トーキョー丼めし

タキコ

第1話 浅蜊めし

うちは

幕末に

女忍者をしていた


絵師の

亀之介さんと

知った仲に

なったのは

明治の

初め


うちは

亀之介さんの

錦絵にしきえ

手伝いをして

食いつないでいた

亀之介さんは

うちの

姿を活写した

まぁ

今で言う

絵画モデルの

バイトをしたんだ


亀之介さんは

芸術家の

はしくれだった

齢は

うちと

二つ廻り

あった

と思う

亀之介さんの

長屋ながや

通って

2年が

過ぎた頃

ちょっとした騒動に

のみこまれた

横恋慕よこれんぼ

騒ぎ


横槍よこやり

だったとは

うちは

皆目かいもく

知らなかった


うちは

逃げた

逃げた

逃げた先は

どうやら

令和の

初め

うちの

からだ

米粒よりも

微細と

なっている


残った

忍法は

化身けしん術だけ

等身大に

なる時

うちは

うちでは

ない


 *


ここは

トーキョー

隅田川を渡す

つくだ大橋下の

食堂


雇われカメラマンの

亀之介さんが

いる

商業誌の

撮影

特集は

江戸前丼めし


浅蜊あさりの炊き込み飯は

鰹出汁かつおだし

みわたっていた

うちは

丼のなか

飯の隙間に

首をだし

青葱あおねぎ

降りまぶされた

ぷりぷりの身は

浅蜊の尻か

はたまた腹なのか

おおらかな旨みに

咳こむと

ぎろ ぎろり

ふたつの目玉が

うちを見据みすえた

ギョッ

うちは

後ずさりしながら

バサリ

切出きりだしで

両眼をり落とした


あ 御免なすってー

亀之介さんの手元が

ぶれた

ファインダー越しに

浅蜊をのぞきこむ

亀之介さん

霧吹きでもって

一心に

浅蜊に

しぶきをかけている


あゝ 亀之介さん

幾たびかければ済むのだ

浅蜊は

じゅうぶん艶艶つやつやしい

あゝ 亀之介さん

霧吹きは

もうよして

駄目駄目

時間が

ない

商業仕事は

お次の約束が

待っている


あ 指先が

慌ててる

亀之介さんの額から

一粒の汗が

つつつーー

したた

飯に

落下

寸前

シャキン

うちは

切出しで

飛び斬った


思い出すは

江戸湾に

近い

深川の舟宿

漁師飯をいただいた


浅蜊のき身と

葱とを

煮炊いて

米飯に

ぶっかけた

浅蜊めし

亀之介さんは

箸で

かき込んだ

磯臭さが

たまらないと

つぶやいた


貝泥のねずみ色が

江戸文化を後世に

のこすと

ひらめいた

亀之介さんは

製作中の錦絵の

配色で

頭が

いっぱい

だった

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