隣の席

雨世界

1 ……泣いてないよ。絶対に、泣いてない。(やっぱり、泣きながら)

 隣の席


 プロローグ


 ごめんね、本当に、ごめんなさい。(泣きながら) 


 本編


 私たちの、近くてずっと、遠い距離。


 ……私の隣の席(場所)には、いつも必ず君がいたね。 


 機嫌の悪い日


 ……泣いてないよ。……絶対に、私、泣いてない。(やっぱり、泣きながら)


 その日、佐々木えつこの機嫌は最悪だった。

 えつこは昨日、高校の同じ教室の隣の席に座っている、ずっと昔からの親友の遠藤さえこと、本当に久しぶりに本気の喧嘩をしたばかりだった。

 そのせいで、ずっとえつこの機嫌は悪かった。

 一晩経てば、気分も変わるだろうと思っていたのだけど、全然気分は変わらなかった。(むしろ、悪くなった。ずっとえつこの気持ちは、ずっとむかむかとしていた)


 ずっと、大人っぽい外見をした、クールな性格をしているえつこはそれでも、その自分のむかむかの気分をなるべく、自分の外側には出さないように気をつけていたのだけど、その努力は無駄だったようだ。

 周囲のみんなは、えつこがどうやら相当怒っているらしい、ということにみんながみんな、薄々気がついているようだった。


「おはよう。えっちゃん」

 そんなえつこが教室の窓際の自分の席に座って、むすっとしながら、本当に馬鹿みたいに晴れ渡っている、夏のもくもくとした白い雲と透き通るような青色の空を眺めていると、そんなさえこのとても明るい声が聞こえた。


 えつこは、そのさえこの声を最初無視しようとした。(そっちを振り返ってやるものかと思った)

 でも、さえこの声には、なんの戸惑いも、昨日はごめんね、といったようなこれから謝るよ、と言った感情の感じもなくて、本当に、普段通りの明るいさえこの声、そのままだったので、えつこは少し気になって、ふと(少し間をおいてだけど)さえこのほうを振り向いてしまった。


 するとそこにはいつもと変わらないさえこがいた。


 さえこはお気に入りの深い緑色をしたセーターを制服の上に着ていて、背中には黒の小さなリュックを背負っていた。

 髪は肩までちゃんと伸びていて、(私のように、突然、髪を切ったりはしていなかった)その顔はいつも通りのとても明るい笑顔だった。


「うん? どうしたの、えちゃん。なんで私の顔。ずっと見てるの?」

 えつこの隣の席に座って、朝の学校の準備をしながらさえこは言った。


「……別に」

 ぷいっと、私は今、怒っています。というメッセージを込めて、えつこは小さな声でそういうと、窓のほうに顔を向けた。


 でも、さえこはそんなえつこのメッセージに、(あるいは気持ちに)全然気がついていないようだった。(さえこは、本当に鈍感なのだ。あるいは、天然なのだ。全然人の気持ちを気にしたりしない、自分中心の性格をしているのが、ずっと子供っぽいままの雰囲気を残している、いつも明るい佐々木えつこのよく知っている遠藤さえこだった)


「そっか」

 そう言ってさえこはいつものように、授業を受ける準備を始めた。さえこは昨日の喧嘩のことは、一晩経ったから、もう大丈夫と思っているようだった。


 そんなさえこの様子を見て、えつこの機嫌はますます悪くなった。


「くしゅん!」と先生が朝の教室に入ってくるのと同時に、そんなえつこの隣の席で、さえこが大きな、大きなくしゃみをした。


 そのさえこのくしゃみを合図にするようにして、今日もいつものように、変わらない毎日の授業の時間が始まった。(ずっと機嫌の悪いままのえつこを別にして)

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

隣の席 雨世界 @amesekai

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ