人だった。

 笑顔が絶えず、いつも私に気を使い、愛してくれていた。夢の中の私もそれに負けじと彼女を愛した。

 とても幸せな時間だったはずだ。


 ―――そして私は、最後に黒い雪を見る。


 夢はいつもそこで終わる。

 まるでそれ以上は見るなと言うように。


 やがて私は、彼女に会いたくなった。

 名前もわからない愛しい人。きっとあれはユートの記憶だ。世界がこうなってしまう前の。


 世界の全てが溶けている筈だ彼女もきっと、この中を漂っている。

 ならば。私の手で救い上げることだって出来るはずだろう。


「……どこだ。どこにいる」


 いつものように体の情報は固めた。あとはその中身だけだ。

 彼女の人格を探し続けるが……なぜだ。


「どうして、どこにも……」


 いつもなら求めればソレは寄ってきた。なのに今は何も……彼女ではない、周りが見ていた情報が断片的にしか集まらない。


「……いや、来た……!」


 諦めかけていたその時、覚えのある感覚を見つけた。

 私はそれ一つに意識を集中させ、一気に引き寄せた。

 似ている。これはやはり―――。


 去来する確信のままに、私はソレを迎え入れ、形を成していく。

 泥が大きく膨らみ、そしてそこに白い肌が浮かび上がってくる。

 その姿はどうしてこんなにも、私の胸を酷く痛めるのだろう。


「私、は……」


 彼女は背中を向けて起き上がると、声を発し目を開けた。

 言葉を理解している。

 胸が熱くなった。

 救い上げた。個人の意識を。

 今までの二人ではできなかったことを、私はできた。


「グレイ・グー? ……ここは……そう……は、成ったの……」


「何を、言っている……?」


 彼女は俯きながら小さく何かをつぶやいている。

 その声は、心なしか笑っているように聞こえた。


 その彼女の姿が、ゆっくりとこちらに回っていく。

 私の胸は大きくはねた。


「……私を戻したのは、あなた?」


 やがて振り向いたその人は。


「……君は」


「私はエヴァン―――あなたの妻になるものよ」


 夢の中の彼女とそっくりな顔で。


 そして似ても似つかない、妖艶な笑顔を湛えていた。

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