会ってしまえば壊れる関係

画面の向こう側

　授業があって、宿題があって部活があってテストがあって。

　やることが沢山あって、同じ毎日がなかった、学生の頃。

　何度面倒くさいと思ったか、何度授業が嫌になったか。何度学校に行くのが嫌になったか。正直、友人と過ごした楽しい記憶よりも辛かった記憶の方が多い。

　あの頃は休みが来るのが待ち遠しいかった、それは働いている今も変わらない。そして日曜日が終わって、新しい一週間が始まるのを呪っていたのも変わらない。

　一つ変わったのは辛い記憶の方が多いあの頃に戻りたいとそう望んでいることだ。あんなにつらかった日々も、停滞した今の生活よりは楽しかった。話をする友人がいた、遊ぶ時間があった。あの頃合ったものは、そのほとんどがこの手から零れていった。

　毎日同じ時間に出勤して、同じような仕事をして、同じような時間に帰って、スーパーの総菜とごはんを食べて寝る。変わらない退屈な毎日の中で、唯一楽しい時間がある。休憩時間、寝る前。開いている時間にSNSを開いて、会ったこともない人と話すこと。

　会話している人がどんな人間かなんて知らない。男かも女かも歳も性格も、全く知らないだれかであっても。話し相手がいて互いが好きな話題で楽しく会話ができる。そんな場所が、私の数少ない楽しみだった。

［金の豚さん、公式の発表見ました？］

［新しいグッツ！可愛いよね創作意欲がわいてくるよ！］

［新しい絵期待してますね］

［ミイラちゃんのｓｓも期待してるよ］

　金の豚さん。私の居る界隈で推しの絵をかいてる絵師さんだ。何度か合同同人誌で一緒になって今ではすっかり仲良しだ。

　私も絵の依頼をしたことがあって、互いの本名とか歳とか性別とか知ってる。お金が絡む以上仕方なかったともいえる。SNS上でリアルの情報をやり取りするのは誰もやらない。だから当然リアルのことを知っているのはほとんどいない。

　私のリアルを知ってるのも金の豚さんだけだ。何人か金の豚さん以外にも仲のいい人はいるけど本名まで知ってるのは他にいない。

　DMで個人的な相談をしたりするのも、金の豚さんとだけだ。もちろん金の豚さんから相談されることも多いから互いの状況だったりをよく知ってる。

　そして私はたぶん金の豚さんのことが好き……なんだと思う。恋人と別れることになった時、一番にに相談したりしたのが金の豚さんだった

　金の豚さんはとっても変わった人だ。直接言わないにしろ、普段を見ているとどんな人なのか想像できる。そして私の居る界隈での金の豚さんの印象はたぶん女性で絵が上手で大学生ということだけ。でもこの中で性別だけが不確か。それは金の豚さんが自分の性別をはっきりと言ってないことが理由。でもツイートを見る限りだと、女性だと思うからたぶん女性という認識になってる。

　でも金の豚さんは男性だ。これは絵の依頼で通帳に入金したときに知ったから間違いない。私も聞いたことがある、どうして性別のこと隠すのか。帰ってきた答えは女性でいたいからだった。病院に行ったないからわからないけど、確かに自分の中に女性でいたい自分がいるといっていた。性同一性障害とか多重人格とか。考えたら色々出てくるけど。とにかくこの場所では女性でいたいとそう言っていた。

　金の豚さんと話していると、女の私からしても女性だとしか思えなかったりする。何よりすべての発言が本心だとわかるから、余計にそう思えてくる。

　そして私は、コミケが終わった後に会いたいといったことがある。でもその時金の豚さんに言われたことがある。

「それはできない。色々理由はあるよ。でも一番の理由は会ったしまったらこの関係が終わる気がするから。簡単に会いたいって言っちゃだめだよ。ミイラさんは女性なんだっから。わるいおとこだっているんだから」

　そう言って逆に私の心配までしてくれた。私だって簡単に会いたいだなんて言ったりしない。逆に私を心配してくれる金の豚さんだから会いたいと思った。

　だけど金の豚さんが言うことも間違ってはいなかった。一度リアルであったら、確実に私と金の豚さんの関係は変わる。どうしてもリアルというフィルターを間に挟んでしまう。今の関係は、リアルというフィルターを挟んでいないからこそ成り立っているかもしれないから。

　会った後の関係が、今よりもいい関係かなんてわからない。もしかしたら、今のような関係ではいられなくあるかもしれない。気まずい雰囲気の中話をすることは拷問のようなもの。楽しかった時間が楽しくなくなる可能性もある。

　そして何より私はこの気持ちを金の豚さんに喋っていない。関係が変わってしまうかもしれないから。私には今の関係を壊してまでこの感情を口にする勇気がない。何よりこの関係を壊したくない自分がいる。このまま画面越しに話をする今の関係のほうが幸せだと。幸福な居間を壊すことが怖かった。

　それから私はずっとこのもやもやした恋という感情を押し殺しながら、今日も金の豚さんと会話をする。

［金の豚さんこんにちは］

　今の関係でいたいという気持ちと、この感情を伝えて今の関係を変えたい。

　この相反する考えを胸に抱いて。

　私は今日も日常を過ごすんだ。