第一章 転移:砂漠のど真ん中で

 光が消え、やっと目を開けることが出来る。


 目を開けて飛び込んできた光景に俺は驚愕した。


 砂漠·····


 確かさっきまで路地にいた。


 夢か。


 白昼夢か、それとも明晰夢か。


 どちらにせよ現実味を帯びない。


 辺りを見回す。


 夢だったら楽しんだ方がいいのか?


 俺は自分でも意外と思うほど楽観していた。


 現実味がないからか、それとも突然の事で思考が麻痺しているからか。


 そして俺は歩き出した。




「あちぃ」


 思わずそんな言葉が漏れてしまうぐらいに暑い。


 夢にしては感覚が鮮明だ。


 額から顎へと伝う汗の流動、髪をなびかせる風。


 どれも夢とは思えない。


 これが夢ではないとすれば、このままじゃあ死んじまう。


 とりあえず水だ。




 朦朧とした意識の中で俺は歩き続ける。


 もう何時間歩いているだろうか。


 ドサッ


 何かが落ちた音か?


 いや、違う。


 俺が膝から崩れ落ちた音だった。


 もう限界か·····


 俺が絶望していると。


 パシャッ


 水音のようなものが僅かに聞こえた。


 顔をあげ目をこらす。


 オアシスか?幻覚か?


 どちらでもいい。


 俺は限界が来ている足に力を込め、よろめきながら駆け寄る。


 水を手で掬う。


 手に冷たさが伝わってくる。


 紛れもなく、水だ。


 俺は勢いよく水面に口をつけ、水を飲んでいく。


「ゴホッ、ゲホッガハッ」


 勢いよく飲みすぎたせいでむせてしまったが、九死に一生を得た気分だった。


 頭がボーッとする。


「お·····そこ·····君!」


 声が聞こえる。


 だが今の俺の耳にはその声が届かない。


 バシッ


「っつ」


 頭に衝撃が走る。


「君、ここで何をしているのだい」


 俺に話しかけてきたのは外套?のようなものを羽織り、フードを目深にかぶった男だった。


「言葉、理解できるかい?」


「あ、あぁ」


「それはよかった」


 叩かれたことによって引き戻された意識が警戒を呼びかける。


「あんた、誰だ」


「ん、僕はレイ。行商人をしているんだ」


「ここはどこだ」


「ここがどこかも分からないのかい?それに質問を重ねる前に君の名を教えてくれないかい?」


 名前を教えて良いものか少々ためらったが言うことにした。


「俺は悠佳里、紅谷 ユカリだ」


「お貴族様でしたか!これは失礼致しました。平に御容赦を」


 貴族?そんなもの現代にあるわけないだろ。


「いや、俺は貴族ではないが」


 そう弁明すると男、レイは首を傾げて俺をフードで見えない目で見つめてくる。


「ユカリという家名があるのにかい?」


 家名?苗字か?


 それよりも


「ユカリは名前だぞ」


「んん?」


「んん?」


 話が噛み合わない。


 話題を変えよう。


「それよりもさっきの質問に答えてくれねぇか。ここはどこなんだ」


「あ、ああ、ここはリドリガ王国 グリエン砂漠だよ」


 まだ困惑が抜けないながらも答えてくれたレイであったが、王国という聞きなれない言葉に俺も困惑が隠せない。


「王国?んなもんがあるのか?」


「この世界に産まれたら1度は行くべき国として有名なのに知らないのかい?」


 有名も何も聞いたことすらない。


 それよりも気になったのは、「この世界に」ってとこだ。


 俺がいた世界とは違うのか。


 オタクの友達が熱弁していた異世界転移っつうやつか?


「なぁ、レイさん。さっきこの世界って言ってたけどよ。別の世界もあるのか?」


「そうだね。教会各所神の国があることを信じているから別世界があることを肯定しているけど学者は否定しているらしいよ」


 微妙に聞きたかったことと違う。


 質問を変えてみよう。


「実際に別世界の人がこの世界に来たという事実はあるか?」


「噂ではあるけど、信じている人は少ないかな。噂といえば、別世界の住人をこの世界に連れてくる実験をしているところがあるとかないとか」


 話を聞く限りだと実験をしているところが怪しい。


 いや、そもそもこの世界は本当に現実なのか?


 幻覚、夢、病気でこんな変な光景を見ているだけかもしれない。


 だが、さっきまでの喉の乾きや叩かれた時の衝撃は本物だ。


 幻覚と病気にしても原因に心当たりがない。


 ここはこの今の現状を現実と仮定し行動するしかねぇな。


「ねぇ、ユカリさん。まだ質問があるなら歩きながらにしない?馬もこの先の街で休ませてやりたいんだ」


 レイの後ろでは大きな馬2頭が鼻を鳴らしていた。


 行商人って言ってたもんな。


「疲れてるなら荷台に乗ってもいいよ」


 レイが馬と繋げた荷台を指さすが俺は首を振って遠慮した。


「俺も歩く」


 初対面の俺に良くしてくれるレイを不審に思いながらも悪い奴ではなさそうだ。


 ついて行って問題はなさそうだと判断した俺はレイと並んで歩き出した。

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