互いの正義 (2)

 一瞬の静寂と沈黙。


 お互いの攻撃は止まり、自然と視線が交差する。


「ええ」


 琴乃葉はただ一言。

 そう言った。


「そうか」


 俺もまた、ただ一言そう答える。

 正直に言えば驚かなかった。

 琴乃葉が警衛高校に編入してきた理由、初対面にも関わらず俺にちょっかいをかけてきた理由。俺の名前を呼ぼうとしなかった理由。

 その全ては、『浅瀬光希』と『執行者』が同一人物だと知っていたのなら辻褄が合ってしまうのだ。


「安心して警察内部で事実を知っているのは私だけ。貴方を逮捕しても罪状を公にはしないわ。私の権限の元、罪を償ってもらう」


「それは助かる。だが悪いが逮捕される事はできない。俺は罪人を殺さないといけないからな」


「私の話を聞いーーー」


「無駄だ。俺は裁かれる資格すらないんだ」


 琴乃葉の言葉を遮り俺は無銘刀を右手に、左手にガバメントを執筆writeする。

 一丁一刀。師匠の考案した雲雀流剣術に俺の基本スタイルパーリトゥドなんでもありを織り交ぜたオリジナルスタイル。

 雲雀流剣銃術。

 その特異な型に琴乃葉は静かに息を飲んだ。俺がそれ程までに本気だということを悟ったのだろう。


「貴方がそれを望むなら私も誠意を持って答えるわ。業火煉獄クリムゾンそれが私の能力。罪を犯した罪人を浄化するーーー禊の炎よ」


 琴乃葉は自身の能力を明かした。

 皮肉な話だ。俺の正体を知る初めての同級生の能力が禊の炎だなんて。

 彼女の炎に焼かれたら、俺は罪を償えるのだろうか。

 そう自問し首を振る。

 過去に汚したこの掌が元の色に戻ることなんてありはしない。

 己の掌を見ると、過去に殺した者たちの鮮血で赤黒く染まって見えた。

 その掌で俺は仮面を外す。

 少し蒸れていた顔に夏の夜風が優しく頬を撫でた。

 そして、変声機ではない自身の声で開戦を告げる。


「雲雀流剣術五ノ型。永日えいじつ


 三の型、春日麗が相手の力を利用する合気道を取り入れた型だとすれば、永日は詰将棋の様に数手に渡り攻撃を連鎖させる技。

 相手へ反撃の隙を与えない超攻撃手。

 上段斬りから、横へのなぎ払い、ターンからの裏刺突。

 ここまで琴乃葉は余裕で対応してくる。

 このままではとても王手を取る事は出来ない。なのでここからは変則技だ。

 裏刺突の体勢のまま、逆手に握ったガバメントで琴乃葉を狙う。が彼女の能力で作り出された小型の火球で銃弾は相殺される。

 だが次の一手は琴乃葉の肝を抜く事に成功した。


「ッ!」


 俺は無銘刀を横になぎ払い、そのまま琴乃葉に投げつけた。

 ただ刀を投げただけ、直撃してもダメージはゼロ。しかし、反射神経に優れた琴乃葉は咄嗟に『避けて』しまった。


執筆write


 俺は即座にもう一度無銘刀を書き出し、その鋒で琴乃葉の腹部を突き刺した。


「くはッ」


 この攻撃は流石に避けきれず、琴乃葉は苦悶の声を上げた。彼女のコートも俺のと同様防弾防刃だ。致命傷にはなり得ない。

 なのでここで連鎖を止めるわけにはいかない。

 俺はそのまま、超至近距離から彼女の右腕に向けガバメントを撃ち込む。

 と見せかけ。一瞬の隙を測り、もう一度同じ位置に無銘刀で刺突を食らわす。

 流石に効いたのか、琴乃葉はキレた様子で額に血管を浮かべた。


「このッーーー紅蓮廻」


 その言葉と同時に琴乃葉の周りを円状の熱球が包み込む。

 範囲が広いからか火球ほどの温度ではなさそうだが、その温度は八百度は下らないだろう。


「ッチ」


 俺は舌打ちをしながら攻撃の連鎖を止め、琴乃葉から距離を取る。


「ふぅ。やるわね」


 疲労から来る汗を額に流しながら、先程ダメージを受けた腹部を撫でる。


「満身創痍の俺にそんな皮肉を浴びせるなんて、余程Sっ気があるんだな」


 そう、勘違いしてはいけない。

 あくまでも優勢は琴乃葉だ。

 高々一発入れたからと言って戦況が大きく動くわけでもない。俺が得意とするのは暗殺。元来、面と向かって殺り合うのは不得意なのだ。

 それに比べて琴乃葉は能力者との戦闘に慣れており、業火煉獄クリムゾンは確実に戦闘特化の能力。

 勝算は高く見積もって二割と言ったところだ。


「それは貴方を認めているからこそよ。正直に言って能力自体は脅威に値しない、貴方より強大な能力者は五万と相手取ってきたのだから。でも、その力を貴方が持っているからこそ私は危機だと判断するの」


 何故彼女はそこまで俺を過剰評価しているのだろうか。

 俺と琴乃葉のエンカウントは検挙科アレストの教室。なのに最初から俺に目を付け煉獄クリムを襲わせ、パーティに誘い、今こうして戦っている。

 執行者として、俺の正体を知っているものは組織の中でも少数。組織外にバレるようなポカは侵していない。

 琴乃葉の裏には俺のことを知っている誰かがいる。


「裏にいるのは誰だ」


「悪いけど私は秘密主義者なの。時が来れば自ずと分かるわ」


 誰だ。俺を疎ましく思っている人間は山のようにいるだろうが、その中で執行者ではなく、浅瀬光希を知っている人間。

 ダメだ。思いつかない。

 これは琴乃葉の言葉を信じて、時が来るのを待った方が良さそうだ。

 既に時刻は二時。

 本来であれば既に仕事終え、家で安らかな睡眠を取っていた筈なのに。

 面倒な残業が残ってたもんだ。


「ふぅ」


 俺は呼吸を整え無銘刀を握り直す。


「そろそろ終わらせて貰うわよ」


「その言葉、そっくり返させて貰う」


 両手に紅蓮の炎を纏わせた琴乃葉は疲れの色など全くない。

 おかしい。

 きっと、彼女の能力はコスパが悪い。

 基本的に能力の使用は有限だ。

 等価交換と言ってもいい。

 現実世界にSPスキルポイントMPマジックポイントなどは当然存在しないのだ。

 ならば能力の発動に何を使うのか。

 それは勿論体力エネルギーだ。

 体内のエネルギーを、運動エネルギーへと変化させることで、超常的な現象を引き起こせるのだ。

 だからこそ琴乃葉の業火煉獄クリムゾンが恐ろしく体力を消費することは想像に難くない。紅虎クリムの再召喚を行なっていないのも、その関係だろう。

 しかし、彼女の顔に疲労はなく、発せられるプレッシャーは徐々に大きくなっているように感じる。

 俺は一度目を瞑り、自身に問いかける。

 読み解きreadは使えてあと二回。執筆writeに関してはまだ余裕があるが、戦力差が身体能力でなんとかなるもでは無いので後、数手で決めなければ敗北は必至だ。

 そして、俺には一つ気がかりがある。

 琴乃葉の能力は本当に炎を操るだけの能力なのかという点だ。

 業火煉獄クリムゾン。禊の炎と名乗った彼女の力は、それだけじゃ無い気がする。

 いや、正確にはそれだけで第一級犯罪特別捜査班FCIになれないはずなのだ。

 しかし、今更そんな事を考えていても仕方がない。ここまで来たら出たとこ勝負をするしかないのだから。

 俺は無銘刀を強く握り直し、雲雀流剣術の七の型を取る。

 これは初手では絶対見抜けない。

 秘伝中の秘伝。

 その技は難度が非常に高く、精密なコントロールが要求される。

 だからこそ、俺はガバメントを消し去り無銘刀だけを握りしめる。

 ふぅ、と大きく息を吐き出し構えを完成させる。


「その構えに、油断を誘っているのなら私には無駄よ」


 琴乃葉の声を聞かないよう、右手で天高く掲げた無銘刀に意識を集中する。

 俺に琴乃葉程のセンスはない。

 俺に琴乃葉に勝てる技術はない。

 俺に琴乃葉を殺す覚悟はない。

 だが。師匠の剣術を使うのであればたとえ死んだとしても負けられない。

 対面からは、駆け出した琴乃葉が視界に映り込む。

 それを見届け、告げる。


「雲雀流剣術七ノ型。落雲雀」


 空から滑空する雲雀のように、ただスピードだけに全力を注いだ唯の上段斬り。

 しかし、いや、だからこそ。そのスピードに琴乃葉はついて来られない。


「なーーー」


 眼前に迫っていた琴乃葉の右肩に無銘刀を振り下ろす。

 その速度は音速。

 つまり時速千二百キロにまでに至る速度なのだ。避けられるはずがない。

 ーーーはずがないのだ。

 俺は自身の目に映ったものが信じられなかった。

 一瞬の交錯の中、琴乃葉は左手でロケットエンジンのように炎を吐き出し、音速を超え刀を避けたのだ。

 右手にはいつの間にか握られていた真紅のベレッタ。

 避けようがない。

 コンマ数秒の世界の思考。

 俺は無意識下で読み解きreadを使っていた。

 二回連続で。

 とっさに方向転換した無銘刀は彼女の左手に。

 そして、執筆writeでガバメントを書き出し、銃口が向かった先はーーー。


 琴乃葉のベレッタと俺のガバメントが、双方の銃口にキスをする。


 相手が撃てば、跳弾により自身の銃も大破してしまう。両者の攻撃は完全に封じられていた。これ以上手が広がらない、将棋でいう千日手の状態。

 つまりは。

 引き分け。


「時間切れだ。お二人さん」


 そんな状況の中で場違いな、けれども聞き覚えのある中年の声が夜の名古屋港に響いた。

 俺と琴乃葉の視線は当然のようにそちらに向いてしまう。

 そこにいたのは無精髭を生やした冴えない中年男性。ダンディとはお世辞にも言えない、いつもの下駄を履いた、遠峰雑貨店の店長、基い組織の上役がそこにいた。


「店長さん?」


「シルバーさん」


 俺たちはその人物を別々の名称で呼んだ。

「紅髪ぃ。俺をその名で呼ぶなつったろ。捨てた名を今更呼ばれるのは胸糞悪りぃ」

 シルバー。

 連想するに遠峰銀次という名前の、『銀』から来ているのだろうが。

 何故、琴乃葉が店長さんの忌み名を知っているんだ。銀の悪魔シルバーデビルそんな懐かしい名前を思い出す。

 いや、今はそれよりも。

 この二人の接点はなんだ。

 なにか重要なパーツが抜けている気がする。


「遠峰さん口悪いですよぉ~。それに夜遅いんですから大声出すのは近所迷惑でよろしくなかですぅ」


「犬塚まで。なんなんだこの茶番は」


「なんだぁ?いつもは『俺は全て見透かしてます』って顔してる光希がやけに焦ってるじゃねぇか」


「えぇ!光希くん焦ってるのぉ。かぁいいなぁ、ハグさせてキスさせーーーひぃいい」


「うるさい」


 騒がしい犬塚の足元をガバメントで狙い撃つ。もちろん跳弾まで計算しているので当たってはいない。

 当てていいなら直撃させたかったが。


「私から説明するわ」


 そんな混沌とした状況下で口を開いたのは俺の横に立つ琴乃葉だった。


「さっきまでのはお遊びってことか?」


「いいえ。今日、私が言った言葉は全て本当のことよ。罪を犯したものは裁かれるべきだと思ってる」


「だろうな」


 琴乃葉の語った言葉に嘘偽りは無かった。今まで散々、詐欺師ペテンシ供を相手にして来たのだ。大概の嘘を見抜ける目と耳は持っている。


「最初から話すわ」


「重要なとこだけにしろ。出生から今まで語られたら日が暮れちまうーーーいや、朝日が登っちまうか」


 そんな俺の皮肉げな言葉に琴乃葉は顔色ひとつ変えず、俺の瞳を見据える。

 その真剣な表情を受け、俺もお茶らけた態度を改める。


「遠峰さんと私は旧知の仲よ。なんの繋がりなのかは言えないけれど」


「それは答えを言ってるのと同じじゃないか?」


「貴方が勝手に気づくのならしょうがないことよ」


 つまりは、仕事柄開示できない情報。

 店長に視線を向けると、やれやれと肩を竦めていた。俺たちの会話に口を挟む気は無いようだ。その様子から予想が当たっていることを確信する。


「店長は第一級犯罪特別捜査班FCIの構成員、ってよりかは『元』構成員か」


「バレてしまったらしょうがないわね」


「ああ、しょうがないな」


 そのわざとらしい態度に少々腹も立つが仕方ない。きっと職種柄特殊な情報規制があるのだ。

 しかし、店長さんは一体何者なのだろうか。

 過去の俺を救ってくれた恩人。

 雑貨店の店長。

 組織の上役。

 そして、第一級犯罪特別捜査班FCIの元メンバーときたものだ。

 ここまで特異な経歴を持つ人間は稀有だろう。

 店長さんについて気になることは多いが。今は眼前の琴乃葉の方が重要だ。


「最初に話した通り、私は父を殺した犯人を捜していたわ。色んなルートから凡ゆる殺し屋や暗殺者を見つけては捕まえた。だけど、どれも父を殺した人間じゃなかった」


 俺の代わりに結構な人数が捕まっていたようだ。人のことは言えた立場じゃないが金で殺しをしていた人間達だ。

 同情はしない。


「何故そいつらじゃないとわかった?実行犯が白を切った可能性もあっただろ」


「女の勘よーーー、と言いたいけど父が隠していた特注の防犯カメラの映像から判断したの。あんなバカみたいな格好で暗殺に臨む人なんて、余程の変人しかいないわよ」


「なんだとっ?紅髪ぃ、聞きずてならんな」


 あの格好を考案した店長さんが、額に怒りマークを浮かべて琴乃葉に噛み付いている。

 まぁ確かにダサいから反論できない。

 その横で「うんうん」と頷く犬塚で数の勝利だ。

 店長さんは自分が不利と悟ったからか、舌打ちをしながら琴乃葉に続けろと促した。


「それからはかなり行き詰まったわ。何処を探しても貴方の情報は出てこない。でも、調べるうちに暗殺される人間の傾向が分かってきたの。そして、その界隈では貴方が『執行者』と呼ばれていることもね」


「それだけか?」


 ここまでは予期していたことだ。

 いくら、法で捌けぬ悪を滅しているからといっても、警察から見れば単なる殺人犯となんら変わらない。

 だが、怪盗のように予告状を出す訳でも無く神出鬼没に現れ、一瞬で事を片付ける組織を見つけることは不可能なはずなのだ。

 そして、琴乃葉の次の言葉に。

 俺は唖然とした。


「私たちの出会いは仕組まれてたのよ。シルバーさんにね」


「は?」


「私が警衛に編入した理由は、『執行者』を探すためだったの。何故、そんなことをしたかと言えばーーー」


「数日前にそいつから連絡が来てな。もしかして執行者が誰なのか知ってるんじゃねぇかって」


 琴乃葉を遮り口を開いたのは店長さんだった。


「なんでバレたんだ、慎重を期す店長さんがそんな大ポカやらかすとは思えないが?」


 俺の問いに店長さんは、胸ポケットから赤マルたばこを取り出し口に加えた。


「ばーか、逆転の発想だ。バレるようにしてたんだよ、この紅髪にな。方法は簡単だ、犬塚に頼んで警察の隠蔽されたリストを横流しさせて、そこから執行対象を選ぶだけだ」


 火を付けながらそう話す店長さんは、後悔などまるで無いようだ。


「俺が聞きたいのは、どうやってじゃない。何故したのかを聞きたいんだ」


「その話はちょっと待て。今はその紅髪の話からだ。そんで、予定通り紅髪は俺に連絡をしてきた。だから俺は言ったんだ。『執行者』は名古屋の警衛高校にいるってな」


「ん?、待てよ。浅瀬光希だと伝えてないのか?」


「伝えたらつまんねぇだろ」


 店長さんのつまらん基準はよく分からんが、それだと俺にちょっかいをかけてきたことに説明がつかない。

 つまり琴乃葉は編入してきた時点では、『執行者』の存在は把握していても、それが誰であるかは知らなかったってことになる。


「何故俺だと分かった」


 顔に執行者と書いてある訳でも無し、警衛の全校生徒は凡そ千人を超える。

 そこから一発で俺だと見抜くのは不可能だと思うが。


「私の能力を覚えているわよね」


「ああ、業火煉獄クリムゾン。禊の炎って言ってたよなーーーまさか」


 俺は『煉獄』の意味を思い出し、気づいてしまった。


「えぇ、そうよ。私は『見た対象』がどの程度の罪を犯してきたのか見えるの。検挙科アレストのクラスに入った瞬間。貴方だと分かったわ。周りと比較するのも、バカバカしい程の黒い焔が見えたもの」


 なんだ、その犯罪者キラーな能力は。

 どれだけ証拠を消そうが、過去の事件だろうが彼女が『見る』だけで罪状など分からなくとも『犯罪』を犯したという事実に気づけてしまうのだ。

 これがーーー黒星。幻の階級と呼ばれるS級ライセンスの本当の力。


「てな訳だ。そっからは、俺も詳しい話は聞いてないから知らんが、今こうやって話しているのを見るに多少なり仲良くなってたんだろ」


 そう仕切り直す店長さんにジト目を送るがスルーされた。


「編入した私は貴方の為人ひととなりを見極めることにしたの。さぁ、どんな悪人?と思えば喫茶店では人助け。多少ぶっきらぼうだけど、雪名や輝夜からの信頼も厚い。の割に隙は全く無いし、おまけにデリカシーも無い。業火煉獄クリムゾンが無ければ、貴方だけは違うと判断していた筈よ」


「褒められてるのか?」


「好きなように受け取ってちょうだい」


 そう言い返す琴乃葉は、多少なり頬を緩ませ笑みを作っていた。


「んで、こっからが話の肝だ」


 いつの間にか会話に混ざり始めた店長さんに視線を向ける。黙っているのを苦痛に感じるタイプなのだろう。

 そんな考えをしながら店長さんを見ると。


「ッ!」


 ーーー俺は背筋を伸ばしていた。

 場を支配するような緊張感。

 圧倒的なプレッシャーによって、背筋が『凍って』しまったのだ。

 チラり横を見れば、琴乃葉も同じように固まっていた。

 黒星をひと睨みで掌握するなんて、やはり第一級犯罪特別捜査班FCIという組織は怪物育成場なんじゃないか。

 その横で呑気に大あくびしている犬塚が羨ましい。


「さっきも言った通り、お前らを引き合わせたのには理由がある。光希、『組織』っていうのが何か。今まで話してなかったよな」


 店長さんの言葉に俺は一つ頷く。


「アラスカで俺を誘った時、店長さんが言ったんだろ?『組織』その名前だけで十分だ。それ以上お前が知る必要はない。命じられるまま、執行対象を殺せーーーてな」


 店長さんと出会ったあの地での会話を思い出す。師匠が亡くなり、全てがどうでも良くなっていた俺の元に現れた銀の悪魔シルバーデビル

 新たに生きる理由をくれた恩人。

 彼の言葉を俺はほぼ無条件で飲んだのだ。


「あーそうだな。正直言って俺はこの話をするつもりは無かった。『組織』の扱いは禁秘ベストシークレットだが、どうにも不味い状況になっててな」


「いったい、何がそんなに不味いんだ」


 普段焦燥を滅多に見せない店長さんの顔が、やけに険しくなっている。


「まず組織は警察の秘部組織だ」


「それを俺が今まで気づいていなかったとでも思ってるのか?」


 確信は無かったが察しはしていた。

 小さな組織の筈なのに、リアルタイムに入ってくる情報。綺麗に纏め上げられた対象の素性など。

 そして理念から相反する公安警察の犬塚の存在が、それを決定付けていた。

 きっと、警察内部、いや。もっと上まで『組織』の存在を知らなかった筈だ。

 じゃ無ければ、大概の権限を持っている第一級犯罪特別捜査班FCIの琴乃葉が気付かない訳無いのだから。


「因みに所属は内閣だ」


 俺は又もや唖然とした。

 流石に警察長を飛び越えて、内閣ってのは予想外もいいところだ。


「おいおい、国家の機密事項じゃ無いか。それを言わなきゃいけない程の厄介ごとなのか?」


 そんな俺のから笑い気味の疑問に答えたのは、紅瞳ルビーアイの少女だった。


第一級犯罪特別捜査班FCIが解滅したの」


 一瞬の沈黙。

 俺がその言葉を理解するのに数秒を必要とした。


「まさかーーー殺されたのか?」


「いいえ。分からない。一ヶ月前から、私以外のメンバー全員が音信不通の行方知れずになっているの」


 第一級犯罪特別捜査班FCIが解滅。

 その情報はこの国を脅かす爆弾になりかねない。

 異能力犯罪が右上がりで急増している今の日本を、なんとか押し止められているのは第一級犯罪特別捜査班FCIの存在が大きな防波堤代わりになっているからなのだ。

 もし、それが決壊したとなれば日本国内は能力を持った犯罪者達によって崩壊させられる危険性が現在の数十倍まで膨れ上がるだろう。

 それ程までに第一級犯罪特別捜査班FCIに睨まれるというのは犯罪者にとっての死刑宣告となんら変わらないのだ。

 勿論、国も警衛高校を創立したりと能力犯罪抑制のため対策手段は打っている。

 だが、それが形になるのはどれだけ早くても、五年以上の歳月が掛かってしまうだろう。


「全員がバカンス休暇を取ってる訳じゃ無いよな」


「生憎と私達は呼び出されない限り、いつも休暇みたいな物よ。私は貴方を探すために寝る間を惜しんでいたけどね」


 案外暇そうな第一級犯罪特別捜査班FCIの休日情報など正直どうでもいい。

 だがそれと『組織』になんの関係が。

 そう考えていた時、昨日の琴乃葉の台詞を思い出し、俺は目を見開いた。


「待て。何故、今このタイミングでこんな話を俺にする。ーーーまさか、昨日言ってた俺をパーティに入れようとしてた理由ってのは!」


 その瞬間。

 琴乃葉と店長さん。おまけに犬塚までがにやりと笑った。


「光希。お前に新たな任務を与える。琴乃葉エイルとパーティを組み、第一級犯罪特別捜査班FCIのメンバーを捜索。死んでる場合は構わんが、生存を確認できた場合。死んでも逮捕しろ。これは内閣総理大臣直々の指名依頼だ。拒否権は無い」


 そんな死刑宣告にも似た命令が下ったのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る