エピローグ

エピローグ

 ふかふかした踏み心地の良いカーペットと、立ち並ぶ本棚。

 今度こそわたしたちは〈私立夢見図書館〉に帰ってきた。

 足元には『桃太郎』、『金太郎』に続いて『浦島太郎』の絵本。鶴になって飛ぶ浦島太郎と、それを追いかけるカメの絵で終わっている。どうして玉手箱なんて渡したのか、なんでおじいさんにならなくちゃならなかったのか、色々と腑に落ちないところも多い物語だけど、きっと浦島太郎は幸せになったはずよね。


「お帰りなさい」


 春姫さんの笑顔が迎えてくれる。


「あなたたちだけで戻ってきたということは、無事”本の虫”を退治できたのね」

「はい。……いえ、あともう少しだけ」


 わたしは打ち出の小づちをお姉さんに返した。


「あれ? もういいのか」

「うん」


 もう”本の虫”との追いかけっこは終わりだから。


「退治しなくちゃいけないのは、こっちのほう」


 そう言ってわたしは、一冊の本を手に取った。”本の虫”が飛び出したあと、閉じたまま床に置き去りにされていた『名探偵シャーロット・クイーン最後の事件』。

 表紙をめくると、題名と作者、出版社の名前が印字された中表紙が目に入る。間違いない。わたしたちがさっきまでいた白の世界は、この中表紙だったんだ。

 その端のほうに、ボールペンらしきものでかき込まれた手書きの落書き。


「犯人は探偵クイーン」


 読み上げた途端、ため息が漏れる。

 一巻からずっと追いかけてきた大好きな推理小説シリーズ。最終巻だけ見つからなくて、それでも何度も何度も読み返して。いつも明解な推理で鮮やかに難事件を解決する名探偵シャーロット・クイーンの最後の物語は、いったいどんなお話なのかと期待を膨らませていたのに。


 中表紙に犯人を書くなんて。


 きっと誰かのイタズラなんだろうけど、これを見たわたしの心は、”本の虫”を生み出すほどのショックを受けてしまった。ううん。きっとわたしだけじゃないんだろう。同じように悲しんだ人たちの想いがこの本にはたくさん込められていて、それと結びついてしまったんだ。


「この落書きが、”本の虫”の原因だったのか?」

「あら。これはひどいわ」


 本をのぞき込んだ春姫さんがうめくような声をあげる。


「推理小説の犯人を中表紙に書くなんて」


 わたしも力なくうなずきを返す。しかも、シリーズの最後は名探偵が犯人役になるという、とっておきのどんでん返しだったのに。


「ごめんなさい。わたしたちの管理が行き届いていなかったのね」

「そんなことありません。春姫さんたちは悪くないです。悪いのは……」


 こんなイタズラをした人だ。いったい何のために、読む人の楽しみを奪うようなことをしたんだろう。出来心だとしても、許せなかった。


「それよりも、これ、なんとかして消せませんか?」


 切実な願いだった。わたしはもう見てしまった。知ってしまった。『名探偵シャーロット・クイーン最後の事件』を読んだとしても、本来得られるはずだった感動や驚きは、二度とわたしのもとに戻ってくることはないだろう。こんな想いを他の人にはして欲しくなかった。わたしが最後になるなら、それでいい。


「そうね。なんとかしてみせるわ」

「お願いします」

「また”本の虫”が出てきたらたまらないもの」


 そう言って笑う春姫さんの姿は、いつの間にか一番最初に見たベストとスカートに戻っていた。高級ホテルみたいに品があって素敵。でも、お姫様みたいな姿も素敵だったな。

 ふと壁にかけられた時計を見上げたら、やってきた時からほとんど時間が経っていなかった。不思議。あんなにあちこち冒険してきたのに。夢じゃないことを証明するように、胸の中は疲労感でいっぱいなのに。


「じゃあ、わたしたちそろそろ帰ります」

「そう。また気が向いたら遊びに来てくれるかしら?」

「……はい」


 笑顔で答えるわたしの隣で、


「お、オレも!」


 と迷人が手を挙げる。はぁ? どうせ本なんて読まないくせに。いったい何しに来るつもりなんだか。


「そうね。ぜひ迷人くんも来てちょうだい。いつでもお待ちしてるわ」

「はい!」


 春姫さんの言葉に、にこにこと満面の笑みを浮かべる迷人。なんだか便乗してるみたいで腹が立つなぁ。


「本に興味ないなら来るのやめなさいよ。迷惑になるでしょ」

「迷惑って、誰のだよ」

「図書館の人もそうだし、他の利用者もそうだし」

「あら、でも迷人くんが図書館に来るのは理由があってのことだと思うわよ。きっと本よりも興味深いものがあるんじゃないかしら?」

「本よりも?」


 春姫さんの言葉に、首を傾げる。図書館に来て、本よりも興味深いものってなんだろう?


「そう。そのために図書館に来てるんだと思うわ。もっといっぱい見ていたくて、もっといっぱい知りたいのよ。ちゃんと理由があって来てるんだから、迷惑だなんて言わないで。かわいそうでしょう」

「や、やめてくださいよ。もうかんべんしてください」


 顔を赤くした迷人がしきりに両手を振る。もっと見たい、知りたいってなんのことだろう? なんだかわたしだけか仲間はずれにされてるみたいで、嫌な感じ。


「それに、またゆずはちゃんが事件に巻き込まれるかもしれないし、迷人くんも一緒のほうが安心ね」

「そうですよね」


 かと思えばあんなにへらへらしちゃって。美人を前にするとこれだから運動エロおバカってやつは!


「やっぱりゆずはにはオレがいないとなっ」


 こら! わたしにまでその鼻の下を伸ばしただらしない顔を向けるんじゃない! まったく! 

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私立夢見図書館 柳成人(やなぎなるひと) @yanaginaruhito

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