あなたの墓標になりたい。

ロッキン神経痛

あなたの墓標になりたい。

 生まれつき身体が弱く16歳で死んでしまった私は、来世でも私を愛してくれた皆の近くに――つまりは日本の何の変哲も無いこの田舎町に――健康な身体で生まれ変わりたいと願いながらあの世に旅立った。けれど、何の手違いなのか神様のいたずらなのか、目が覚めたら異世界ファンタジーまんまの世界で魂を持った魔剣として第二の生を受けてしまっていた。

 日本どころか私の知る地球上でもない世界で、しかも前世の記憶を持ったまま転生した私は、この森の奥にあるらしい小さなエルフの村で、顔と手が岩みたいにゴツゴツした鍛冶屋のおじさんによって鋼の身体を作られ、ドラゴンの尻尾の革で柄を巻かれ、魂を形成する魔石をはめられることによって、おぎゃあと産声をあげずに(剣だからね)生まれた。そして、鍛冶屋の棚に5年もの間商品として陳列されるはめになる。5年も売れ残っていた理由は、単純に私が高かったから。魔剣はそう簡単に作れないものらしいのだ。

 でも毎日毎日薄暗い鍛治場でただじっとしているなんて、地獄以外の何ものでもなかった。

(もう、誰でもいいから私をここから連れ出して!)

 なーんて願っていたのが悪かったのか、その年の冬にエルフの村に悪党と言い現すほかないような悪党達が大勢でやってきて、村の住民全員を皆殺しにしてしまう。

 まともに風呂に入っていなさそうな大柄の男が、鍛冶屋のおじさんにとどめを刺す。それから私を見つけ、狂喜の雄叫びを上げた。しばらくして鍛治場に入って来たのは悪党達のボスだった。どうやら私はこの人の物になるらしい。

 まだ若いのに沢山の悪党を束ね上げる彼は、灰色の長髪の下に切れ長の目を覗かせるイケメンだった。黒い瞳の中に残忍さと崇高さを兼ね備えている私好みのイケメンだった。

 前世では病弱なせいで、例によって家に閉じこもり漫画を読むのが主な趣味だった私は、鍛冶屋のおじさんが死んでしまったことに対するショックも忘れて、このイケメンの持ち物になれることにほんのりとした喜びを感じていた。私の柄をぎゅっと握りしめ、ブンブンと豪快に振る彼の口元はほころんでいる。

「素晴らしい魔剣だ、このペドロの力になってくれるだろう」

 彼の名前を聞いた私は、ああこの人序盤で殺されそうだなと思った。誰にかは分からないし、何の序盤だよって聞かれても困るけど……だってペドロだよ? ペドロなんて名前の悪役が長生きするはずないもの。

 案の定ペドロは手下達を従えて、最寄りの町に行き、略奪品を換金した金で宿屋兼バーの営業形態を取る飲食店で飲み食いを始めてしまった。

(そんなことしてたら、来るよ! あいつが!)

 優しさから来る私の叫びは、ペドロには届かない。彼はグラスに注いだ赤ワインをくゆらせていた。ああもう! そうこうしている内に酔いの回った手下達がバーのウェイトレスや、たまたま居合わせてしまった冒険者にちょっかいを出し始める。

「俺たちと遊んでくれよ~、可愛い子ちゃ~ん!」

 ひと際身体の大きい手下がウェイトレスの手を掴んで無理やり体に手繰り寄せた。きゃあ! なんて悲鳴が聞こえると同時に、

「そこまでにしておけっ!」

 と爽やかな男子の声が聞こえた。あーあ、やっぱりね。

「なんだあ?」

 声の出どころを探る手下の視線は、バーカウンタの片隅に行きつく。そこには灰色のフードを被った冒険者の後ろ姿があった。なるほど既に中に居るパターンのやつか、と私は思った。手下の一人が乱暴にその冒険者の肩に手を置いて、

「おい、誰に口聞いてやがんだぐわああ!」

 その手を捻りあげられて悲鳴を上げた。見ればその冒険者は既にフードを脱いでバーカウンターの上に立っている。黒髪で邪なところがない精悍な顔つきをした彼は、手に立派な魔石のはまった剣を持っている。魔剣だ。

 どーもこんにちは。私は同類に心の中で会釈をした。

「オレは勇者アルフォンス、魔王を倒しこの世界を救う男だ。覚えとけ!」

 しん、と静まりかえったバーに、悪党達の嘲笑が響いた。

「お前みたいなガキが勇者だぁ・・・・・・?」

「アルフォンス、聞いたこともねえ間抜けな名前だぜ」

 あーあー、死亡フラグって言葉がこの世界にあったらなぁ……。私はため息を吐く。

「ふふ、我がペドロ黒龍団に対して、随分と強く出たもんだな」

 黒! 龍! 団!? 待って、この人たち黒龍団なの? 私はますます頭が痛くなるのを感じた。この人はどれだけダサさを極めるつもりなんだろうか。

「ダッセー名前だなぁ!」

 するとアルフォンスがそう言ってケラケラと笑い出す。決定的だ、と私は思った。率直さと天真爛漫さを兼ね備えた勇者だなんて、完全に主人公じゃん。同時にこの後の展開を想像して背筋がゾクっとする。

「くっ、威勢だけは一人前みたいだな……少し遊んでやれ」

 ペドロの指示に、手下達が勇ましい声を出して片っ端からアルォンスに飛びかかる。しかし、年端もいかない少年のはずのアルフォンスに、何故か大の大人が次々と倒されてしまうのだった。

「こ、こいつ強いですぜペドロ様!」

「下がっていろ、どうやら魔法の使い手のようだ」

 そう言ってペドロはワイングラスを地面に投げ捨てた。ああもう馬鹿、戦う前にそういう徳の下がることはするなって。

「お前、さっき自分を勇者と言ったな。魔法が使えるからといってそう大口を叩かない方が良いぞ」

 不敵かつ余裕な笑みを浮かべ、私を鞘から抜いたペドロ。でも私には彼の気持ちがダイレクトに伝わっていた。

「へへっ、そんなこと言われても、だって本当に勇者なんだもんなぁ」

 ペドロの緊張がどんどん高まっていく。

 ああ、薄々気付いているんだ。アルフォンスが本当に特別な人間かもしれないってことを。

 私は、この世界の勇者がどんな存在であるかは知らない。けれどペドロから流れてくる感情が教えてくれた。勇者とは元の世界の私みたい病弱な漫画オタクと身分が全く違う、眩しくて手の届かない存在であることを。

 ペドロの不安。それをかき消そうとする興奮。そして、横たわり動かない手下を思う優しさが同時に私に流れ込んでくる。

「ほざけっ!!」

 彼はその全てを虚勢で押し殺した。

 鞘から私を抜き、振り下ろす。すると小さな勇者は彼の魔剣で私を受け止めた。鋭い音と共に火花が散った。

 最初は優勢だった。年齢の分体格もこっちの方が大きいし、恐らく戦いの経験もこっちの方が上だ。

 勝てる、きっと勝てるはずだ、という祈りにも似た感情がペドロから伝わってくる。でも私には分かる。どんどん熱くなっているペドロに対して、アルフォンスはずっと冷静なままだった。

「くっ!!」

 何度目かの剣撃のあと、大きく距離を取ったペドロは右頬を抑えた。肉が一直線に斬られてぽたぽたと血が滴り落ちていく。案の定プライドの高い彼は激昂した。

 彼が右腕を自分の胸に当てて呪文のようなものを口走ると、

「……我が内に宿る風よ、今ここに顕現し力を授けたまえ!」

 突然何もないところから突風が吹き、アルフォンスをバーの扉ごと外へと吹き飛ばした。

「いててっ……なんだあ一体」

 街道に倒れているアルフォンスを追って、ペドロはバーから出た。広いところに出たということは、もうすぐ決着が着くということだ。私の直感がそう告げている。

 でも、でも……もしかしなくてもペドロの魔法は風の能力だ。それが私の心を痛めつける。だって、風の使い手で、しかも敵役で強い奴なんていたためしがないじゃない! 私は既に結末の見える戦いに涙を零した。

 そこで気付く、私はペドロに勝って欲しいと思っているんだ。この気持ちが、魔剣と所有者という関係性のせいなのか、それとも私自身の気持ちなのかは分からなかった。

「お前ごときに、この風の力を見せるはめになるとはな……」

「なあんだ、アンタも魔法使えるんだな」

 真っ白な歯を見せて、アルフォンスは笑う。

「ああ、お前よりも強力な魔法がな」

「へへっ、まだ俺の魔法も見てない癖によく言えるぜ」

「単純でチンケな肉体強化の魔法なら、もう見せてもらったぞ」

 ペドロは薄々気づいている。それなのに、こうあって欲しいという願いを口にしてしまった。ダメ、戦う前から負けちゃダメだよペドロ。

「あーれーはっ、勇者の力のオマケみたいなもんだって! オレの本当の力は……これさ」

 突然真剣な表情になったアルフォンスが魔剣を握り直した。明確な勝ちフラグだ。

 案の定、魔剣にはめられた魔石が光り出し、魔剣がその姿を変えていく。

「炎の……魔法!? 炎を操るのは伝説上の勇者だけのはずだ。しかも、なんだその剣の形は」

 アルフォンスの魔剣は、刀身が長くなった上大きな炎をまとっていた。

『我は魔剣トルタイツェン。誇り高き勇者の願いにのみ応える者だ』

 少し年配の声で、その魔剣はペドロの問いに答える。

「目覚めてくれてありがとな、トルタ。……さあいくぜ!」

 偉そうな魔剣とその使い手がこっちに走ってくる。アニメなら挿入歌が流れてきそうな場面だった。ペドロが放つ全力の風の魔法なんて、当たり前みたいに魔剣が纏う炎がかき消していく。やめて、こっちに、来ないで。

 けれど私の必死の声は、願いは、誰にも届かない。


「お前、結構強かったぜ。どうだ、オレの仲間にならねーか」

 ボロボロになって立ち上がることも出来ないペドロに、無傷のアルフォンスは無邪気に言う。

「……断る」

「そっか、仕方ねえなぁ」

 唇を尖らせてから、じゃあな、と彼は去っていった。

 結局ペドロは殺されず、彼の手下も命まで落とした人間はいないみたいだった。けれど、何より殺されずに済んで内心ホッとしている自分自身に、ペドロは深く傷いた。

 そして、彼はこの日をきっかけに変わった。

 わずかな側近だけを残して黒龍団を解散すると、アルフォンスの後を追う旅を始めたのだ。目的は復讐だと彼は周りに言う。それは事実だったけれど、その内心は複雑だった。憎悪と羨望が交互に顔を出し、彼自身も常に迷い続けていた。ちっぽけな悪人だった彼の心は、人生は、あの少年に囚われてしまったのだ。


「ええ、勇者のご一行なら前日に西の渓谷まで旅立ちましたよ」

「そうか、ありがとう。参考になった」

「失礼ですがあなた様は……?」

「私は……古い友人だ」

 うっすら雪が残る標高の高い山村で、ペドロがそう言って遠くを見つめた。長髪は後ろに結われ、口からは真っ白な息。その視線の先には、禍々しい形をした城が見える。既に私達は肉眼で魔王城を確認出来る距離にまで来ていた。

 勇者が魔王を倒すために旅立ってから、つまりペドロが勇者を追う旅を始めてから、五年もの月日が流れていた。

 五年間で、勇者の旅の過酷さを私達は知った。

 この世界で人間をおびやかす魔王には、やっぱりその配下の魔物が山ほど存在していた。彼らは魔王城に近づく程に体格も腕力も強く、中には魔法まで使う個体も現れた。

 旅の道中で人間の死体も嫌になるくらい見たし、深い森や沼地や極寒の大地を進む中で、仲間を看取ったことも一度や二度じゃない。

 旅の中で勇者一行に追いつくことも何度かあったけれど、その度にペドロは成長したアルフォンスに蹴散らされた。彼だってこの五年間で成長している。けれどアルフォンスのそれは桁が違ったのだ。会うたびに凛々しく、そして逞しい大人に成長していく姿を見る度に、ペドロの心は激しく揺れていた。

「まさかこんなところにまで来ることになるとは、すまないな二人とも」

「なあに、次追いついた時こそ奴の最期の時ですよ」

「ペドロ様になら、地の果てだって着いて参ります」

 その日の夜、久しぶりの屋根の下で側近達と共にペドロが暖炉に当たっていると、外から騒がしい物音が聞こえてきた。外に出てみると血まみれの男が一人、村人達に囲まれているのが見える。

「どうした、何があった」

 ペドロが駆け寄ってみればそこには、槍の使い手でアルフォンスの右腕だった男が居た。民家の壁に上半身を預けたまま、何かを訴えようと口角に血の泡を溜めたまま男は必死に声を絞り出す。

「魔王が直接、宿を襲って……ぐぐ……」

 頑丈な鉄の鎧は斜めに引き裂かれていて、ひと目見て助からない傷を負っていることが分かった。ペドロの激しい動揺が、私にも伝わった。

「ペドロ……頼む、ゆ、勇者様を、助けてくれ」

 それだけ伝えて事切れた男を前に、ペドロと側近達はただ黙っていた。勇者に復讐を遂げるための旅を続けていた彼らには、返す言葉がなかったのだ。……しかし、私達はすぐに村を出発し、夜の闇を駆けることになる。

 夜は魔物の時間だ。

 まして最短距離を進むために彼らの巣を横切ればどうなるかなんて自明だった。

「ペドロ様、これにておさらばです」

 戦いの中で側近の一人が致命傷を負った。彼の笑顔を後ろに先に進むと、すぐ背後に爆煙が上がる。あれはアルフォンスの寝込みを襲うために、苦労して用意したものだった。もう一人は目的の村にたどり着く直前、猛毒を持った魔物に噛まれてしまう。

「死んでも、お側におりますぞ」

 こうしてペドロは一人になってしまった。いや、私もいつだってあなたの側にいる。そう伝えたかったけれど、鍛冶屋で手に取られたあの日から今日まで、私は彼の側にあって彼の側にいない。

 勇者ではない彼は、魔剣の力を解放させることも、会話をすることも出来ないのだ。アルフォンスに初めて敗れたあの日から、何度試しても修行を重ねても、これだけは叶わなかった。

 仲間を全て失ってからも、ペドロは足を止めなかった。勇者一行が襲われたという村にたどり着くと、そこにアルフォンスを除く勇者一行の死体が転がっていた。わずかに生き残った村人に話を聞けば、勇者は先刻たった一人で魔王城に向かったのだという。するとペドロは休む間もなく、魔王城に向けて走り出した。

 絶対にそんな場所へ行ってはいけない。

 勇者のパーティが魔王城に行く前に壊滅するなんて、そんな展開私は見たことが無かった。でも、そこへ行けばあなたが絶対に殺されてしまうことは分かる。既に勇者だって殺されているかもしれない。これは漫画で得た知識なんかじゃない。状況から見てごく当たり前の想像だ。

 でも、私はペドロがもう止まらないことを知っている。彼から伝わる感情も私にそう告げている。そして同時に一緒に旅をしてきた私自身、ここで止まることはできないと思っている。

 ただ一心にアルフォンスを追ってきた私達の、それは共通の思いだ。今すぐ引き返して欲しいと願いながら、同時に絶対に止まるなとも願う。どっちつかずのまま走れば良いんだ。だってこれは誰かの創作物なんかじゃない。あなたの、いえ私達の現実なのだから。

「へへっ……遅かったじゃねえか」

 拍子抜けする程簡単にたどり着いた、魔王城の最奥。数多の魔物達の骸の先で勇者アルフォンスは魔王の首を抱えてあぐらをかいていた。

 彼の側には、首の断面を覗かせた魔王の骸があった。なんということだ。彼は一人で成し遂げたというのか。

「お前、勝ったのか!」

「ああ、そのとおりさ。だからお前を待ってたんだ、ペドロ」

 その言葉の意味を私が理解するより先に、ペドロから溢れる悲しみの感情が伝わってくる。

 魔王の首を地面に置いて立ち上がったアルフォンス。その胴体にはぽっかりと穴が空いていた。

「安心してくれ、痛みは全く感じないんだ」

 初めて会った時と変わらない幼さの残る顔で笑うアルフォンス。

「ふん、そんな状態で生きている奴は見たことがないぞ。魔王の呪いか」

「ああ、相討ちのつもりが、最後の最後で食らっちまったらしい。もし俺が口から真っ黒な球を出したらぜってー避けろよ。お前もきっと、魔王になっちまうからさ」

 そう言ってアルフォンスは魔剣トルタイツェンを抜いた。鞘から抜いた時から、既にその刀身に炎の魔法を纏っている。力の制御が出来ていないのだ。

 魔王の呪いとは、永劫続く闘争の呪いだと旅の途中で聞いたことがあった。こうして会話をしている間も、本当はペドロに斬りかかりたいという欲求を抑えていたに違いない。

『我が主人は既に闇の者に堕ちた。友よ、健闘を祈る』

「へへっ……いくぜペドロ」

 身体に大穴を開けているとは思えないスピードで斬りかかってくるアルフォンスに、一度も勝ったことのないペドロは立ち向かった。

 私は自身の体が折れたと確信するような衝撃を何度も受けながら思う。私達は幸せ者だと。

 決して主人公にはなれなかったかもしれない。けれど、今日まで必死に生きていくことができた。明日はきっと何者かになれると、信じて生きていくことができたのだ。それはペドロも同じ気持ちだった。彼から流れてくる感情は、殺し合いをしているとは思えない爽やかな喜びに溢れていた。

 そして身体中いたるところを炎で焼かれ、傷付いていない場所がない程に傷付いても尚、ペドロは立っていた。魔剣わたしを構えていた。

 一方のアルフォンスは、顔から笑顔が消え、代わりに憎悪に満ちた表情でこちらを睨み付けていた。いつの間にか胸の傷も塞がり、肌色は青く目は山羊のように冷たかった。

『もはや我が主人は自我すら無くしたようだ』

 無念そうに呟くトルタ。やっとの思いで起立しているペドロの前で、アルフォンスは魔剣を大きく振り上げた。

『我が炎の力を最大限に使うつもりだ、用心しろ』

 けれど、用心のしようなどないことは明らかだった。この密室の中で逃げる場所など限られている。するとペドロは少し笑って構えを解くと、何故か私を顔の前に掲げた。

「今まで、ありがとう。お前と一緒に戦うことが出来て良かった」

 ……なんで、そんなことを言うの。

 こんな場面でそんな優しく微笑んだら、あなたは死んじゃうんだよ。そんなことも知らないの。全然戦いの才能がないのに、死亡フラグを立てるのだけは天才的なんだから。だから、

 完全に我を失ったアルフォンスが魔剣を振り下ろす。巨大なオレンジ色の火球が、こちらに向かって飛んでくるのが見えた。だから、

『最期まで格好悪くあがいてみなさいよ!!!』

 声が出た。

「お前、女だったのか!?」

『馬鹿! そんなこと言ってる場合!?』

 ペドロが慌てて構え直すと、私の刀身は細幅の真っ白なものに変化し、可視化された風の渦がそれを包んだ。

 質量を持った突風が火球を迎え入れ、抱きしめ、そして打ち消す。

 そのまま返す刀で斬りつけたアルフォンスは、確かに笑っていたように思う。

 魔王の呪いとやらを吐き出すこともなく、彼は眠るように旅立った。その骸を抱いたペドロの泣き声を、私は忘れることが出来ない。


 こうして、この世界は救われた。

 勇者が一度は魔王になりかけたという事実は、私達で相談して伏せることにした。つまり、彼は魔王と相討ちになってそのまま死んだことになった。

 魔剣トルタイツェンは、”次の勇者”のために元ある場所へと戻っていった。もしかすると、一部の人間はこの魔王が連鎖する仕組みに気づいていたのかもしれない。けれど、今となってはどうでも良いことだった。少なくとも、私とペドロにとっては。


「なあ、サクラコ。本当にトルタイツェンとじゃなく、俺と一緒に旅を続けていいのか。魔剣にだって自分の望みはあるだろう」

『馬鹿言わないで。あなたの死亡フラグを他の誰が折れるっていうのよ』

「その死亡なんとかっていうのは分からないけど、まあ、これからも一緒にいられるのは嬉しいよ。実は俺、早くに親兄弟を亡くしててさ……」

『ストップストップ! いい? 悪人が改心して過去を語る時はね……』

 生きる目的を見つけるために旅に出る私達は、不器用かもしれないけれど二人でやっていけると思う。これからもずっと、ずっと、そして私は――――





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