第2話 蜆めし
羽田近く
多摩川土手沿い
家屋の
合間の
食堂
お次の
亀之介さんの
撮影は
天然の
黒黒しくて
クシュクシュ
山盛りの蜆に
うちは
埋もれてる
玉子で
香りは
まるで
どぜう鍋
貝汁が
濃ゆくて
熱熱で
うちの躰が
ほんのり
紅潮したのが
わかる
あゝ しまった
御免なすってー
亀之介さん
一点の紅みを
のぞき込む
幾たびも幾たびも
慌てて
あっちやこっちや
反射板を立てては
照明を当てる
黄身の紅が
気になって
仕様がない
こんどは
カメラに
色付きの
レンズをつけ直してる
黄身の色は
山吹?
橙か?
黄土色は?
違う違う
あゝ 亀之介さん
惑うのは
もうよして
駄目駄目
志向は
いらない
商業仕事は
さっぱり
見切りをつけて
うちは
すかさず
切出しを振り回した
キラキラキラリ
亀之介さんの
瞳孔に
光を映すと
亀之介さんの
気が
済んだ
思い出すは
品川宿の茶屋
大森の浅瀬で
採れた
蜆と
刻み
煮こむ
渋い苦みが
際立つ
朝採れの
鶏卵を割ってかけた
米飯の甘み
亀之介さんは
箸で
ずるずるずずっと
かき込んだ
卵飯は
たまらないと
亀之介さんは
つぶやいた
蜆飯でしょう
うちが言うと
おもむろに
顔を上げた
この次は
蜆めしを鑑賞しよう
じっくり
蜆を味わおうと
亀之介さんは
言った
そして
この次は
丼を描くんだと
ぜひとも
商業絵師に
なろうと
意気込んだ
かれこれ
150年前
*
商業仕事を終えた
亀之介さん
ぼんやり
眺めているのは
穴子
金茶の衣をまとって
細長い天婦羅に
なって
白飯の
上で
羽田沖の
穴子は
昔も
今も
変わらない
うちは
どんぶりの
淵に
腰かけ
斜めに
亀之介さんを見上げる
うつむきがちな
背中が
懐かしい
どんぶりから
はみ出た
尻尾を眺めて
亀之介さん
何を思う
切出しで
うちは
ぽろり
穴子の尻尾を
ひと斬り
してみた
亀之介さんが
振り向いた
きょろきょろ
左右の
気配を探る
箸で
尻尾を
頬張った
その後は
一息に
丼を
それからそれから
穴守の駅の方角へ
歩き出した
亀之介さん
早足は
何処へ
あ そう
お稲荷さん?
もしや
亀之介さんが
稲荷の
鳥居をくぐるのなら
うん そうね
そろそろ
化けて
現れて
みよう
かしら
トーキョー丼めし タキコ @takiko
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