山のあなたは耳遠く
山口遊子
第1話 山のあなたは耳遠く
ここは山がちなこの地方でも特に山奥で、冬の間、雪のため道路が不通になることもしばしば。その
雪深い地方なためか、屋根は上に尖って
「山田さん、テレビあるんでしょ? 困るんですよ、受信料ちゃんと払ってくれなくちゃ」
下の方でこの家の主人、山田さんに受信料を支払うよう要求しているのは、ふもとの町を拠点に受信料の徴収を請け負っている堀口明日香。なんで公共放送の集金人の名前を、しかも下の名前まで知ってるかというと、彼女は小学校、中学校、と俺の同級だったからだ。もちろん同い年なので今年で30のはずだ。
「え? 何だって? もう一度言ってくれ、歳を食っちまって、よく聞こえんのじゃー」
「だから、テ・レ・ビ。持ってるんでしょ?」
「うちには、アケビはおいちょらんよ。アケビはうまいから
「アケビは持って来てません」
「なんじゃー。期待した儂がバカを見たんか」
「アケビじゃなくてテ・レ・ビ。テ・レ・ビ!」
「テレビ? はーて何のことじゃったかのう?」
「テレビですよ。テレビ!」
「テレビ? 今度始まった朝ドラつまらんのう」
「やっぱりテレビあるんじゃない」
「ここは、山があって、ほとんどテレビが映らんのに、銭を払わにゃならんのか?」
「だって、今、パラボラ付けてるじゃない。そしたら映るようになるでしょ! 映んないのに払いたくないのはわかるけど、もう映るんだから支払ってくれなきゃ。日本国民の義務なの。国民の義務!」
「ええ? 何? よう聞こえんの」
「だ・か・ら、日本国民の義務!」
「日本国民の義務なら、わしはもう払っとるはずじゃ。なぜなら、わしは生まれた時から日本国民じゃからな。尋常小学校の頃が懐かしいのー」
「山田さん。いつ来ても受信料を払ってくれてないですよね?」
「何を言うちょる。お前さんもよーく勉強した方がええぞ。
まーず『日本国民なら金を払う』という命題が真とすると、その対偶『金を払わないなら日本国民でない』は常に真なのじゃ。つまーり、お前さんは、わしが金を払っとらんというのはわしが非国民だと決めつけちょることになるんじゃ」
いきなり山田さんが難しそうな話を始めた。
「そんなこと言ってないでしょう」
「ならば、わしは生まれた時から日本国民なんじゃから、受信料を支払ろうちょるはずじゃ」
「もう、いいわ。そういえば山田さん、今何歳なの?」
「儂か? 個人情報じゃが教えてやるわ。わしの歳はいくつと思う?」
「別に興味ないからもういいです」
「なんじゃい、聞いてきたのはおまえさんの方じゃったのに。特別に教えちゃる。儂はいま70じゃ」
「いま70歳で尋常小学校知ってるの?」
「いまNHKの夜8時からのドラマでやっちょるじゃろ。お前さんも見ちょった方がええぞ」
「もう。また来るから。今度はちゃんと払ってくださいよ」
乗って来たスクーターにまたがり、山田さんちを後にする堀口明日香。
あいつは昔から口ゲンカ弱かったもんなー。
俺は屋根の上から、下の山田さんに向かい、
「山田さーん、取り付け作業は終わりました。方向調整をしますから、テレビ点けて見ててもらえます?」
「りょうかーい。いまうちの中に入るから、ちょっと待ってくれるかな。
……」
『テレビ、点けたー』
「聞こえますかー、ちょっと動かします。どうですか?」
『よー聞こえるよ。前より良くなったー』
「もう少し動かしますよー。……、ここはどうですー?」
『さっきの方がいいみたいだよ』
山田さんの耳もよくなったようで何より。
「それじゃあアンテナ代と設置料で○○円です。お願いします」
「ご苦労さん」
「ところで、山田さんはどちらのご出身なんですか?」
「僕は生粋の江戸っ子だよ。田舎の生活にあこがれて、3年前、この家を買ってリハウスしたのさ。ハハハ。
領収書のあて先は山田圭一にしてくれるかい。
圭一の圭の字は土が上下に並ぶ圭の字だから」
「分かりました。」
山田さんが取り出した分厚い財布の中にはぎっちり諭吉さまが入っていた。その中から差し出されたお札を受け取った俺は、お釣りと領収書を渡し渡して乗ってきた軽トラでふもとの町に戻った。
『山のあなたは耳遠く、支払い済むといつも言う』 作:山口遊子
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難視聴地域における受信料制度や、難視聴地域対策については創作なので、信じないでください。
皆様の、公共放送。みんなで見守り、義務は義務として受信料は支払いましょう。受信料の支払いには振り込みが便利です。
文中、日本国民ならば受信料を支払う義務があると言ってますが、実際は日本国内に居住してテレビ受像機を持っていれば受信料を支払う義務がある。らしいです。
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[あとがき]
いまのところ、次話の予定はありません。
山のあなたは耳遠く 山口遊子 @wahaha7
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