マバタキ

ツノダ骸人形

瞬く間におわる。


 最初はTwitterにきたダイレクトメッセージだった。


 自宅でできる仕事をするようになってはや一年が経ち、最初は「これなら早起きする必要もないし、楽勝だなー」なんて考えていたけど、僕みたいな駄目な人間というのは瞬く間に環境に順応して、サボれる余地を見つけ出してしまう。


 一年経った今では仕事の時間配分をうまいこと整理して、日の数時間をTwitterやらYouTubeで趣味の怪談動画を見て過ごしている。

 その日もそんな風にサボっていただけだった。「また今日もこんな時間ですよ……」「もはや死んでるのとか変わらないよこんな毎日」と、もう何百回も言ったような愚痴を吐いていると、突然ダイレクトメッセージがきた。


 人付き合いも良い方ではないので、Twitterでダイレクトメッセージが飛んでくるなんて珍しかった。「スパム的なやつかな……」と警戒しながらメッセージ通知欄を開いてみると、その送り主は手のひらをこちらに向けて挨拶しているようなポーズの、ろくに加工もしていない写真をアイコンにしている人だった。

 長年Twitterに入り浸っているとわかる、こういう手合いは割とヤバい人が多い。「うげぇーヤバいやつか…」そう思って削除しようとしたのだが、通知欄から見える一文にどうしても興味を惹かれてしまった。


 −−−−こんにちは。そこまでわかっていらっしゃるならこれ見て。


 おそらく女性と思われるアカウントからのそのメッセージは、普段怖い話を集めるのを趣味にしている甲斐性無しには、どうしようもなく魅力的だった。

 抗えずにクリックしてみると、その一文の後に動画が付いていた。

 ドクンと鳥肌が立ち、頭部に血が集まってくる。たまらずタイムラインに「なんかヤバいDMがきた! 開かないほうがいいよね……まあ、開くんですけど」と告知して、お祭りの騒ぎの下準備を整える。そして通知欄に戻り、いざ、その真っ黒な動画サムネイルをクリックしてみた。

 画面は真っ暗だが、ガサゴソという音とフゥーフゥーという女性の息遣いが聞こえる。目を凝らしてみると、どうやら外は明るいのに、部屋を閉め切って無理やり暗くしているようで、その息遣いの主は画面の前にいるようだった。

 明らかに尋常ではない動画の内容と、これを送ってきた心理の見えなさに寒気がし始めた頃、その女が突然喋った。


 −−次が最後だから。目についただけで、あなたは人生を理解していると思ったので、多分わかってくれるはずですよね。瞬きしたら、送れるかはわからないけど、もしこれを送れていたら、そういうことなんだと思う。私が思っていた気持ちは間違っていない。……じゃあ、始めます。


 そう言うと、暗闇の中で女が手を顔の方に持っていきペリペリと何かを剥がすような音が聞こえだした。僕は食い入るように画面を見つめながら、パソコン画面の明るさをめいっぱい上げ、一つも見落とすまいと身構える。そして、女はその動作を終えるとゆっくりと手を画面脇に伸ばし、パチッと何かのスイッチを入れた。

 次の瞬間、画面には30代くらいのボサボサの女がバッと映し出された。女は「ハッ!」っと声にならない声を上げて目をつぶり、手で顔を覆うと震えだした。心臓の鼓動が高まり、今の一瞬を振り替える。「目が真っ赤に血走ってたよな」。そう思っていると女はゆっくりと抑えた手を外し、今から崖から身を投げ出さんばかりの絶望的な顔で“目蓋を開けた”。


 ダッダッダッダッダダダダダダーーーーーーーーーーーーー

 

 映像が突如ブレ始め、目を開けた女の体や顔の一部が、ブレとともにエラーのように画面の四方に散らばる。音声は不気味に歪み、耳に水が詰まった時のような不明瞭な膜に覆われてしまった。左端にある見開かれた女の目元のアップと、右下にある何かをしゃべっている女の口は苦悶の表情を見せている。と、途端に音声の膜が取れて「瞬く間だった」という耳障りな女の繰り返しが三回聞こえて、突如動画は終わった。

 

 僕は震えながら、画面をいち早くタイムラインに戻し、呆然としていた。「なにこれ……」。怖いのは当然怖い、怖すぎる。だが、なんで見ず知らずの人にこんなもん送りつけてきたのか、“あなたは人生を理解していると思った”だなんて、絶対にどうかしている、いや、疑う余地すらない。

 その気持ちを呟こうと画面に向き直ると、先の予告ツイートに「やっぱなんか持ってますねー」とか「どんな動画だったんですか…?」など、馴染みのフォロワーたちからいろいろ反応が付いていた。恐怖がふっと和らいでくるのを感じた瞬間にそれは起きた。

 左瞼が、ビクビクビクッと勝手に動き出してつられるように右瞼も痙攣してしまったのだ。「え、え、えっ」っと戸惑っているうちに、僕は“瞬きをさせられてしまった”。


 目を閉じると、その痙攣はフッと収まり、何事もなかったようにいつも通りだった。

 僕は休憩をやめて仕事に戻ろうとTwitterを開いたタブを閉じてデスクトップに戻った。

 暗い月夜の壁紙で反射して、僕の後ろに髪がボサボサの女が立っていた。


 慌てて振り返っても、それはそこにいた。固まってゆっくり目線を上げて顔を見ようとしたが、瞬きした瞬間に突然ぷっつりとそれはいなくなった。



 −−−−−−−−


 どうしようもないってわかってるけど、毎日疲れて電車で帰っている時、どうしても頭をよぎる。


 毎日同じことの繰り返し。ただ、年取ってく。最悪。


 「死にてー」


 Twitterにそう書いちゃった。

 

 「這いつくばってでも生きるのが人生ですよー。がんばれ!」


 二回くらいリプ返してからずっとコメントしてくるメガネかけた40代のおじさんアイコンの人。マジでどうなりたいんだろうこの人。


 あたしに時間使ってなんになるんだろう。でも、ブロックできない。自分だって同じように時間無駄にしているのに人のこと言えないもん。

 しばらく考えたけど、いいねだけして返信はやめた。多分、夜中には後悔しているだろうけど。


 タイムラインを見ると、ここしばらくつぶやきがなかったフォロワーの人が連投をしてた。この人、割と趣味の同じっぽいので、見てると気が楽だ。




 「今日でもう何日経ったかわからない」


 「今もテープ貼って、水を垂らしてるけどでももう増えすぎてるからダメなのかもしれないです。」


 「昨日までは怖くて怖くてしょうがなかったけど、今朝、多分9:30くらいに瞬ききて、色が変わったんです。赤いんですよすごいよこれは!!!!」

 

 「やっとわかったのかもしれない。いや、最後はまだだから、違うかもしれないけど、たぶん、そういうことだったんですよ。」


 「やっぱ、動画撮りたくなるよ。わかるわ。じゃあ、みなさんお楽しみに。僕はあいつとは違いますよー! すぐやりますから。」


 「人生は終わりに向かって瞬く間に過ぎていく。誰も止めることはできない。」


 「さいごのマバタキ」


 なにこれ。やばくないこれ? こんなことする人じゃなかったのに、割とショックだわ……。


 流石に誰もリプしてないな。


 最後のこのツイート、動画がついているけど怖すぎるだろ。こっわ。とか、言いつつイヤホンの音量を下げる。なんかびっくり系だったら嫌だし。


 再生すると、暗い部屋で30くらいの男がカメラに向かって座っている。目はテープで上下のまぶたをガチガチに止めてて血走っている。なにこれ、よくやるなぁ。


 男がテープを外すと、興奮してるっぽくて肩で息をしてる。この人、こんな顔だったんだ……。


 ーーあーくる、ううううううううううう!!!!


 突然画面がバグったみたいになって、男の目のアップになった。なにこれ気持ち悪すぎる! 男の目が痙攣して、閉じていく。そして、ゆっくり開いた。

 

 私の目も同じように痙攣して閉じていく。


 目を開けると、電車の席の前に、男のくすんだ裸の足が見えた。

 

 「瞬く間におわる」

 

 あたしは、その時人生の終わりがわかった。

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