第2章 レイの過去
歩き始めてから数時間、町が見えてきた。
歩いている時間に少しだがこの世界のことが分かってきた。
質問攻めにあったレイは少し不機嫌だ。
かくいう俺も頭のキャパシティーオーバーで疲れがにじむ。
まず、ここがいわゆる異世界であることが再確認出来た。
当然信じるには時間を有したし夢かなにかであって欲しいと今も思っている。
転移直後と違い楽観視はしていられない。
さて、レイの話によるとここは剣と魔法、それに魔物や魔王、勇者に冒険者といったゲームにでもありそうなものがあるらしい。
そしてスキルといったものもある。
スキル、魔法、レベル、ステータス、ジョブといった単語には正直心踊った。
俺もゲームが好きでスキルポイントなどの割り振りが好きだった。
残念なことにスキルポイントはないらしいが熟練度によってスキルレベルが上がったりスキルが進化するらしい。
熟練度といったもので示されるらしい。
そして貨幣は銅貨、大銅貨、銀貨、金貨、白金貨、王金貨という順になっている。
それぞれ5枚ごとに1つの貨幣と同じ金になるらしい。
金の話に伴って文無しの俺は仕事をせざるを得なくなった。
その事をレイに相談すると冒険者を勧めてきた。
危険を伴う依頼もあるが生活に困ることは無いそうだ。
生活に困ることがないなら冒険者をやるのも悪い選択肢じゃないかもな。
危険な依頼は避ければいい話だし。
ここまでの質問をしたところでレイの機嫌が良くなさそうに思えたので今日は質問を控えることにした。
カルンの町
「さぁ、到着。ここがルドルフ伯爵領、カルンの町だよ」
「おぉ····」
一言で表すと中世だ。
建物などの風景は一般的な中世のイメージを体現したかのようだ。
「ま、待って!」
俺が町に入ろうとするとレイが慌てて呼び止めてきた。
「どうした?」
「その格好」
レイは俺を指さす。
俺は学ランに赤いTシャツに黒髪混じりの金髪といういかにもな風貌だった。
「その変な服目立つからこれを羽織って」
レイは自分の外套を脱ぎさり俺に差し出した。
外套を外したレイを見て俺は目を見開いた。
「レ、レイさん!?」
「ん?僕の顔に何か付いてるかい?」
レイは不思議そうに俺を見る。
レイは金髪碧眼、ショートカットの少女だった。
歳は15、16か、中性的な声と外套とフードによって顔と体のラインを隠れていたから勘違いしてしまった。
「レイさんって、女なのか?」
「見てわかる通りだけど。ほら、くだらないこと言ってないでこれ羽織ってください」
俺は驚きを頭の隅に追いやりながら外套で身を隠す。
ま、まぁ今更性別なんて関係ないか。
そう考え俺はレイについて行った。
「どこに向かっているんだ?」
「宿だよ、ユカリさんの分も払ってあげるからね」
俺が問うとそう言ったが俺はレイの厚意を拒否する。
「いや、ここまでの案内してくれた上に宿代まで支払ってもらうのは悪い。野営でもするさ」
「え、死にたいの」
え·····
今「死にたいの」って聞こえたぞ。
「野盗なんかに殺されて身ぐるみ剥がされますよ」
そんな野盗なんかとは無縁の生活を送ってきた俺は常識みたいに言うレイのことが、この世界が恐ろしく思えた。
「そ、それじゃあ、お言葉に甘えさせてもらう。ありがとう、レイさん。金はちゃんと返すから」
「ふふ、律儀だね。それと僕のことはさんずけしなくていいよ。僕もユカリって呼ぶから」
「あ、ああ」
この借りはいつか返さねぇとな、そう心に決め、近場にあった宿へと入った。
牛のしっぽ亭
宿は木造で暖かい雰囲気だ。
看板には牛のしっぽ亭と書かれている。
宿に入ると食べ物の香りと共に賑やかな声が響き渡っていた。
「女将さん、部屋を2つお願いします」
「あいよ、大銅貨3枚は朝食なし、銀貨1枚なら朝食をつけるよ」
「では銀貨2枚で」
「毎度」
女将さんとレイの言葉を聞きながら辺りを見回す。
酒のようなものを飲む中年のおっさん達を見るに1階は酒場で2階が宿としての宿泊スペースなのだろう。
「ユカリ、行くよ」
「ああ、ありがとう」
「レイ、この後に予定はあるか?」
「ううん、ないけど」
「それなら冒険者になりたいんだが」
「それじゃあ冒険者ギルドで登録しないとね」
冒険者ギルド?
「冒険者への依頼を斡旋してて、冒険者としての身分を証明するための登録もギルドでするんだよ」
俺の考えてることが分かったのかギルドについて教えてくれた。
「それじゃあ着替えてくるから部屋で待っててくれるかい」
「ああ、分かった」
例と別れ自分の部屋の鍵を開け中に入る。
俺はベットに倒れ込み大きく息を吐く。
疲れた、髪はボサボサで足は痛い。
ああ、ずっと寝転んでいたい。
コンコン
ドアをノックする音が聞こえ閉じかけていた瞼を開く。
「ユカリ、準備が終わったから行けるよ」
危ない、寝てしまうとことだった。
体に力を込め立ち上がる。
日は暮れ始め夕日が窓から差し込む。
少しほうけていたが再度俺を呼ぶ声に引き戻され部屋を出る。
「さ、行こっか。ギルドの場所は女将さんに聞いたからすぐ行けるよ」
俺はレイと共に宿を出てギルドへと向かう。
冒険者ギルド
「ここがギルドかギルドは宿から10分程で着いた」
二階建てで外から見てもその広さがうかがえる。
「お腹もすいてきたし早く登録しちゃおうか」
レイがそう言いながらギルドの扉を開ける。
ギルドに入ると入口から見て一番奥に受付があった。
ギルド内の冒険者らしき人達は剣を磨いていたり掲示板とにらめっこをしていたりと様々だ。
受付の前に立つと美人な受付嬢が話しかけてきた。
「もしかして登録ですか?」
「ああ、はい」
「初めて見る顔でしたから」
受付嬢が得意げに言う。
「では登録をお願いします」
「はい、少々お待ちください」
受付嬢はカウンターの下から紙を2枚取り出し俺とレイに向け差し出した。
「あの、登録は俺だけです」
「そうでしたか、てっきりご夫婦で登録かと」
この受付嬢何言ってんだ。
とんでもない事言ったよ。
「俺はともかくレイはまだ子供ですよ」
ガシッ
足を踏まれた。
「僕はもう成人してるから」
レイが頬を膨らませて言う。
「え、レイって何歳なんだ?」
「もう15だもん」
15?まだ成人まで5年も·····いや、この世界では15で成人なのか。
「そうだったか、すまんな」
「そろそろよろしいですか?」
受付嬢は死んだような目で俺たちを見つめて言う。
「ではこの確認書に名前と年齢と確認要項にチェックをお願いします。この確認書の内容は冒険者に必要な事が記載されていますが後ほど口頭で説明ますね」
俺は受付嬢に言われた通り書き込んでいく。
書き終わり受付嬢に確認書を渡す。
「確認致しました。では名前の横に血判をお願いします」
笑顔で血判用のナイフを渡す受付嬢が怖い。
俺も日本では家族の女性陣には頭が上がらず学校の不良に憂さ晴らしとして喧嘩ふっかけてたな。
そんなことを思い出しながら俺は親指にはをあて薄く切る。
血が滲み少しヒリヒリとする。
切った指を確認書の名前の横に押し付ける。
「はい、お疲れ様です」
受付嬢は俺にハンカチを差し出すが俺はいらないと手で静止する。
「ユカリ、手を治してあげるから出して」
治す手立てがあるのか俺の手にレイが触れると「ヒール」と唱える。
すると黄緑の光が俺の手を覆う。
うっすらと傷が治る瞬間が見えるが映像の巻き戻しみたいで少し気持ち悪い。
それでも一瞬で治ってしまうのに俺は内心驚いていた。
「次にこの認識票をお渡しします。こちらは現在黒色ですが依頼をこなしていくとランクが上がり最終的には銀色になれます。銀色と言ってもミスリル合金でできているので高いんですよ。ミスリル目指して頑張ってくださいね」
「はい、ありがとうございます」
頑張ってと言われても危険を犯すつもりがないからミスリルにはなれそうもない。
戦える力があれば別だが。
ジョブはもちろん戦闘系のに就くけどな。
「あとは1thジョブと初期ステータスの確認ですね」
受付嬢によるとジョブはジョブ特有のスキルが取得出来たり取得しやすくなったりする。
ジョブはレベルが25上がる事に新しいジョブを追加できる。
未確認のジョブを取得し情報を提供すれば報酬を貰える。
未確認のスキルも同様だ。
ジョブは透明なガラスの板のような魔法道具で就ける。
初期ステータスは文字通り初期状態のステータスだ。
内容は名前、年齢、種族、性別、ジョブ、レベル、スキル、身体能力値、適性属性が表示されるとの事だった。
「説明が終わったところでジョブを決めましょう。そちらの水晶の魔法道具に魔力を流してくだい」
魔力を流す?
そりゃあ魔法があれば魔力もあるだろうけどどうやって流すんだ。
「もしかしてユカリ、魔力の流し方わからないのかい」
「あ、ああ」
「また手を出して」
俺はレイに手を差し出す。
「言葉で説明するのは難しいから自分でも魔力の流れを掴んで操作してみて。僕の魔力とユカリの魔力を循環させるように流すから」
「分かった頼む」
「じゃあ、流すよ」
俺が頷く。
うおっ、これが魔力か!
血管を異物が流れているようだ。
これを日常的に使うとなると鬱になりそうだ。
「不快なのは最初だけだから、僕もそうだった」
俺の顰めた顔を見てかレイがフォローを入れる。最初だけならいいんだが。
それからしばらく魔力を流してもらうと少しずつ流れを掴めてきた。
「流れは掴めた、やってみる」
俺は魔法道具に触れ魔力を流そうとする。
数秒すると魔力が流れてくれたのか魔法道具の盤面に文字が浮び上がる。
成功かな。
「うわー、なんか敗北感。僕は魔力流すのに数ヶ月かかったのに」
「そうですね。魔法の才能があるのかもしれませんね」
そう言われてもイマイチ凄さがわからない。
そして俺たち3人は水晶に目を落とす。
・取得可能ジョブ
剣士、拳闘士、戦士、重戦士、槍術士、妖術使い、魔術師、魔法使い、暗殺者、盗賊、魔法剣士、魔法拳士、付与士、商人、大工、農夫、庭師、執事、愚者、修道士、占い師
職業にしちゃダメだろってジョブも結構ある。
愚者とか誰が選ぶんだよ。
絶対ハズレだろ。
「魔法剣士はレアジョブで魔法拳士と愚者は未確認ジョブです」
愚者は俺が初めてかよ。
それって俺が愚者ってことか?
「オススメは?」
「愚者とか魔法拳士と言いたいところですが魔法剣士ですね。剣士と魔法使い魔術師の基本スキルを最初から取得できますから」
はなから愚者に就くつもりもないし未確認ジョブを取ってハズレだったら困る。
「では魔法剣士で」
安定を取るに限る。
「分かりました。セレクト」
受付嬢は魔法の起句を言うと水晶が淡く光る。
「ではユカリ様、水晶に手を」
俺は水晶触れる。
十数秒で光が消えた。
これで本当にいいのか?
「はい、これでジョブの取得は終わりです。お次にステータスチェックをするのでこの紙に魔力を流してください。この紙はステータスを表示してくれる量産型の魔法道具です。この紙は繰り返し使えるので差し上げます」
「どうも」
タダでくれるなら原価は相当安いのだろう。
ふとレイを見るとソワソワとしていた。
「気になるか?」
「うん、僕のジョブは商人だからね。戦闘系のスキルは目新しいんだ」
ジョブはギルド以外でも就けるようだ。
俺は魔力を紙に流すとステータスが浮かび上がって来た。
・名前 ユカリ ・年齢 17 ・性別 男 ・ジョブ 魔法剣士
・レベル 3
・スキル 剣術Lv1 剣技Lv1 ・気力回復Lv1 身体能力上昇Lv1
精神統一Lv1 魔術Lv1 魔法Lv1 魔力回復Lv1
魔力上昇Lv1 魔力操作Lv1 杖術Lv1
・エクストラスキル 魔法剣Lv1 言語理解Lv10
・ユニークスキル 強運Lv10 超越Lv1
・体力 150 ・筋力 135 ・耐久75 ・器用 70 ・敏捷 100
・知力 200 ・魔力 110 ・運 10000
・適性属性 雷 水 炎 無 闇
「おお、エクストラスキルにユニークスコルが2つも!」
「お、おう」
基準がわからん。
「それに適正の属性も多いです!もしかしたら後天的に適性が増えるかもしれませんね。知力は意外と高くて運に至ってはこんな数値見たことありません!」
受付嬢が一気にまくし立てる。
大きい声ではないものの一応個人情報だぞ。
そして知力が意外と高いってぶっ飛ばすぞ。
俺は興奮冷めやらぬ受付嬢を睨みつけ静かにさせる。
「あはは、何で威圧スキルがなかったんだろうね」
レイがニヤニヤと俺の顔を見ながら言う。
るせぇ。
「こ、これで一通り終わりました。依頼はそちら、受付横の掲示板にあります。依頼用紙を剥がし受付嬢にお渡し下さい。あとはパーティ名か個人名を受付嬢に言ってくだされば依頼は受けられます。依頼にはランクがあるので自分のランクにあった依頼を選択してくださいね」
「分かった、また明日依頼を受けに来る」
この受付嬢への敬語は必要ないな、うん。
「それじゃあ晩御飯だ〜」
レイは周囲の出店を物色し始めた。
俺も辺りを見回す。
すると一角の出店に目が留まる。
カエルの姿焼き·····
明らかなゲテモノ、あれを食う奴はいるのか?
並んでる客は1人としていない。
「ユカリはカエルが食べたいのかい?」
「うお!」
レイがいつの間にか俺の目の前にいた。
両手に食べ物をいっぱい抱えていた。
「いや、あんなゲテモノ食う奴いるのかなって」
「見た目はアレだけど美味しいよ」
目の前にいた。
軽いショックだ。
ぐぅ〜
くぅ〜
レイと俺の腹が鳴る。
「宿に帰って食べよっか」
「そうだな」
俺達は出店を眺めながら宿へと戻った。
牛のしっぽ亭
宿に入るとレイは女将さんに注文があるからと俺に食べ物を渡し女将さんを呼びに行った。
俺は食べ物を持ち自分の部屋に入る。
数分待っているとコンガスッとノック?をしてきた。
「両手が塞がってるから開けてくれるかい」
俺がドアを開けると額を赤くしたレイが両手に飲み物を持っていた。
どうやら額でノックしたところ勢い余って頭突きしたようだ。
「飲み物買ってきたよ」
レイは机に飲み物を置き椅子に座る。
「ユカリにはシードル、僕はミードだよ」
聞いたことの無い飲み物だ。
色は薄いオレンジで果肉が浮いている。
「飲んでみて」
レイに勧められ1口含む。
これ、酒だろ。
アルコール独特な味に匂い。
りんご酒だ。
「どう?」
「俺は酒は飲まない主義なんだが」
ここでは成人が15だから普通なのかもしれないが俺がいた世界では違う。
あくまで俺はまだ未成年である自覚がある。
酒は飲まないようにしよう。
「そうなんだ、意外だね。それじゃあ水を持ってくるよ」
レイは部屋を出て水を取りに行ってくれた。
数十秒でレイは戻ってきた。
どうやら自分の部屋から水袋とコップを持ってきてくれたようだ。
俺とレイは談笑や今後の事を話しながら食事を進める。
レイは酒が回ってきたのか頬が赤い。
「ねぇ、ひとつ聞いていい?」
もう食事が終わりそうになった頃にレイが話しかけてきた。
「俺が答えられる範囲でなら」
「ユカリってどこから来たの?」
少し俺はドキリとしたが平静を装う。
レイでも俺が異世界から来たとは思ってないだろう。
「僕はレイが異世界から来たと踏んでいるんだ」
心臓が跳ね上がる。
「何故そう思うんだ?」
「砂漠の真ん中で一人でいるし話しかけたらやたらと世間知らずだし、異世界から来た人の例を聞いてくるし」
言われてみればめちゃくちゃ怪しい。
「正直怪しい人とも思えたけど悪い人ではなさそうだったから」
どう言い訳しようか。
「言い訳はしない方がいいよ。今は僕のユニークスキル、炯眼が発動してるから嘘はすぐに分かる」
レイの瞳の色は紅く変わっていた。
炯眼は嘘を見抜くとかっていう意味を持っている。
「はぁ、本当の事を言うまで俺を問い詰め続ける気か?」
「そのつもりだよ」
参ったな。
これじゃあ話す他なくなる。
だが無理に隠すような事でもない気がするが、頭のおかしい人だと思われたくはない。
でもレイは俺が転移してきたと思ってるから頭を疑われることはないか。
「はぁ、そうだ。俺は異世界から来た」
「嘘じゃないみたいだね。見当違いなこと聞いてて頭のおかしい人だと思われたらどうしようって思ったよ」
確信がないまま聞いてきた神経には頭が下がる。
「俺からもひとつ聞いていいか?」
「ん、なんだい?」
レイが首をかしげる。
「何故レイは見ず知らずの俺にここまでしてくれたんだ?」
「ユカリは素直に答えてくれたから僕も話すよ」
僕も3年前は冒険者をしていたんだ。
冒険者と言っても成人しないと冒険者にはなれないから名乗っていただけだ。
仲間はキリ、ジョン、スティアの3人。
僕達は4人で毎日のように近所の隠れた小迷宮に潜っていた。
魔物は弱く大人であれば囲まれない限り圧勝できるほどだ。
それが慢心を誘った。
ある日僕達4人は小迷宮の最下層までたどり着いた。
普通の迷宮と違いボスモンスターはいなかった。
そのまま最下層を探索していると僕は石版を見つけた。
みんなを呼び止め石版を見せる。
「これ、見つけたんだけど」
「何かの石版みたいだな。何か書いてあるが魔力をってとこしか見えないな」
2人が言った通り石版は傷だらけで書いてある文字は解読不能だ。
ただ魔力をと書いてあるところだけがかろうじて見えた。
好奇心の塊であった僕らは迷わず魔力を流してしまった。
すると石版が激しく振動する。
しばらくすると石版は突然現れた黒い渦に飲み込また。
その黒い渦はどんどん大きくなり僕達よりも大きくなった。
その黒い渦から声が聞こえた。
『久しぶりの自由だ』
声が聞こえたと思ったら黒い渦から青白い男が現れた。
全身は黒い衣服で包まれており身から発する魔力は異質だった。
『喉が渇いたな』
男がそう言った次の瞬間、スティアが襲われた。
僕は恐怖で足が動かなくなっていた。
ジョンは激昴し雄叫びを上げながら男に突っ込んでいく。
男がジョンを一瞥すると手をひと振りした。
ジョンが男の手に直撃した。
男の手は決して速く動いていた訳では無い、なのにジョンは壁に叩きつけられ血を吐く。
キリも剣を手に構える。
「レイ、逃げるんだ。俺が時間を稼ぐ」
キリは僕に向けて叫んだ。
「ジョンはもう助からない。スティアももう」
スティアは男に血を吸われているようだった。
垂れ下がったスティアの手は生気を感じさせないほど白かった。
「行けよ!頼む逃げてくれ!」
僕は迷った、一緒に戦うべきか従って逃げるか。
結局僕が選んだのは、従って逃げることだった。
「ありがとう」
キリはそう言い残し男に駆けて行った。
僕が迷宮から脱出すると頭の中で声がした。
『いずれ、また』
男の声だった。
男の声が頭にこびりついて離れなかった。
そして頻繁に仲間たちが次々と殺される夢を見るようになった。
夢から覚めると自責の念で押しつぶされそうだった。
いよいよキリ達は戻ってこなかった。
それから僕は地元を離れ逃げ続けた。
「そして僕は行商人になり今も逃げ続けているんだ。そしてユカリと出会った。ユカリを見た時ドキリとしたよ。ユカリは、キリと似ていたから」
レイは涙を流しながら語る。
俺は何も言わずに聞き続けた。
「僕はキリと似ている君を助けることで罪を償おうとしていたんだ。償えるわけもないのに」
「レイ、キリはお前に罪を償ってもらいたくなんてないと思うぞ。レイに生きていて欲しくてキリは逃げろと言ったんだからよ」
「ユカリは優しいね。こんな僕を慰めてくれるんだから」
レイの目は虚ろで今にも壊れそうだった。
俺はレイを抱き寄せた。
レイは俺の胸の中で嗚咽を漏らしながら泣き続けた。
「俺がレイを守るから」
やがてレイは泣き疲れたのか眠ってしまった。
そのまま俺の部屋のベッドに寝かせ布団をかける。
俺は椅子に座り机に突っ伏す。
酷なことを聞いてしまった。
罪悪感を感じながら俺の意識は疲れからか途切れていった。
異世界で冒険を @HAZIME2004
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