互いの正義 (3)


 その後、言うことは言ったとばかりに、店長さんと犬塚は俺と琴乃葉を残してさっさと帰ってしまった。

 銃やら金の入ったアタッシュケースをしっかりと持って帰ってるあたり、流石としか言えない。

 そして犬塚から、保護した女性達は専用施設に入院させて社会復帰できるようになるまでは『組織』で面倒を見ると話してくれた。回復次第、家族の元へ送り届けてくれるそうだ。

 因みに、ロシアの護衛二人は年齢が若かった事もあり北海道の警衛高校に入学させるらしい、裏切ったり『組織』のことをバラせば消す。と、脅しているらしいので余程大丈夫だろう。

 そんな、思考放棄に暮れながら時刻は既に早朝四時。若干空が明るくなってきている。

 迎えの筈の犬塚が店長さんと帰ってしまったため俺は歩いて帰るか、始発電車で帰るしかないのだ。

 そして、何処ぞの黒星様とやり合ったせいで歩く気には到底ならない。

 なので、電車を待つ事にしたのだが。


「光希、少し話さない?」


 名古屋港から見える水平線をボーッと眺めていると、俺の隣に座る紅の瞳ルビーアイの少女が身長差もあり、上目使いがちに俺の顔を覗き込んできた。


「これ以上なにを話すーーーってお前名前を」


「お前じゃないわ。エイルよ」


 琴乃葉は少しムスッとした表情をしながら、訂正を求めてくる。


「琴乃ーーー」


「次は燃やすわよ?」


 彼女。

 いや。エイルは。

 いつものお決まり台詞で俺の言葉を遮った。普段と違うのは掌から炎は出していない点だろう。


「エイル」


 この至近距離で目を見ながら名前を呼ぶのは少しばかり照れくさい物もあるが、彼女が俺の名を呼んだのだ。

 ならば俺もエイルに合わせなければなるまい。


「それでいいわ。勘違いしないで欲しいけど心境の変化なんかじゃないわよ?昨日言ったように『パーティ』を組む事になったから呼んだだけ」


 少しツンとした表情で、俺から目を逸らすエイルを見て。

 俺は思った事を口に出してしまう。


「実はツンデレなのか?」


「もしそうだとしても、光希にデレることはないから安心してちょうだい」


「それはそれで残念だ」


「あら、そうなの?」


「絵に描いたような美少女が、デレデレしてる所を見てみたいと思うのは年頃の男であれば当然の思いだろ?」


 俺の言葉に、エイルは頬を少しだけ紅く染めぷいっと視線を逸らした。

 柄にも無く照れているようだ。


「揶揄うのはやめなさい」


「意外と本心だったんだけどな」


 そう言って俺も視線を水平線へと向ける。すると、水平線の向こうから太陽が徐々に顔を出し始めていた。


「光希にもう一度だけお礼を言うわ。ありがとう。貴方のおかげで私は救われた」


 顔をこちらに向けず海を眺めながらエイルはそんな言葉を言った。


「総理大臣からの指名依頼なら仕方ないだろ、断れば確実に俺は抹殺されるからな」


 しかし、俺の言葉にエイルはゆっくりと首を振った。


「違うの、私が感謝しているのはーーー私を人殺しにしないでくれたこと」


 それはきっと。

 己の中にある何重にも鍵をかけられた牢獄の鍵を開けた先にあった言葉。

 彼女が本当の意味で俺に心を開いた初めての瞬間だった。


「やはり、黒星になったのは。父親を殺すためだったのか」


 エイルは俺の言葉に、こくりと首を縦に振った。長い紅髪のせいで表情は見えないが、まさか笑っているわけでもあるまい。


「あの時の私は怒りによって支配されていたの。執念と言ってもいい。感情の制御が出来ず、あの男を殺すために人生を捧げるとまで誓ったわ」


 ーーー憤怒。


 そう表しても良いほどの怒りの感情が彼女を支配していたのだろう。

 『あの戦場』で名も知らぬ少女に助けられた時、俺も同じ感覚に陥った。

 自身はどれ程無力なのかを痛感し、認識し、絶望した。

 そして敵兵をーーー殲滅したのだ。

 憤怒というのはそれ程までに、自身の能力を引き上げると同時に視野を狭めてしまう。

 もし、その後師匠に出会わなければ、俺は悪とみなした全ての者を単なる殺人鬼として殺し続けていただろう。


「そうか」


 俺は彼女に同情することは無く、ただそう言った。


「だからこそ、貴方に感謝するの。私を人殺しにさせないでくれて。本当にありがとう」


「ん」

 

 エイルが何故父親をそれ程まで憎んでいたのかは分からないし、知る気もない。

 正直言えば、どれだけ感謝されても俺はそれをどう受け止めれば良いのか分からない。

 結局俺がやったのは『人殺し』なのだ。しかも、その結果こそ琴乃葉の為になっているとはいえ偶然の産物でしかない。

 俺は立ち上がり、体育座りで膝に顔を埋めるエイルの頭に掌を置いた。

 撫でるわけでもなく、髪を梳かす訳でもない。ただ、返事の代わりはこれで良いと思ったのだ。


「貴方って、やっぱりたらしなんじゃない?」


「最初に言ったろ?俺に複数人をたらせる甲斐なんかないさ」


 そう言って朝日が登り続ける水平線を二人で眺め、始発までの短い時間を他愛も無い話で埋めたのだった。



              ※



 エイルとの死闘から時は流れ一週間後。

 俺は普段と何ら変化のない授業読書タイムに明け暮れていた。

 正直言って、あれからエイルと俺の関係性が変化したかと聞かれれば『否』と答える。

 千歳なんかは、俺たちが名前を呼び合っている事に目敏く気づき、喧しく質問の嵐を飛ばしてきていたが、それ以外の変化が見られなかった為か、今ではもう慣れた様で気にしなくなった。

 因みに第一級犯罪特別捜査班FCIの捜査については取り敢えず、隣の席でもある紅の瞳ルビーアイ。つまりはエイルが行なっている。

 元々暗殺しか取り柄の無い俺に、捜査なんかさせても無駄だろうとの事だ。


「おい、聞いてんのか浅瀬ぇ。授業は別に聞かんでもいいが多数決くらい参加しろーーーよ!」


 そんな近況の思考に明け暮れていると、教卓の方から亜音速に迫る速度で白い物体が飛来してくる。

 それを、ギリギリの所で首を捻り回避すると、後ろでパンッといった破裂音が鳴り響く。

 恐る恐る、後ろを振り返ると、コンクリートで出来ている筈の壁が、丁度俺の額の位置に白い粉を付け軽く凹んでいた。

 今のは別に銃撃でも何でもない、一昔前に教師がやっていたと言われるチョーク投げだ。

 普通の教師が投げたのならば気にするまでもないが。投げたのが検挙科アレストの担任である『魔人』であるなら話は別だ。

 直撃していたら冗談抜きで死んでいる。


「すいません、ぼーっとしてました」


「の割にはちゃんと避けやがるから腹が立つ。備品だって有限なんだからな?無駄に破壊させんな」


「なら投げないでください」


 俺の話など聞く気もないのか魔人は俺の言葉を華麗にスルーすると、先ほど話を続けた。


「てな訳で。もう一度説明するぞ。来月に行われる『地獄祭り』の競技についてだ」


 その言葉を聞いた瞬間、クラスからどんよりとネガティブなオーラが漂っているのを感じる。


「ねぇ光希。地獄祭りってなんなの?この雰囲気から察するに、良い行事とは到底思えないのだけど」


 隣の席のエイルがこそこそと俺に尋ねてくる。警衛に通う者としては知らぬ者はいない程の絶望行事なのだが、この前編入したばかりのエイルが知らないのは仕方のない事だろう。


「行事としては体育祭だな。ただ、流石警衛高校といった感じで競技の内容はかなりキツい。一年なんかだとそのキツさから中退する者まで出るほどにな。そんな行事だからか教師まで『地獄祭り』なんて呼んでるんだ」


 唯一の救いとしては、個人で出場する物を除けば各自競技は一人一種目で済む点だろう。

 しかし、それでも地獄祭り終了後は地面で這い蹲り身動きが取れない『屍もどき』が量産される。その屍もどきが苦悶の声を上げ続けることから、『地獄祭り』の名が付いた事は言わないでおいた。


「恐ろしいわね」


「ああ」


 因みにインドアの俺は何とか休もうと頭を巡らせ、店長さんに頼んで海外への逃走を図ったのだが、当日便の飛行機に何故か先に乗り込んでいた魔人に捕まり警衛高校に連れ戻されたという苦い思い出がある。

 何故俺の逃走がバレたのかは未だに謎のままだ。


「そんで二年の検挙科アレストクラス種目は、『魔王の行進』『二百キロ大食い競争』『鉄球送り』の三つだな。さぁどれが良い」


 ニヒルに笑う魔人の顔を見てクラスの全員が同じ感想を抱いただろう。

 どれもやりたくねぇ。

 もし決行されればどの種目でも、数人が命を落とすことは想像に難くない。

 唯一可能性があるとすれば、中身のわからない『魔王の行進』なのだが。


「先生。魔王の行進とはいったい、どんな競技なんでしょうか?」


 エイルが丁度そんな質問を魔人に投げかけた。


「おお、琴乃葉ぁ!目の付け所がいいじゃないか!これは私が先頭を走りお前らを紐で繋いだ状態で満足するまでただ走るという一番楽な競技だ」


「ーーー」


 エイルは何も言わずに座った。

 その意味の恐ろしさに気づいたのだろう。

 きっと、オリンピック選手もびっくりの速度で五時間くらい走らされる。

 そして、誰かぶっ倒れればその負担はそのまま俺たちの重りになる。

 地獄祭りにピッタリすぎる惨状が生まれることだろう。


「一応他のを説明すれば、二百キロ大食い競争はそのままだ。全員でトータル二百キロの料理を食う。鉄球送りも名前の通り、大玉の代わりに大玉の鉄球を頭上で転がすだけだな。大体三百キロくらいだからそこまでキツくないだろ」


 声を大にして言いたい。

 あんたの価値観で物事を測るなと。

 

 その後、多数決により検挙科アレストの種目は、常識の範疇で何とかなりそうな二百キロ大食い競争となった。

 単純計算で一人五キロ食べれば何とかなるのだ、死の危険は一番少ないだろう。

 個人競技の方は俺が『超障害物アトラクション競争』で琴乃葉が『全国借り物競争』に決まった。

 さて、死人が出ないことを祈るばかりだ。


 そんなこんなで、警衛高校での俺の日常は続いていく。

 第一級犯罪特別捜査班FCIの捜査など、やる事は山積みだが意外と嫌に感じていない自分がいるのだ。

 きっとそれは、俺とは違う正義感を持ったエイルがいるから。彼女を強敵ともとして認めているからなのだ。


「光希先輩!帰りにSAKINOへ行きましょうです!」


「光希くーん?借りた本返し忘れてるでしょ!図書委員会で問題になってるよ!」


「大人気ね。たらしさん」


 こんな喧騒もいつか過去の物になってしまうのだろう。


 そして。それが遠くない未来である事なんて今の俺には知る由もなかった。



            NEXT CAPTER

 

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警衛高校の作家《リライター》 稲宮 鹿 @titose0226

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