拳、鉛筆、錆止め「優等生は叫ぶのだ、」

 さていま俺は、夕暮れの教室で、青春よろしく鉛筆を突き付けられているわけなのだが。


 目と目の間、鼻の先。 いまこれさあ、……蝶野さんがブスッと刺してくる気になったらさあ、一発だろなあ、――まあ実際そうされてもおかしくなさそうな、雰囲気。




 よくあんじゃん。そういうの。

 暴力系ヒロインっつーの? 昼間はフツーに高校生やって、夜中はセカイを守るべく戦うとか。そーゆー系のアニメや漫画やラノベにさあ、よくいるよなあ?


 もったいない。なんだかんだでせっかくの美人なのに。うん。なんだかんだで。ホントに、なんだかんだだかんな。

 茶色のセミロング。

 ふだんは穏やかでも、いまは隠し切れない眼光が、ギラギラ俺を睨んでますよ。



 クラスメイトの女の子に、脅すがごとく鉛筆突きつけられてるとか。非日常に、わくわくするかと思ったけれど。

 あんがい、なんだ、そうでもない。ただ、――いやこれどうすんのよって冷静すぎる自分の思考がまた、倦怠を誘う。





 ……ああ。遠くから。

 ……カーン。カキーン。

 野球部の、音だろうか。あ。……吹奏楽部が、下手な合奏を始めたよ。




「……で。なんの用? 蝶野さん」

「言わなきゃ、わからない?」

「え。ふつうに、わかんない。っていうかふつうに忘れ物を取りに教室に戻ったら、蝶野さんがいて――」

「それ、ほんと?」




 ……いまの説明のいったいどこらへんに、疑う余地があったというのだ。

 変な女子だな、……蝶野さんって。なんか、ほんとに。


 ……やっぱ、ちょっと俺の苦手とするタイプなのかもしれん……。



「篠原くんさ、さいきん委員会来てないでしょ。だから委員長として注意しようと思って、タイミングをうかがってた」

「えー? それだけ?」


 それだけで、俺、鉛筆突きつけられたりするのお?



「知ってるとは思うんだけどね。次の委員会ね、あさってなんだけど」

「えー、行かないよ。っていうか、行けない。用事ある、って言ったじゃん」



 まったく。――ただ忘れものを取りに来ただけなのに、なんだこれは、とんだ災難だ。



「……俺の都合のことなら、こないだ説明したでしょー……」



 ぶつぶつと蝶野さんに話しかけながら、自分の机のなかから忘れものを取り出す。ごそごそ、ああ、そう、そうそう、――これを俺はこんなところに置いていたんだ。



「委員会活動はあんまり参加できません、っていうかもう、やめますって。――って、うおっと!」



 すんでのところで、身体を捻ってヒュッと避けたけど。

 危ない、いまほんとに危なかった。――俺の顔面がついいましがたまであった場所に、拳がまっすぐに突きつけられている。

 ……女子のとはいえ、拳で顎はシャレになんねえからな、まったく。


 変人女子は腕をピッと伸ばしたまま、拳もまんまで、うつむいている。

 ぼそっ、と彼女が主張するには――






「……委員会にはあなたが必要なのに……」






 絞り出すかの、悲痛な声で。

 俺はあさっての方向を見たくて、視線を逸らして窓から夕暮れ空なぞ眺めてみた、ああ、……しつこいホクロみたいな黒点はまたちょいとでかくなったかな、うん、まあそうだな蝶野さんの沈痛な面持ちも心情の理解くらいだけなら俺もできるぞ、このままでは、――あさってには、







「この星を、ひとびとを、――この町のだいじなひとびとを、守るには」







 ああ。――聞き飽きたな、それ。

 その、言い回し。……蝶野、さん。だからおまえは――優等生なんだよ。







「どうして、いきなり、抜けるだ、なんて。

 それに、……聖戦武器も、そうやって、どうして、――処分しようとするの。

 わたしたちに、ろくな相談もしないで。――委員会はグループです、なにかあったらなんでも相談しててわたし、言ったよね?」




 ……はい優等生、いただきました。




 あー、と俺は気まずくぼやきながら、忘れもの――を、くるっと回してみせた。

 槍だ。小さな、槍。純白に、純黒の十字架が刻まれていて――この武器がいかに咎が深く、そして聖戦武器に選ばれた俺がどれだけ罪深いか、……そんなことを、苦くまたしても噛み締める。


 もう、そんなこと、……俺にはどうでもいいからさ。

 まあ、……こんな物騒なシロモノも、海か山にでも捨てちまおうと思ってたんだけど。




「委員会にはあなたが必要で――」

「おんなじこと、二度も言うなよ。優等生の、蝶野さんよお」





 ハッ、と蝶野さんは顔を上げた。

 ああ。――ムッとしたんだな、いま。それと同時に――怖気ついてる、傷ついている。

 さすがに、わかるわ。つきあいは、つきあいだけは長い。お互い、――なんだかんだと。




 ……コイツのそういうところが、俺は、ほんとうに……。




「――自分よりも雑魚と群れる気は、ないんだよ」




 だから、俺は。

 わざと軽快に、笑ってみせて。

 そんな軽口、……嘘であっても、叩いてみせて。

 そのまま、

 ランスの切先を蝶野に向けた。――さきほどの鉛筆のお礼と言っちゃね、なんだけど。





「止められるモンなら、止めてみな? ――無理だろうけどなっ。もう俺の身から出たサビは――」

「――ソレを止めるのが委員長としてのわたしの仕事だもの!」





 篠原は、――聖戦武器のソードを構えた。

 俺のランスとは対照的で、コイツの武器は、……漆黒の身体に、柄のところでただ一点希望そのものみたいに記された、星型の純白。――眩い。




「……やー。いいよ? べつに。そんな気ぃ、つかわなくっても。

 サビちゃったモンは、もうしゃーないじゃん?

 俺らさあ……べつに、なんでもないじゃん? たださあ、幼稚園と小学校と中学とさあ、たまったま被っちゃってさあ、でもべつにずっと仲よしとかじゃなかったじゃん。聖戦参加だって、ぐーぜんの産物。そんなのにどうして俺にそんなかまうのよ、なあ、……蝶野?」



 あ、駄目だなこりゃ、……語りはじめると、ちょいと止まらないわ。



「つーか、自業自得なのわかってるし。団結とか、絆とか。無理なんだよね、聖戦でセカイを守るためでもけっきょく無理無理のムーリ、……身からサビが出ちまったよ。

 ひととつきあうとか、ちょーメンドイし。はいはい身から出たサビなんだよ。サビまみれ。はい、サビまみれ。ほらそんで俺の聖戦武器はケガレちまったわけだろう? もう、世界救済員会にふさわしくない。だからおまえも黙ってさあ――」






 優等生は叫ぶのだ、






「ランスと心に侵食するサビを止める! あなたを、愛してるから! ――聖戦ジハード!」




 彼女のソードが、世界を殺せそうなほど純白に光って。




 ――ああ。かなわねえよ、優等生。

 愛してる、だあ? 人類愛か。おめでてえな優等生、……進化をすりゃ、救世主メシアサマにでもなるのかあ?




 そういうところが。

 俺の心をサビまみれにするって、――どうしておまえは、わからない。






「はいよっ、と。受けて立とうか、――ジハード」






 ランスが合言葉に呼応して、

 どうしようもない教室に、俺の心を具現化したようなどす黒いタール状の光が、溢れた。




 

 放課後の学校。部活の音だけが遠くから響く。――世界滅亡、接近中。あと二日にて、おそらく滅びる。



 ……聖戦武器は、心をほんとによく映す。

 だから、――ランスがサビてきて、俺はもう諦めようと思ったのに、コイツは、コイツときたらもう、なんども、なんどもなんども――。






「――サビちまったら、黒点戦線を戦えるわきゃないだろう?」

「だったらわたしが、――サビ止めになるから!」







 ハッ、――おめでてえの、

 武器がサビちまうってことの前にさ、

 ヒトのココロがサビたらさ、ホントはそこでゲームオーバーなんだぜ? なっ、――優等生。

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お題で書いた短編集 柳なつき @natsuki0710

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