第一章10 『雷剣の指導①』


「じゃあ私は、マリアさんに報告してくるわ」


「早く出てけ!俺の部屋だぞ!」


「あんたを運んでやったんでしょ!?」


 食事が終わり、とある宿の一室。そう、アルカが借りている部屋だ。エルシアにお姫様抱っこされたまま運ばれたため、到着した時には宿屋の女将から「あら、若いって良いわね」なんて言われた。


 エルシアが女将に事情を説明し、アルカの部屋へ向かった。部屋に入りベッドにアルカを寝かせたのがついさっき。


「とりあえず、事情を報告して、今日の特別講習は受けられないって伝えておくわね。それじゃ」


「おう」


 エルシアはそれだけ言い残して、アルカの部屋から早々に立ち去った。アルカは目線だけでエルシアを追いかけ、がちゃり、とドアが閉まるのを確認。


「……クソ。一発でこのザマかよ……」


 アルカは再び自分の身体に視線を移し、動作を確認。指は動き、拳を握る程度なら可能になってきたが、回円の行使から半日経っているにも関わらず未だその程度なのだ。


 さらに言えば、使った当初は関節がボロボロで激しく痛んだ。今回に関しては既に痛みが限界を超えていたため、その痛みの感覚は薄かったかもしれない。


「これじゃあBランクなんてまだまだじゃねぇか……」


 確かに、アルカはレートBモンスターのウングィスに勝利した。だがその内容は、あまりにもギリギリで、アルカがやられていた可能性だって十分にあった。


 加えて言えば、あの時ウングィスが一体しかいなかったから生き延びることが出来たわけで、万が一にももう一体潜んでいたりしたら、アルカは身体を動かすことすら出来ずやられていただろう。


「やっぱジジィに教わった通りのやり方の方がいいのか……。でも回円の方が威力は強ぇしな」


 回円。それはアルカが努力の果てに生み出した技術。生み出した、と言っても既存の技術の合成・応用に過ぎないが。


 それでも、アルカは自分が教わった技術を自分なりに噛み砕き、自分だけの技へと昇華させたのだ。例えそれが、捨て身の一撃だとしても。


「……回円をまともに使えるようにならねぇと、俺は強くなれねぇ。どうすりゃいいんだ……」


 アルカは悩みながらも、満腹による微睡みに耐えられず、ゆっくりと目を閉じた。


 ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※


 翌日、アルカは血と汗の臭いと感触に不快感を抱きながら目覚めた。決して心地よい朝とは言えないが、身体の倦怠感が無くなっており、気分は悪くない。


 汗と血を流すために水浴びをしてから朝食を摂る。昨日朝食を取らなかった為、女将から「サービスよ」ということで、いつもより豪華な朝食となった。


 身体の倦怠感も取れ、血と汗も流し、豪華な食事を堪能した。アルカは清々しい気分でギルドへ向かう。


「よぉ、マリア」


「アルカ君!大丈夫だった?」


 アルカはギルドに到着すると、受付に居るマリアに声をかける。そんなアルカを見て、心配そうな顔でマリアが尋ねてくる。


「エルシアさんから聞いたよ。毒キノコを食べちゃって動けなかったって……。食べるものが無いからって、何でもかんでも口に入れちゃダメだからねっ」


「あの女ァ……。死にてぇらしいな……」


 怒りと恥ずかしさが混ざった複雑な感情に、アルカの顔が引きつる。


 確かに動けなかった事は事実であり、アルカとしてはモンスターにやられたと報告されるのは嫌だった為、エルシアの機転が効いたと言いたいところだが。


 いくらなんでも毒キノコで倒れたと言うのはどうだろうか。実際アルカは、モンスターにやられたと言われるよりも恥ずかしいと感じている。


「どう?身体は動く?」


「当たり前だ」


「うんうん、やっぱりアルカ君は元気なのが一番だよ。そしたら、今日から特別講習再開だね。ルクスさん、訓練場で待ってるから、がんばって!」


「おう」


 拳を握り、応援するポーズをとるマリアに言われた通り、アルカは訓練場へと向かう。ギルドの裏口から出て細い道を少し歩く。訓練場へ到着すると、そこには剣を振って待機しているルクスの姿があった。


「来てくれたんだね、アルカ。昨日はどうしたんだい?来てくれないから、嫌われてるのかと思ってしまったよ」


「あ?嫌いに決まってんだろ」


 ルクスの言葉に対し、自分の感情をオブラートに包むこともせず言い放つアルカ。


「はは、冗談はよしてくれよ、アルカ」


「コイツ……!」


 そんなアルカを笑いながら冗談として処理するルクスは、流石と言えるだろう。最高ランクの冒険者として、それよりも貴族として、人間性がしっかりしていることが伝わる。


「さて、ある程度はギルドの職員から聞いていると思うけど、今日からは本格的に指導をしていくよ。前回は君の基礎的な身体能力を見させて貰った。今回からはそこに魔法を交えた訓練になる」


 ルクスはそう言いながら壁際に歩いて行き、自分の持っていた真剣と置いてあった木剣を交換し、戻ってくる。


「君は僕と同じ雷属性だよね。一度見せてくれるかい?」


「ほらよ」


 アルカは掌を上に向けて、体内からウリルを放出し魔法に変換。掌の上でばちばち、と紅い雷が輝く。


 そんなアルカの魔法を見て、驚いたような表情を見せるルクス。


「……雷属性、だよね?どうして赤いんだい?そう言うのは見たことがない。普通はこういう色なんだけど……」


 そう言うとルクスは、自らの持っている木剣にズズ、とウリルを纏わせる。ウリルが木剣を覆うと、それを魔法に変換。青白く輝く雷を纏った剣が出来上がった。


「知らねーよ。ずっとこうなんだ」


「まぁ、属性は雷で間違い無さそうだ。気にしないで続けるよ。……と、そうだ、忘れていたよ。前回アルカが使おうとしていた東方の技術、あれを見せて欲しいんだ」


「断る」


 前回、アルカがルクスに扱かれた初回の特別講習の時のことだ。確かにアルカはその時、一矢報いようと『回円』を使おうとしていた。

 それが東方の技術を応用したものなのか、どこの技術を応用したものなのかは分からない。だがアルカはルクスの言うものが『回円』であることは分かる。


「何故だ?あの構えだけであの技が相当熟練したものだと伝わってきたよ。見せたくない理由があるとは思えない」


「自信がないとかじゃねーよ。……あれを使うと、丸一日は動けねぇんだよ」


「ふむ……」


 ルクスは剣に纏わせていた魔法を解除し、木剣を下げる。


「詳しく聞いていいかい?これは講習じゃなくて個人的な興味なんだけど。魔法を抜きにしても、その技術を使えるようにするのは君のためになるんじゃないかな。個人的にその手伝いがしたいんだ」


 アルカの『回円』について説明を求めるルクス。特別講習の講師と生徒という関係からではなく、単純に個人的な興味からの質問だと言う。


 アルカとしては、このスカした男に教わるのは御免だ、という気持ち。しかしそれ以上に、『回円』をどうにかしたいという気持ちが増していた。ウングィスとの戦いを受け、アルカもちょうどそんなことを思っていた。


 それに、マリアが言っていた通り、意地よりも大切なものがあるのだ。プライドは高いが、そのプライドと自身の夢、目標のどちらが大切かはアルカも理解している。理解していても、自分の意思を、プライドを曲げないことの方が多いのだが。


「……あぁ、俺もてめぇに聞きたいことがあったんだ」


 だが今回は違った。エルシアの攻撃を全く捉えられず一撃で気絶させられたこと。レートBのウングィスに瀕死の状態まで追い詰められたこと。『回円』でなんとか勝利したが、その代償としてエルシアにお姫様抱っこや『あーん』までされたこと。


 屈辱につぐ屈辱。アルカも意地を張ってはいられないのだ。


 ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※


「なるほど。つまり、その『回円』と言う技はアルカが独自に編み出した技、ということか。話を聞く限り、やはり東方の技術の応用で間違い無さそうだね」


 アルカは自信が抱いていた、回円に対する懸念や問題点、その動作をルクスに説明した。


「……そして、関節の酷使による痛みと、激しい倦怠感、か。ふむ……。アルカ、回円を使った時に魔法も同時に使うって言ってたよね?」


「違ぇ。魔法を使んだよ。俺は別に使おうとしてるわけじゃねぇ。ただ、回円を使うと勝手に魔法が発動すんだ」


 そう、あくまでも回円とはアルカの編み出した体術であり、魔法を放つ技ではないのだ。確かに、魔法を一緒に放出させることを前提に使っているが、それはアルカの意思ではない。


 だからと言って、アルカはそれが困ると感じているわけではない。単純な衝撃だけを敵に与えるよりも、衝撃と共に魔法による攻撃を加えた方が威力が上がるのは当然だからだ。


「なら、君の悩みを一つは解決できるかもしれない。悪いが僕はその技術にはあまり詳しくなくてね。関節の酷使については解決できないかもしれないけど」


「身体が重くなんのはどうにか出来んのか?正直そっちの方がめんどくせーからありがてぇな。痛ぇのは我慢して動けるからどうでもいい」


「痛みは身体の悲鳴だから、あまり我慢して欲しくはないんだけどね……。とにかく、その倦怠感の原因はハッキリしている。そしてそれは、特別講習の内容ともマッチしている」


「早く教えろ」


 ルクスの勿体ぶる言い方を急かすアルカ。回円使用後、アルカを襲う倦怠感の原因と対処法、それを知ることができれば大きな一歩につながる。


「簡単な話だよ。魔法さ。君は無意識に自身の許容量以上のウリルを使ってしまうんだ」


「魔法か……」


「原因は単純。アルカ、君はウリルの操作が全くと言っていいほどできていないからだ」


「ウリルの操作?」


「そう。魔法を使うためにはまず、体内のウリルを外に放出する必要があるのは知ってるよね。その時、例えば掌からウリルを出したい時、体内でウリルを掌に集める必要がある。そしてそのウリルを放出して、マナと反応させることで魔法になる。こんな風にね」


 ルクスは掌を上に向けると、その手の上に青白い雷の球がぱちぱちと音を立てて出現する。


「その球にすんのってどうやんだよ」


 アルカも確かに魔法を使うことはできるが、それは雷を放つだけで、その雷の形を球のようにすることなどできない。

 ルクスは雷球をふっと消滅させ、答える。


「ウリルの操作が出来るようになれば、これも出来るようになるよ。でもこれは対外でのウリルの操作だからね。今はまず、体内におけるウリルの操作が出来るようになるのが最優先だよ」


「俺はウリルを掌に集めるくらいできるぞ」


「だけど、無意識のうちに使っちゃうこともある。君はウリルを集めることができても、留めることができないんだ」


「留める?」


「そう。ウリルって言うのは、常に体内を流れるように漂っている。要するに、動き回っているんだね。だから、その流れを少し変えるだけでウリルを一箇所に集めるくらいの事は出来るんだよ。ただ、その流れを留めておくことができない。だから、いくらウリルの量が多くても、体内から放出する時に無駄なウリルが漏れたりして効率が悪くなる。必要な時に必要なだけのウリルを使うことは、威力の向上にもつながってくる」


「……何言ってんのか全然わかんねぇ」


「そ、そうか」


 ルクスの丁寧な説明を聞いたアルカだが、あまりに長い説明に思考停止。そもそも長い話が苦手なアルカに、難しい話を長々と聞けるはずがない。


「簡単に言えば、身体の中にウリルを逃がさないための壁を作るってことだよ。勿論、新陳代謝で出ていくから、完全に、と言うわけにはいかないけど」


「壁……」


「そう、必要なのは壁だよ。今の君はウリルを体内で放し飼いしている状態。でもそれでは君の意思とは関係なく出て行ってしまうこともあるだろう?君の回円という技のように、何かがキッカケとなって、ほとんど出て行ってしまうこともある」


「そうだな」


「そこに壁を作って逃さないようにする。そして、必要な時だけ門を作って体外に放出するようにするんだ。そうすることによって、放出する場所一点にウリルを集中させられるから、威力も上がるのさ」


「……クソ、分かりやすい……」


 アルカは悔しそうに唇を噛む。感覚派の天才で教えるのが下手だと思っていたルクスが、意外にも心の底から分かりやすいと思える説明をしたという事実に、どこか負けた気分になるアルカ。


「魔法に慣れていない人にはよくある事だからね。教え慣れているさ」


「で、どうすればいいんだ」


「そうだね。話してばかりなのもつまらないし、動きながらやってみようか」

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