君のいない世界で僕は息をする

茜色の詩

第1話


君のいない世界。



それは神の悪戯か天罰か












「次の小説は君を題材にしてもいい?」




キッチンで食器を拭いてる彼女に問いかけた。




「えー…私?恥ずかしいなぁ、」




優しく、花が芽吹く様に君が微笑む。




「最愛の彼女が世界から居なくなる話。その恋人たちのモデルを僕達にしようかなって」




「うわぁぁ…私消えちゃうんだ、かなしぃ~」




「別に君は消えないよ、君をモデルにするだけ」




「ふふっ、わかってるよもぅ!!」



狭い部屋に響く笑い声。肌を撫でる暖かい風。どれもが僕達の平和を祝福してるみたいで




こんな平和が続くと思っていた。















数ヶ月ぶりのデート。


同棲してるのにデートはどうしても現地集合がいいなんて君が言うから先に家を出た。



待ち合わせ場所で待ってる姿を見るのが好きらしくどうしてもこれだけは譲れないらしい。



9時15分



約束は9時30分。15分も早くついた。

日差しが強くなってきた。こんな中外で待ってるのもなんだから近場にあるカフェをみつけ入る。



君が好きそうな雰囲気だな、なんて思いながらカフェラテを頼む。



1度彼女にカフェラテを勧めたが甘くない!!!と怒られたことがあった。

それ以来僕が飲むものを勧めても飲んでくれなくなったなぁなんて思い出しては胸が擽ったくなる。




注文したカフェラテを啜りながら本を開く。




『赤毛のアン』






昨日君に読んで欲しいと渡された。読書が嫌いな君に僕が贈った本。読み切った後にすごくいい笑顔で面白かったと言われたのを昨日のように思い出す。そんな大事な本を丁寧に捲っていく。まるで君に触れるかのように。






そろそろ頃合だろうか、時計を一瞥する。



9時40分




しまった。10分過ぎている。


急いで残りのカフェラテを喉に流す。

すぐさま会計を済ませ店をとび出た。



折角君が待ち合せ姿を楽しみにしてたのにこれじゃあ逆になるじゃないか。




いつもの銅像の前に来たが彼女の姿が見えない。

…遅刻だろうか。いやそれは無い、彼女が遅刻をするなんて滅多にないしする時は必ず連絡をくれる。



アプリの不具合で通知が届いてないのかもしれない。

君とのトーク画面を開くがなんのメッセージも送られてきていない。



いや、もう少しだけ待ってみよう。何か考えがあるのかもしれない…





だがしかし、人は待つという行為に慣れなていないからか、数分でさえ苦痛に感じてしまう。


何度も時計を確認するが長針は一向に進まない。




…いや考えてみろ。何を不安に思ってるんだ。彼女が突拍子もない行動をするのは珍しいことじゃない。それに家からここまでの道危険な場所だってなかった。



遅くなるのにはなにか理由があるだけで、僕は過保護になりすぎなんじゃないだろうか、、



彼女から着いたと連絡が来るまで少しぶらぶらしよう。

この嫌な感覚を払拭したくて足を進める。



近くにあった本屋に入ったり、ディスプレイ用品を眺めては君に似合いそうだ、なんて考えたり…

過ごそうと思えば時間はいくらでも過ごせた。





ただ頭から君のことが離れなかったけど。







本日二回目のカフェラテを飲む。

喉の乾きを潤すのに最適とは言えないが程よく苦いこの味が僕の心を落ち着かせてくれた。




もう半日が経った。なのに彼女はまだ姿を現さない。



刹那電話がかかってきた



発信者は君の母親の名前。


…電話?滅多にかけられてこない電話に戸惑いながらもスマホを耳に押し当てる。






「あ、もしもし、、、」











来て欲しいと言われた場所は市内でも1番大きい病院。理由がわからなかった。なぜ急に呼ばれたのか、




脳の奥底で最悪な事態を想像した自分が許せなくて必死に違うと言い聞かせる。




だって彼女はあんなにも元気だったじゃないか。

何も無い。あるわけが無い。






指定された病室の戸を開ける。





ベッドに横たわる君の姿。

いくつもの管がつけられている。今朝の明るい笑顔など微塵もない。




「…え、」





「あぁ、来てくれたのね」



目元を腫らして涙声のお義母さん。理解ができない。いや、したくなかった。




「これ、、どういう、、事ですか?」




「あの子、頑固よね、病気のことを話してないなんて、」




病気?そんなの1度も聞いたことない。



「昔から…心臓が弱かったのよ、」




「…そんなの、初めて聞きました」




「今日、デートの日だったんですってね、あの子から昨日メールが送られてきたのよ。久しぶりのデートだからおめかししなくちゃって、」




「…そう、なんですか」




「でも、急に発作が起きたみたいで…誰もいない道で倒れてたらしいの。それを……ランニングしてた方が見つけてくれたらしくて……もっと早く見つかってたら、、、助かったかもしれないのにって……」




「そん…な」





「もっと…あの子と出かければよかった、こんな事になるなら、、やりたいこと全部やらせてあげればよかった…不甲斐ない母親で…ごめんなさい…」




「…」




なんて声をかけたらいいのか分からなかった。

ただ頭に霞がかかったかのようにぼんやりしていて



頬に鈍い痛みが走った。

足がよろける。頬を、叩かれたのだ。



「君が…君がいながらなぜ娘がこんな目にあった…!」



「何故そばにいてやらんのだ。傍に、居てくれれば死ななかったのかもしれないのに…見損なった」




「…何も、そんなに言う必要ないでしょ」



口の中に血の味が広がってきた。

その通りだ。僕が、僕が先に家を出なければ…君の異変に気づいていれば、全部、僕のせいだ。






気づいたら朝を迎えていた。昨日あれからどうやって家に戻ってきたかは覚えてない。ただ、枕が湿っていたからきっと泣いていたのだろう。




隣にない君の温もり。キッチンから香る朝食の匂い。何も無い。



心に大きく穴が空いた気分だ。




喪失感?虚無感?どれも当てはまるようで違う気がする。この物足りなさは何にも変えられない。





重い足をベッドから下ろしてキッチンに向かう。



慣れない手つきで料理を始める。君が作ってくれたご飯を教えてくれた手順を思い出しながら、、、




「…しょっぱいや、」




1人の食事。いつもとは違うしょっぱさに顔を顰める。




食器洗い、選択、掃除、昼食の準備、おやつ、



どの時間にも君がいて笑いあってたんだ。

思い出して零れ落ちた。心がひとつ、ふたつみっつと零れ落ちてくる。とめどなく溢れる。









あれから数ヶ月が経った。


時間が経てば悲しみは薄れるなど言うがそんなことあるわけがなく今も尚君のいない世界で君を探し続ける日々。



突如鳴り響く電子音

静寂を切り裂く音に肩を震わせながら耳に押し当てた。




『彼女さんのお話、聞きました。心中お察しします。…それで、こんな中聞くのもどうかと思うのですが一応仕事なので、原稿の方どうですか……?』





担当編集者からの電話。

今の今まで忘れていた。いつも彼女の方から進捗状況を聞いてくるからその時間が好きで自然とパソコンに向かっていたが、今は違う。何もしたくない。書きたくない。



そんな衝動に駆られながら虚ろな瞳でパソコンと向き合う。



書きかけの小説。



『僕の世界から君が崩れ落ちた』




あの日君と話した「最愛の彼女が世界から居なくなってしまう物語」…本当に、本当に居なくなってしまったじゃないか。なんでだよ、なんで…







真っ暗な画面に映る写真立て。

京都旅行に行った時の写真だ、幸せそうな君の笑顔が胸を締付ける。


しばらく触っていなかったからか埃が少しついている。落とそうと思い持ち上げた時1枚の便箋が床へ舞った。




「…手紙?」




大好きな彼氏様へ





丸っこい文字。間違いなく君の文字だ。

急いで、でも破れないように慎重に封を開ける。




大好きな彼氏様へ



私がお星様になってからどのくらい経ったかな?

君のことだからすぐ見つけてくれたかな?



えっと、まずはごめんね。


勝手に死んじゃって、まだ小説のモデルになってないのに…


笑もっと、早くに言えばよかったかな。


でも君との今を失いたくなかったの。


私が病気だって言ったら君はきっと過保護になるし


優しい君は悲しそうな顔するでしょ?


そんな顔はさせたくなかったから…見たくないから


だから黙ってました。本当にごめんなさい。


最初で最後の我儘ってことで許してくれると嬉しいなあ笑


ねぇ、ちゃんとご飯食べてる?


君の料理の腕は壊滅的だったからなぁ…笑笑


なんでもいいから必ず食べてね。栄養失調で倒れたりしたら


許さないから!!


あと、小説最後まで書ききってよね。私が死んだのは


私が負けちゃっただけで、君は関係ないんだから。


私は君の小説が好きなの。いや、小説は嫌いだけど


君が話して聞かせてくれる物語が大好きなの。


だから最後まで書いて、それで私に教えてよ。


幸せになってください。



世界一幸せものだった私より




最後の方は視界がぼやけて文字を潰していってしまった。


何が幸せになってください、だ。


君のいない世界で、君を抱きしめられない日々で幸せになれるわけないだろう。永遠に君を愛すって約束したじゃないか。

馬鹿な事を言わないでくれ。




「…会いたい。会いたいよ。まだ、約束果たせてないじゃんか。ハワイに新婚旅行行きたいって、ペットは犬を飼うって、庭のある家で子供は3人。バーベキューしながらみんなで笑うって、全部…これから叶えるって約束したのに…ずるいよ、自分勝手すぎる…許すわけないだろ、バカ。ずっと、ずっと、許してやらない…」



声が震え、嗚咽が漏れてくる。声にならない叫び声が部屋の中に溢れる。












「お義父さん、お義母さん、今日はお墓参りについて来て下さりありがとうございます」




今君がこの状況を見たら笑うかな、

無愛想なお義父さんと幸せそうに笑うお義母さん、そして真ん中にいる僕。不思議な組み合わせでしょ?僕も心底そう思う。




「…もう、自由になってもいいのよ」



「いえ、僕は彼女のことを生涯愛すって約束しましたから」



「…くだらん。だが、その思いは認めてやる」



「ふふっ、本当に頑固なんですから」




そういえば最近気づいたんだけど君のよく笑う性格はお義母さん似で少し頑固なところはお義父さん似なんだね。



あと、物語の話。先週完成したんだよ。

少し物語は変えた。

せめて小説の中では僕達幸せになるべきだからね、君は死なないんだ。


え?それじゃ彼女はどうなるのか?



そこは僕の腕の見せどころだよ。


彼女は死なない。けどね、記憶を全て失ってしまうんだ。だから僕の世界から君は消えてしまう。でも最後は思い出してまた結ばれる。


ちょっと大雑把に説明しすぎたかな、、、?まぁ君相手だしこれぐらいでいいか。


陳腐な内容かもしれないけどそれでもこの物語の結末は不幸にしたくなかったんだ。


君を失ってから気づくことが沢山あったけど、1番大きかったのは



会いたいと願っても君に会えないこと、かな。




…そろそろ行かないと。お義父さんに怒られちゃうからね、





お線香の匂いに混じって一瞬君の匂いが鼻腔をくすぐった。

まるで私はここにいるよ、とアピールするかのように。








君のいない世界、僕は君のために生きる



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君のいない世界で僕は息をする 茜色の詩 @uta_1933

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