赤ずきんのオオカミ、病院へ行く

lachs ヤケザケ

赤ずきんのオオカミ、病院へ行く

 赤ずきんのオオカミ、病院へ行く


 あるところに赤ずきんとママがいました。

 ある日、ママは街にパパ狩りに、赤ずきんはおばあさんのところに行くことになりました。というのも、パパが単身赴任中に浮気をしていたことがバレたからです。

 それは、おいといて、赤ずきんはおばあさんへのお土産のパイを持って……なんだったっけ?

 その、あの、オオカミが来て「おじょうさん」だったか、どうなのか。

 かくかくしかじか、かくかくうまうま、かくかく馬鹿馬鹿で、赤ずきんとおばあさんはオオカミに丸呑みされてしまいました。

 この話はそこから始まります。



 オオカミは風船のようにふくれたお腹をさすりながら、ため息をついた。ふくれているのはお腹だけで、四肢は棒のように細い。


「一番にオオカミさんお入りください」


 オオカミは腹を抱えながら、一番の診療室へ入った。柔和そうな顔の老医者がつらそうなオオカミを見て、ベッドに横たわるように勧めた。老医者はオオカミの大きなお腹をさする。


「おやおや、これはおめでたですねぇ」

「いえ、俺はオスです」

 憮然とオオカミは答えた。


「これは食べ過ぎでお腹が大きくなってしまったのですよ。お医者さん、どうにかなりませんか?食べても食べても、お腹が膨らむだけで他の体は痩せていくんです。しかも、お腹がすくのです」


 こうなるなら、二人も食べるんじゃなかったとオオカミは後悔した。だいたい、赤ずきんとおばあさんを食べた日から、異常が続いているのである。


「ふうむ。まぁ、中の様子を見てみましょう」

「え、中の様子ですか」

 オオカミは焦った。中の様子など探られてしまっては、自分が人間を二人も食べたことがわかってしまう。人間の医者のところへ来てしまったのは、やはりまずかったか。


「あ、あの、その。俺はオオカミだし、レントゲンとかそういうのはちょっと……」

「ああ、大丈夫ですよ。オオカミさん。もうCTスキャンしております」

「いつの間に!?」

 ベットから飛び上がってオオカミは叫んだ。


「駄目ですよ、急に動いては。中の赤ちゃんに係わります」

「いやだから、オスだって。でCTスキャンはどこで?」

「入った途端にCTスキャンというのがうちの医院の売りです」

「はぁ……」

「インパクトがないようですね。それでは――、入った途端に」


「C!」

 と医者はいきなりエビぞりになり、Cの形をとる。

「T!」

 同じく、両腕を広げてTの形をとった。

「スキャン!!」

 これにポーズはない。

「どうでしょう?」

 ふうふうと腰をさすりながら老医者は席に戻った。どうでもいいが、白髪ばかりの老人がしていいことではない。


「大丈夫ですか、腰?Cが辛かったようですが」

 オオカミもあっけにとられてそうもらす。

「大丈夫です。SCANはまだ練習中でして、Sがどうしても、数字2の裏返しになってしまうのですよ」

「はぁ。でも、そこまでこだわるなら、さっきのTは頭があるから小文字のtになりますよね」

「ハッ!なんということだ、ということはこうか!!」

 老医者は慌てて立ち上がり、両腕を伸ばして胸を限界まで反らす――


「ごめんなさい。よけいなことをいいました。やめてください」

 オオカミはぷるぷる震える老医者にひやひやしながら言った。

「そうですね。今回はここまでにしておきましょう。で、CTスキャンですが、気づきませんでした?ここの医院の入り口がCTスキャンになっているのですよ」

「え。あれがですか。入る時にどうしようかと迷ったんですけど。その入り口がローマの真実の口そのものだったもので」

 オオカミは思い出した。その真実の口からベロが出てきて、乗れと指示があったことを。

「良いでしょう。趣味なんですよ」

「はぁ」

 それでいいのだろうか。人間の医者のところに来たこと以上に、ここの医者に来たことをオオカミは後悔し始めていた。


「CTスキャンの画像ですが、面白いことになってますよ」


 老医者の言葉に、ふいにオオカミは人を食ったことを思い出した。老医者のCTスキャンはインパクトがありすぎたのだ。バレる前に逃げなければ、とベットから出ようとするオオカミ、それを押さえつけながら医者はパソコン上に画像を出した。


「ほら、見てください。新しい命が宿っているのですよ。しかも二つも。そう嫌がらないでください。生まれるその日が楽しみですねぇ」


 CTスキャンの画像は明らかに、赤ずきんとおばあさんである。


「いや、新しい命どころか、生まれた瞬間にババアが一人いるけど」

 ぽつりともらしたオオカミの呟きが、次の瞬間呻きに変わった。

「ごふ、どげふ、おふ!!」

「おやおや、腹を蹴ってますね。かわいいですねぇ」

「そんなかわいいもんじゃねぇ、ごえふっ!げええふっ!」

 息も絶え絶えにオオカミはベッドの上をのた打ち回った。


お腹の中の住人が蹴るのに飽きた頃には、もうオオカミに逃げる体力も意欲も残ってはいなかった。

「こんな調子で苦しいです」

「う~ん、いけませんね。胎児が元気なのはいいのですが、母体が体力ないようでは」

「いや、あのオスです。三回目です」


「ちゃんと栄養はとってますか?」

 オスだという主張はガン無視である。オオカミはもういいやとため息をついた。

「食べ物はたくさん食べてますよ」

「ん~、まだ足りないようですねぇ。ちゃんと栄養はたっぷりとらないといけませんよ。栄養は赤ちゃんに優先的に行っているので。今日の朝はリンゴを食べたでしょう?」

「ええ、まぁ」

「こちらの画像を見てください。胎児がリンゴを食べてます」

「あいつら何やってんだー!!」

 赤ずきんとおばあさんがリンゴを食べている。そして、よくよく見るとオオカミが食った当初より太っていた。重たいわけである。

 オオカミはようやくすべてを理解した。自分が食べても食べてもお腹以外は痩せていくのは、こいつらが全部食っていた所為だと。


 涙ながらに、オオカミは医者に縋り付いた。

「お医者さん。ごめんなさい。もう人は食べないと約束します。俺のお腹から二人を出してください。俺が死んじゃいます」

「そうですか、決心しましたか、帝王切開を!!」

「いえ、ちがいます。出してくれるなら、もうそれでもいいです」

 もうどうにでもなれ、とオオカミは思った。

「わかりました。さっそく切りましょう」

 老医者は大きなハサミを取り出した。

 もうどうにでもなれ取り消し、とオオカミは思った。

「まさかそれで切らないよね。麻酔するよね。あと、石を詰め込んだりしないよね」

「大丈夫、大丈夫」

 この日最上の笑みで老医者は答えた。


 後日、その医院から人とも思えぬ悲痛な叫び声が上がったと苦情が殺到した。



 赤ずきんとおばあさんはオオカミの腹から、元気よく出てきました。オオカミは二日後に無事に退院しました。

 それから数日後には、パパ狩りに成功したママが帰ってきて、みんなで一緒に楽しく暮らしましたとさ。めでたし。めでたし。

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