第四話 ラリーとベラ

 意図した物ではなかったことに、私は戸惑った。

 確かに私は最後に集中を欠いた。骨格を定めた後は、一気に具現化を加速させた。


 その時に別の因子が紛れ込んでしまい、こうなったのだろうか? だとしてもこれは……現実には存在しなかった筈の存在だ。


 ……私は生物を混ぜることも出来るのか?


「!? っぐ」


 思案していた私に突然、人狼が噛みつき思わず声を漏らす。首を狙っていたが、幸い反射的に出した腕が身代わりになった。


 牙が深く入っているのが見える。

 これはマズい、重症だ。

 私は来る激痛に怯えて目を細め。


「痛……く、ない?」


 そして予想外の事態に目を見開いた。

 呆然としていると、そのまま人狼は頭を振り、乱暴に肉を噛み千切った。腕は二の腕から千切れ、ブチブチと嫌な音が身体を走る。


 だが、それすらも。


「痛覚が……いや、血すらも出ていない」


 無惨な傷痕は、いっそゴムのおもちゃの様ですらある。人狼は私の腕を咀嚼していたが、あまりにも不味かったのだろう、瞬く間にその辺へ吐き出した。


「私の身体は……人の物ではないのか?」


 呆然と傷痕を見ていると、それを治せると直感する。意識の赴くままに力を注ぐと、傷口がぐっと圧縮し、すぐさま綺麗な腕が生えてきた。


「……そうか。やはり私は『ユート』の姿を模した別物、なのだろうな」


 身体が無事だった安堵など忘れるほどに、なぜだかその事実が酷く悲しかった。


「グルルルルル」


「そう怯えるな。私も驚いているんだ」


 なけなしの笑顔で話しかけてみても、やはり警戒は解いてくれなかった。切ないものだ。たった二人の住人だというのに。


「人語は理解出来るか?」


「グルルルルル」


「そうか……しかし覚えることは出来る筈だ。ミスとはいえ、君を処理するなんて事はすまい。やっと話し相手が出来るかもしれないのだから」


 さて。ではどうやって仲良くなったものかな。

 また噛みつかれては敵わないので、一応、視線を切らないようにして泥へ移動し、腕を浸ける。


 こういった知識も、ここからなら拾えるだろう。


「……なるほど。 取り敢えず試してみるか」


 腕は浸けたまま、泥からソレを生み出し、ゆっくりと持ち上げた。


「君が所望しているのはコレかな?」


「…………」


 ソレを見せると威嚇が止まった。気になっているようだ。やはり全知なだけあり頼りになる。


「君に上げよう。友好の証しだ」


「!」


 手に持った『焼けたブロック肉』を差し出すと、人狼はやや警戒した後に、食いついた。流石な今度は吐き出すような事はしない。夢中で頬張ってくれている。お気に召した様だ。


「……まあ、人も狼も動物だからな。生き物はみな餌付けには弱いか」


 頬張っている間に、もうひとつ作っておく。

 するとそれを横目に見ていたのだろう、泥の中に飛び込んで頭を突っ込んた。が、すぐに出てくる。


「不思議そうだね。残念だが、肉は私の手の中にしか無いのだ。そら、これもやろう」


 軌道を大きくして投げると、人狼は器用に口だけでソレをキャッチした。


「上手いものだ。……人よりも狼が先行しているのかもしれないな……」


 鋭い爪、力強い脚、そして剛力の顎。二足歩行で人らしい形にはなっているが、狼の強みが全面に出ているように見える。


 しかし頭部は大きい。人語を理解する事も可能な筈だ。総合してみると、狼が人の利点を得たような存在に見える。


「さて、最初の学習だ」


 私はもうひとつ肉を作り手にもった。

 狼はやはりそれに気づく。


「下さい、と言えばこれを渡そう。解るか? 『下さい』だ」


 じっと見つめてくる狼に、私はしきりに『下さい』を連呼した。その隙に奪い取ろうとしてきたが、渡してはやらない。不意を突かれなければ、私の身体能力は彼以上なのだから。


「く、くあ……あ」


「いいぞ。もう少しだ。下さい」


「くだ、あ」


「下さい」


「くだ、あい」


「く、だ、さ、い」


「ぐぅだ、さぁ、い」


「素晴らしい! 約束だ、渡そう」


 肉を差し出す。

 彼はすかさず食いついた。


「さあ。貰ったら『ありがとう』だ。『ありがとう』」


「あ、ぃああ、お」


「……まあ、こんなものだろう」


 彼は素直に反復した。

 成長が早い。しばらくはこの手を使って言葉を教えていくことにしよう。


 その日から私は彼を育てた。


 人の言葉をおよそ理解するまでに約3ヶ月。

 彼……ラリーは恐ろしく飲み込みが早い。


「ユート! 見てください、こんなに木の実が!」


「ああ、すごいな。今日は豪華だ」


「少しかじってみましたが、とても甘いのです! 食べてください!」


 人の言葉を覚え、私の理想とする振る舞いをする彼はすでに立派な人間だった。

 驚いたことに、その外見も人のものと変わらなくなった。


 どうやら狩りなどで気持ちが昂ると、狼へ変化していくらしい。

 平時の彼は、人間と何も変わらない。

 やがて彼は変身を自分の思うまま行えるようになった。


 その凄まじい成長を見ていると誇らしくなる。

 親にでもなった気分だった。


 やがて彼の相手が私だけというのも少々、可哀そうだと思うようになり、私は更に半年後、再び彼と同じ人狼を生み出した。


「グルルルルルル」


「……ふ、なんとも懐かしい画だ」


「なんという……ユートはこうして、私も生み出したのですね」


「怖いか、ラリー」


「いいえ。誇らしいのです。私の父は、こんなにも偉大な存在だった」


 ラリーはそれから、献身的にもう一人の人狼、ベラに様々なことを教えた。

 言葉、食べ物、生活の仕方。

 やがてそれができるようになると、二人で狩りに出かけるようになった。


「見てくださいユート! 今日はベラがこれを獲りました!」


「褒めてくださいユート! 私、もう一人前ですよ!」


「大したものだ。狩りではもう君たちに敵わないな」


 私の言葉にベラはとても喜んでくれた。

 眺めていると、二人の間に信頼以上の感情が見えた。

 良い兆候だ。


 そのためにベラは女性にしたのだから。


 そしておよそ30年。

 島の規模は当初の百倍に広がり、住まう動植物は千倍以上に増えた。

 そして人狼もまたその数を10人に増やし。

 島には、小さな村が生まれたのだ。

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