第三話 誕生
それから私は、島を拠点として泥に触れ続けた。
腕を入れ、思い起こせる自然そのものを創造する。山を、森を、虫を、動物を、植物を、そして―——。
「明日には、人間を生み出そう―——」
3倍近くなった島の中央に作り出した山、その見晴らしのよい崖の上で私は決意を固める。およそ三ヵ月という期間をかけて、ありとあらゆる生態系を再生し、小さな世界を再生した。
森には虫や動物の声が響き、鳥たちが空を滑っている。この光景を見るたびに胸が震え、そして気力がわいてきた。
使命感のような物を抱いていたのだ。
命を生み、過去を再現し、それを眺めている私は、正に神と言って相違ないだろう。だからこそ、創造は慎重に行わなくてはならない。
目の前におびただしい量が広がっているとはいえ、泥は有限だ。間違った物を創り続けてしまったら、世界は瞬く間に悪い物へと変わってしまう。それは避けたい。
この美しい世界をより美しい物へ変える為に。泥に浮かんだ楽園を、楽園のまま広げていき……やがて過去より素晴らしい、二周目の文明を生み出そう。
そのために、人間は必要だ―——。
「泥の中にある記憶から……より優れた人格を見つけ出さなくては」
遥かに広がる漆黒の地平線を眺める。
触れていく内に理解した。あの中には溶けてしまった一周目の世界の情報、全てが内包されている。
生物に留まらず、鉱物や機械、情報に至るまで、泥が飲み込んだ物のすべてがある。
そしどうやってそんな物を維持しているのかも考えた。答えはおそらく、太陽だ。
泥は太陽光を吸収している。恐らくその吸収したエネルギーを、自身の活動源の一部としているのだろう。私が空を好むのも、きっとそれが理由なのだ。
あの泥は生きている。恐らくアレは地球上かつてない程に巨大で、温厚な群体生物だ。
そう知ってから私は思う事がある。
あの泥の中には、もう一つの世界が広がっているのではないのだろうか、と。
泥に記憶された者たちに、もし意識が存在するのならば。彼らはあの中で、精神の状態で……夢を見続けて生きているのではないかと。
私が行うのは、その夢の世界から、彼らを現実に戻す事。つまり命に期限を与える行為だ。
果たしてそれは、幸福な事だろうか。
「私はあの中にいた頃……何を思っていたのだろう」
私が『ユート』の形を取る前の記憶……いや、思い出という方が適切だろうか。それはもうほぼ残っていない。今となっては『酷く恐ろしいものだった気がする』というボンヤリした思いが残っている程度だ。
最近の刺激的な毎日が、それを上書きしてしまったのかもしれない。
他の精神も苦しんでいるのだとすれば、明日から始める行為は救済になると胸を張る事ができるのだが……確信が持てないことには自信も持てない。
「……やってみなくては、わからないか……」
今は人間を生み出すことに格別の期待を抱いている。誰かを生み、共に世界を育んでいく。それはとても魅力的に思えた。
「寂しい、のかもしれないな」
沸き上がるこの気持ちを何と断定することも、私には難しい。沈んでいく太陽を眺めながら明日に思いを馳せる。
私が島を広げ初めて、明日で七日目。
明日は記念すべき日になるだろう。
■■■
日が昇ってから、私は泥の海へ降りた。
いよいよだ。
「……まずは人の身体を拾い、そして個別の精神を掬い上げなければ」
泥を掬う様に両手を入れる。
そのまま目を閉じた。
その瞬間、私の意識は切り替わる。
替わった意識で泥を見たとき、無数の光点が無限に広がった。まるで星空だ。私はその中を泳ぎ、光点の持つ情報を読み解いていく。
地道で途方もない作業だ。私が求める情報を性格に把握していれば、似た形質の光点が寄ってくるのですぐ見つかるが、手探りとなると難しい。
やがて目的の物を見つけた私は、必要なものを寄せ集めて線で繋いでいく。あとはこれに、物質化の光点を繋いでしまえばいい。
「……どうだ」
目を開き泥を見守る。僅かな波紋の後、泥の中に何かが一気に膨らんだ。
「これは」
やがて身体から泥が流れ落ち、生まれたソレは日の下に現れる。
「グォアアアアアア!!」
「……これは、人ではない」
大きな顎を開き、こちらに目一杯の威嚇を放つ。狼の頭と人間の身体を合わせたこれを、人は創作の中でこう呼んだ。
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