やけ酒煽ったら優しいお姉さんに介抱された
夏山茂樹
失恋からのやけ酒と出会い
「
よりにもよって、焼け酒に任せて出会ったばかりの女と一夜を共にしてしまった。よりにもよって、彼女の自宅に泊めてもらう有様。かつての恋人の住む一番町のマンションで。
高校時代に、就職活動が近づいてそのまま自然消滅してしまったさっちゃん。元気にしてるだろうか。お淑やかな彼女をバイクに乗せて、どこまでも遠くまで行ける気がしたのは私がまだ幼かった頃。もう昔のことだ。
今はさっちゃんを追いかけて、さっちゃんと同じ大学の、同じ工学部に入って情報について学んでいる。私の通っていた高校の学力では追いつかない偏差値だったけど、数学は得意だったから、あとは気力と理解力で無理矢理押し倒した。
だがそんなさっちゃんは今、勤めている会社の社長と恋人関係にあって結婚式を挙げようかと考えているそうだ。相手はずっと年上の女社長。東北では有名なベンチャー企業の女社長だ。たかが大学生の私と、さっちゃんはもう釣り合わない。彼女は遠い存在になってしまったのだ。
そんなことを友達経由で知って、やけ酒を煽っていたときに知り合ったのが優しそうな顔をした、さっちゃんに似た女だった。
私はさっちゃんのために覚えた料理を彼女に振る舞って、一緒に朝ごはんを食べている。どうしてだろう。似ているだけの人なのに、むかし一緒にさっちゃんの住むタワマンで朝ごはんを食べた記憶が蘇る。
「……うっ、いっ……」
「どうしたの? 二日酔いなら、無理しなくていいのよ」
「いやっ……。なんかあなたと一緒にご飯を食べてると、懐かしい感じがして……」
「そう、何か言いたいことがあったら、私に伝えてね」
なんだろう、さっちゃんとよく似た顔をしてるのに、頼りなさそうな雰囲気のお姉さんは。さっちゃんならここでカウンセラーみたいに優しく察して、すべてを受け入れてくれるだろう。
「…………」
ああ、そういえばやけ酒を煽って知らない女の家に泊まったからか、二日酔いが私の脳を襲う。頭を押さえながら、私は彼女を見つめる。
「ごっ、ごめんなさいねっ。同じ居酒屋で出会って、飲み友達になったばかりなのにエッチなことをしちゃった上に朝ご飯まで作ってもらっちゃって……」
「いいんです。そういえば、お名前、何でしたっけ?」
「わたし? さゆり。小町さゆり」
晶ちゃんは二日酔いがひどいみたいだから、ベッドで寝てていいわ。そう言って彼女は自身の部屋へと誘う。一晩、酒に酔って関係を持ったあの部屋に。
「いっ、いえ。ソファで大丈夫なので……」
「ダメよっ! ちゃんとベッドで寝ないと。晶ちゃん、身長が高いから我が家のソファに寝ると首筋が痛むわよ」
そこは姉貴ぶるんだなあ。さっちゃんなら……。何て比べている暇はない。私はそのままベッドで横になって、休みだというさゆりさんの部屋着姿を思い浮かべていた。
スラリとした、スタイルのいい白い肌を覆うのは白いフリルの部屋着。少し年季が入っているようで、どこか彼女のズボラさを印象付けるものだけど、さっちゃんならそのまま新品のように白い部屋着を着こなしていただろうな……。さっちゃん……。
高校時代は赤みが増した茶髪をバイクで走るとき、自由になびかせて楽しかったが大学に入るとき、その茶髪は気が触れたのか緑にした。おかげで同じ学部の男子からは『ケロちゃん』とか言われるようになった。
そういえば、さっちゃんが私の好きなところを教えてくれたとき、「特に髪色が好き」って。だから緑にしたのかな。どっちにしろ、やけ酒を煽って出会ったばかりの女の部屋で寝ている事実は変わらない。恥ずかしさがこみ上げてきて、今にも逃げ出したくなるほどだ。
ああ、胃の底に何か重荷がぶら下げられているような感じがする。吐きそう。
「げぇっ、えっ……」
やっちまったよ、私のバカ。他人の家の布団をゲロまみれにして、とにかく帰らないと。そんな思いで立ち上がる。
「オエッ、ゲェ……」
その声を聞いたのか、さゆりさんが部屋に入ってきて私の背中をさする。布団を汚したことにも臭いで気づいたようだが、そんなことも気にせず、ひたすら私の背中を背負ってトイレへと連れて行ってくれる。
その小さな体で私の大きな体を担ぐのは大変だろう。必死に私をサポートして、トイレまで着くとまた背中をさすって、こう励ましてきた。
「吐いて。胃の底まで吐かないとこういうのって治らないから」
涙と共に私は今まで腹の底に溜めていたさっちゃんへの想いとともに、煽り酒の全てをぶちまける。さようなら、高校時代の幼かった私。優しくて気立てが良くて、美人だったさっちゃん、自慢の元恋人。
吐き終わると、なぜだろう。自然と涙が出てきてさゆりさんへいつのまにか抱きついていた。
「ああーん! 何でだよお!」
「辛かったんだね……」
居酒屋で散々話を聞いたのだろう。彼女は黙って優しく私を抱きとめて、それから何も言わなかった。
「ひどいよ……。こんなことってあっていいのかよ……!」
「相手が悪かったわね……。次はいい相手が見つかるように、わたし祈ってるから」
「うん……。うん……」
まだ酔いが覚めていなかったようだ。私はそのまま彼女の抱擁を受け入れて、昨晩のことを思い出す。柔らかかった彼女の胸、ヘソ付近に色気づかせたホクロがあって、なんというか、さっちゃんとは違う色気があった。
ヤバい。今度はさゆりさんへの恋慕の情が熱を上げだす。こんなに簡単に恋に落ちるのは、何でだろうか。私の悪い癖。
そう思いながらも、私は今度は来客用だという布団に寝かせてもらって、酔いが覚めるまでそこで眠った。
目が覚めると、さゆりさんがお粥を作ってくれて、頬を赤く染めて目を背けている。
「こういうのしか作れないけど……。もしよかったら……」
さっちゃんとは違う優しさに思わず感動を覚えたのと同時に、「可愛い」と思わず思ってしまった。
「あっ、ありがとうッス!」
お粥を頬張る私をみて、安堵の吐息を漏らしたさゆりさんの色気を感じてならない。あの、築館晶。まだ二十になったばかりの大学生ですが、あなたとつきあってもいいでしょーか?!
思わずそんなことを叫びたくなってしまう。私はそんな気持ちを抑え込んで、今度は自分がさっき吐いたゲロの片付けをしようと立ち上がる。
「ああ、さっき掃除しておいたから」
何という気遣い! さっきまでさっちゃんと比べて見てたけど、この人にはこの人なりの良さがある。その全てが愛おしくてならない。私も頬を染めて、さゆりさんをチラッと見つめる。
「……また来てもいいッスか?」
すると彼女は小動物のようにパァッとした笑顔で己の感情をだだ漏れにさせて叫んだ。
「ええっ! また来てね!」
「それと、よかったら連絡先、交換しませんか?」
控え目に誘ってみると、さゆりさんは飛び跳ねて嬉しそうに乗ってくれた。ゲロの臭いがまだかすかに残る部屋の中、私たちは連絡先を交換しあってまた金曜日、会うことになった。
「小町さゆり……、株式会社サイバーラボ……。ん?」
船岡さち。かつての恋人の名前でSNSを検索する。
「株式会社サイバー・ラボ……。おっ、おう……」
よりにもよって、私は元恋人の今の恋人が社長を務める会社の従業員に恋しているのか……。そう思うと同時に、元恋人との切れない縁に失望しながらもまたどこか、希望を感じずにはいられなかった。
「待ってろよサイバー・ラボ! 三年になったらインターシップで入ってやるんだから!」
やけ酒からの失恋への別れと新たな出会い、そして新しい目標ができた長い一日が終わって疲れた私だったが、その疲れは決して悪いものではなかった。アニメを見ながら、さゆりさんと愛車でどこへ行こうか。そんなことを何となく考えて将来を思い浮かべる私だった。
やけ酒煽ったら優しいお姉さんに介抱された 夏山茂樹 @minakolan
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