幕間3

ここはどこ?

 今度こそ、元の世界へ。

 そう思ったわたしたちの目の前には、見たことのない真っ白な世界が広がっていた。

 上も下も、右も左も、どこを見ても真っ白。

 まるで白い箱の中に放り込まれたみたいな、不思議な世界。


「ゆずは、大丈夫か?」

「う、うん」


 どこが地面なのかもわからない白の中で恐る恐る立ち上がり、差し出された迷人の手を握った。

 いったいここはどこなんだろう?

 今までとはまるで違う様子に、恐怖がこみ上げた。”本の虫”を捕まえたんだから、元の世界に戻れるんじゃないの? それとも何かの間違いで、元の世界でも本の中の世界でもない、違う世界に来ちゃったとか?


「おーい、誰かいるかー!」


 迷人が大声で呼びかけるけど、なんの反応もない。声が響くわけでもなく、白の中に吸い込まれるように消えてしまう。


「な、なんなのここ? どうなってるのかしら?」

「もしかしたら……”本の虫”を捕まえたつもりが、逆にはめられたのかも」

「はめられたって、わたしたちが捕まえられたとか?」

「そういう可能性もあるよな」


 ぶるりと身震いする。嫌な可能性だけど、ありえない話じゃない。


「大丈夫。しっかりつかまってろよ」


 迷人の声がいつになく力強く聞こえて、わたしはうなずいた。

 上っているのか下っているのか、進んでいるのか戻っているのかもわからない白の中を、恐る恐る、足元を確認するようにしながら進んで行く。

 いったいどこまで続いているんだろう? そう思ったその時、前方になにかが見えてきた。


「なんだろう、あれ」


 迷人も気づいたみたいで、足取りがちょっとだけ早くなる。

 頭の上の高いところに、雲みたいになにかが浮かんでいる。雲と違うのは、真っ白な世界の中でそれだけが黒いということ。あれはいったいなんなのかしら?

 そうして近づいていくにつれて、それが何かの形をしていることに気づいた。


「ねえ、あれ。文字じゃない?」

「文字?」

「牛、っていう漢字に似てない?」

「ほんとだ」


 真下まで来てみると、宙に浮いたそれは明らかに文字の形をしていた。まるで印刷された文字みたいに、直線や曲線が機械的にはっきりしてる。「牛」の隣はカタカナの「イ」だろうか。その隣は「事」? そしてひらがなの「の」? あれ? もしかして逆から読むのかしら? 「牛」と「イ」じゃなくて漢字の「件」? まさかこれって……。


「迷人これ、本の名前よ! わたしが好きだって言った本!」


 そして手に取り、開いた瞬間――”本の虫”が飛び出したあの本。


『名探偵シャーロット・クイーン最後の事件』


「じゃあ今度はその中に連れて来られたってことなのか?」

「わからない、でも……ほら、あっちにも」


 宙に浮かぶ文字は、他にもあった。同じ字体で書かれた作者の名前と出版社の名前。そして、そこから離れた場所にもまだ何か浮かんでいる。

 でもそれは他の文字とは明らかに違っていて、まるで誰かが書きなぐったような乱雑な形をしていた。


「……これ、なんだ?」


 迷人は不思議そうに首を傾げたけど、見た瞬間、わたしの胸はドクンとはねた。


 ……わかった。


 あの時、『名探偵シャーロット・クイーン最後の事件』を見つけて喜んだわたしは表紙をめくり――そしてこれを見てしまったんだ。

 わたしの心が受けた衝撃が、本に込められた想いとぶつかって……”本の虫”は生まれた。

 そうだ。わたしは確かに見た。これを見たんだ。


「迷人」


 わたしは泣きそうになりながら、リュックから打ち出の小づちを取り出した。


「帰ろう」

「えっ……でも”本の虫”が……」

「いいの。”本の虫”はやっぱりさっきのでやっつけたのよ」

「やっつけた? じゃあ、ここは……」

「うん。もうここには用はないわ。用があるとしたら、元の世界」


 そうしてわたしは、打ち出の小づちを振り下ろした。

 これが本当に最後だ。

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