第一章11 『雷剣の指導②』


「始める前に簡単に説明しておくよ。今からやるのは君が回円を、魔法を戦闘に活かせるようにする為のトレーニングだ。ウリルの操作を三段階に分けて鍛えていく」


「三段階?」


「そう。まずはステップ1、『ウリルと身体の動きを切り離す』だ。さっきも言ったように、ウリルが出ていかないように壁をつくる、ということだよ」


 これは、身体の中から無駄なウリルを逃がさない、そして任意の場所から放出するための下準備だ。


「そしてステップ2、『ウリルを必要な分だけ必要な場所に集める』だ。魔法の威力を高めて、武器として使うにはこれが一番大切なんだ」


「そんなことしなくてもよ、威力を上げたいなら、とにかくウリルを大量に放出すればいいんじゃねぇのか?」


「それじゃダメなんだ。その量のウリルをしっかりマナと反応させられなければ、ウリルを無駄に消費するだけになってしまう。ウリルを消費しすぎると、激しい倦怠感が襲ってくるし、気絶することもある。戦闘中にそんなことになったら、なす術がなくなってしまう。君も知っているはずだよ」


「……」


 確かにアルカも経験したことがある。あのウングィスとの戦いでは、戦闘中に、ではないが、もし戦闘後にもう一体現れていたら、アルカは死んだことに気づくことすらできなかっただろう。


 アルカはそれをどうにかしようとルクスに教わっているのに、『大量に使えばいい』などと浅はかな考えをした自分を恥じ、悔む。


「だからこそ、魔法を使う時に心がけるのは『最低限のウリルで最大限の威力を』なのさ。これを実現するのに、ステップ2はとても大切なんだよ」


「ステップ3は?」


「ステップ1ではウリルを身体の動きと切り離して操作すること、ステップ2でそのウリルの繊細な操作を鍛えた。ここまででも十分魔法を使えていると言っていい。だからステップ3は、応用編だ。『ウリルを放出させる持続力の強化』だよ」


「ジゾクリョク?んだそれ」


「要するに、一定のウリルを長い間放出し続ける練習をしようってことさ。これが出来るようになれば、魔法の幅がかなり広がる」


「ふーん。よくわかんねぇけど、とにかく始めようぜ。話覚えるのは苦手なんだよ」


「ま、そうだね。実際にやってみた方が分かりやすいと思うし」


 ルクスはスタスタと訓練場の端へと歩いて行き、置いてあった人型の的を持ってくる。アルカから少し離れた場所に置き、ルクスはアルカに声をかける。


「よし、まずは左手をこの的に向けて魔法を撃つんだ。当たらなくてもいいから、全力で頼むよ」


「おう」


 アルカは左手を前に突き出すと、身体の中のウリルに意識を向ける。その煙のような流れに風を吹きかけ、左手に集めると、ズズ、と掌から放出、そしてマナと反応させる。


 バチバチ、と言いながら的に向かって放たれる紅い雷は、しかしその的には遥かに届かず、アルカの腕ぐらいの距離を進んでから霧散する。


「よし、ありがとう」


 ルクスはそう言いながら、再びその的を移動させる。その位置は、今アルカが放った魔法の距離よりも少しアルカに近い。アルカが二歩くらい歩けば触れてしまう。


「ここからが本番だ。まずその左手は構えたまま、右手で別の方向に拳を撃つんだ」


「こうか?」


 アルカは言われた通りに、右手で拳を振り抜く。


「そうだ。次はその拳を撃つタイミングで、左手から魔法を撃ってくれ」


「おう」


 アルカは再度、言われたように右手でパンチを繰り出す。同時に、左手にウリルを集め魔法を撃とうとして―――


「なんでだ……」


 パンチを撃った右手の拳から、紅い雷が放たれた。


「身体の動きとウリルの動きを切り離せていないんだよ。だから、左手に集めようとしても、パンチを打とうと意識した右手にウリルが集まってしまう。さらに壁ができていないから、右手から放とうという意識がなくても、勝手に放たれてしまう」


「……回円の時の感覚に近いな」


 回円を使う時も、魔法を放とうとせずとも、右手から発した衝撃とともに勝手に放たれてしまっていた。つまり、この修行を完遂すれば、回円にも直接繋がるということだ。


「これがステップ1の特訓だ。ウリルの壁と門を作るイメージを、何度も挑戦して掴んでくれ。早く出来るようになって貰わないと、ステップ3まで教える前に講習が終わっちゃうからね」


「……クソ。やってやんよ……!」


 アルカの特訓が始まった。


 ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※


「クソ……。全然わかんねぇ……」


 その日の夜。宿に帰ったアルカは、宿の食堂のカウンターに座りながら、特別講習の成果を反省していた。


 結局、今日の講習ではウリルを切り離すというイメージを掴めず、その後の自主訓練でも手がかりすら掴めなかった。


「おう、どうした小僧。悩み事か?」


 そんなアルカに、宿の店主である男が、カウンターの奥で調理をしながら話しかけてくる。


「るせぇ。そんなんじゃねぇよ。ちょっとうまくいかねぇだけだ」


「がはははは!それを悩みっちゅうんじゃ、小僧!ほれ、こっちへ来てみぃ!悩んでるときゃ別のことしてみると意外と忘れたりすんだよ」


「んだよ、また雑用させる気か?おっさん」


「がはは!違ぇわい!ほれ、はよこい!ちょっと自分でメシ作ってみぃ!宿代はまけちゃるからよ!」


「半額だな」


「アホぬかせ!1割引が限界じゃ!それでもやりすぎじゃわい!」


「言ったな。1割引だ。男に二言はねぇな」


「がはは!小賢しいガキやのぅ。まぁえぇ」


 宿代をまける、そう言った店主に対し、有り得ない値引きを提示するアルカ。店主も思わず、最大限の値引きを提示してしまったため、交渉らしい交渉をすることなく、アルカは限界まで値引きに成功。


 そもそも店主としては、ただ単に悩んでいるアルカを気遣って、気分転換になればと思いこう言ったわけで、決して値引きしてまで料理がさせたいとかそういうことではない。

 値引きはあくまでも、やりたがらないアルカをやらせるための口実に過ぎないのだ。


 それに、アルカの態度に怒りすらしないのは、店主の気量ゆえだろう。それに、アルカは豪胆な性格をした老人に好かれやすいのだ。何故老人は、子供にタメ口を使われて喜ぶのだろうか。

 永遠の謎であるが、そういうところも、アルカがこの宿に長く暮らしている理由である。


 椅子から降り、カウンターの中の調理場へと歩いていくアルカ。アルカが来たのを確認して、店主が口を開く。


「これは炒飯っちゅう東の国の料理じゃ。ほれ、こんな風に鍋を振りながらかき混ぜるんじゃ。やってみぃ」


 一度見本を見せてから、店主はアルカに場所を譲る。アルカも見様見真似でやってみるが、うまくいかない。


 そもそも両手で別のことをしているのだ。さらに、パラパラとした大量の米が、鍋を振った時にいろんな方向に飛び散ってしまう。


「がはははは!どうじゃ小僧。難しいじゃろう」


「クソ!こんなん意味あんのかよ!」


「がはは!そんな乱暴にしたってできやせんよ。いいか、小僧。道具を道具だと思っとるから思うように動かせないんじゃ。自分の身体の一部、腕がもう一本あるぐらいに思え」


「んだよそれ。道具は道具だろーが」


「いいから聞け、小僧。もう一つ、米を一粒一粒バラバラに考えとったら、変な方向に飛んでっちまう。一つの集合体として考えろ、そうすりゃうまくいくはずじゃわい」


「……」


 アルカは店主が言ったことを意識しながら、鍋を振りおたまでかき混ぜる。鍋が、おたまが、自分の身体の一部になったように、滑らかに。バラバラの米を、一つのまとまりとして、意図しない方向に飛んでいかないように。


「ほう、小僧、中々上手いじゃねぇか。もう戻っていいぞ、後は盛り付けるだけじゃ」


「おう」


「どうじゃ、全くやったことがないことに集中するのも気分転換になるじゃろう」


「まぁな」


「がはははは!そりゃあ良かったわい!ほれ、さっさと席に戻ってな!」


 アルカは再び席に戻り、店主が料理を運んでくるのを待つ。


「ほれ、お待ち」


「ありがとな、おっさん」


「がはは!自分で作ったモンの味はどうじゃ」


 アルカはぱくり、と一口。よく噛んで味わってからごくり、と飲み込む。


「うめぇ。流石俺だな」


「がははは!ほとんど俺がやったんじゃけどなぁ!」


 ぺろりと炒飯を平らげたアルカは、部屋に戻るとすぐに眠りについた。


 ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※


「アルカ君、おはよう」


「おっす」


 翌日。いつものようにギルドに訪れたアルカに、受付のカウンターの向こうからマリアが声をかける。


「今日は特別講習はないから、いつも通り任務を受けて欲しいんだけど……」


「?」


「実は、アルカ君にやってもらいたい任務があるんだ」


 マリアはそう言いながら、一枚の紙をアルカに提示する。アルカはその紙をじっと覗き込む。


「これは……Aランクの任務じゃねーか。俺はCランクだぞ、受けられるわけねーだろ」


「そうだね、アルカ君一人なら、規約上受けられない。けど今回はそうじゃないんだ」


「……パーティを組めってことか?何度も言わせんな、俺はパーティは組まねぇ」


 一人なら受けられない、だがアルカにやってほしいと言うマリア。それが意味するのは、複数人でパーティを組んで任務を受けろ、ということ。


「そういうこと。あのね、アルカ君も知ってる通り、確かにパーティを組むことはメリットばかりじゃない。けれど、だからってそこから逃げるのは、私は好きじゃないな」


「……」


「パーティを組むことで、仲間の技術を吸収したり、協調性を養ったり、自分に足りないものが色々と見えてくると思うの」


「……いくら言われたってお断りだ」


 マリアに諭され少し考えるアルカだが、やはり自分の考えを曲げることはしなかった。


「そっか、残念……。そしたら、この任務はエルシアさんとナザさんの二人で行ってもらうね」


「……あ?クソシアと色ボケ野郎に?」


「もう、人の名前で遊ばないの!エルシアさんは今朝早くに昇格試験を受けてAランクに上がったし、ナザさんもBランクだからパーティメンバーとして不足はないからね」


「Aランク……」


 また、先に行かれてしまった。アルカの心の中を悔しさが埋め尽くす。拳を強く握り、顔を歪ませる。


 自分はルクスに教わったことすらまともにできないでいるのに、エルシアはその間にもランクを上げているのだ。自身の不甲斐なさにアルカは怒りすら覚える。


 そんなアルカを見て、マリアは心の中で、「思った通り」と呟き、何かを企んでいる悪い笑みを浮かべる。


「アルカ君も任務に招待したんだけど、来なかったって伝えておくね。あの二人、アルカ君のことライバルだと思ってるからなぁ。アルカ君が来なかったらどう思うかなぁ。Aランク任務にビビって逃げた、とか思われちゃうかも」


「……クソ。行けばいいんだろ!」


 マリアの安い挑発はしかし、アルカには効果抜群のようだ。パーティを組む相手がこの2人でなかったならともかく、アルカと同年代の2人。少なくともアルカの方も、この二人に負けたくないという意識があるのだ。


 そんなアルカに、マリアは笑みを崩さずに続ける。


「え?でもパーティは嫌だって」


「るせぇ!あいつらなら話は別だ!ぶっ殺す!」


「ぶっ殺しちゃダメだけど……。でも受けてくれる気になってくれてよかった。そしたら1時間後に、西門の所に集まってから出発だから。詳しいことはエルシアさんに話してあるけど、何か質問ある?」


「あ?そうだな、関係ねぇけど大規模討伐任務っていつなんだよ。こんな悠長なことしてるヒマあんのか?」


 数日前にマリアから聞いた大規模討伐任務。それはかなりの緊急性を伴うものだと予想していたアルカだが、予想に反してもう数日経っている。


 協力要請に応えてくれたのか、徐々に冒険者も増えてはいるが、モンスターのスタンピードが起きる気配すらない。


「そうだね……。まだ詳しいことは言えないんだけど、もう時間はほとんどないって感じかな。でも公爵家の私兵も出るし、そんなに危険な任務にはならないはずだよ。ギルドの職員としては、討伐数を稼いで欲しいかな」


「ふーん。任せとけ。じゃ、依頼行ってくる」


「うん、がんばってね!」


 手を振るマリアを傍目に、アルカは1時間後に始まる任務の準備の為、ギルドから退出していった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

ナルカミ ひよこ大納言 @dainagon_hiyoko

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ