十一話〜心の狼に身を委ねて〜

 バスが進みゆく中、凛霞さんは私の肩に寄りかかって寝ていた。バスも混んでいるわけでは無いので席に座っている。


 迷っていた。これからどうするのか、これからどうしたいのか。答えはそこにあってそこにない。そこにはないのに確かにある。ある、あるんだ。あるのに……。

 今、恋しているからどきどきしているの? 好きだから抱きしめたいの? それさえも分からない。理屈じゃない。ただ単にどきどきしているだけ、ただ単に抱きしめたいだけでそこに好きがあるのか分からない。

 やっぱりこういうのって距離を取った方が良いのかな。




「凛霞さん、着きますよ」

 声だけでは起きないので揺さぶってみると、少し反応があった。

「凛霞さん。凛霞さん? 凛霞さーん」

「んーぅ、ぇえ?」

「つ、き、ま、す、よ?」

「ぁああ。ごめん寝ちゃってた」

 ちょうど停車して、体が揺さぶられる。

「じゃあ降りようか」



「お邪魔します」

「ただいまぁ。って、今居ないんだっけ」

「え、いいんですか? 勝手に上がったりして」

「良いんだよ良いんだよ。少しくらい」

「怒られても私は責任とりませんからね」

「構わないよ」

「あと、今日は飲み物もなんもいらないですからね」

「えー。まぁ、わかった。じゃあ行こっか」


 やっぱり綺麗な部屋だ。私の部屋みたいな地味さがない。

「じゃあ、またベッドに座ろ」

「判りました」

 思い出す黒歴史。もうあんなに乱れる訳にはいかない。とはいえ……。

「夏乃、顔赤ーい。そんなに興奮してるの?」

「違います」

 生殖出来ないとわかり切った本能が、尚騒ぎ続けているのも事実。

 きっと、押し倒して滅茶苦茶にしたいだとか。齧り付きたいだとか思っているんだろう、心の何処かで。

 ならば、今日だけ。今日だけ私は、心の狼に従ってみようと思った。


 まずは強引に押し倒す……。出来ない。なんでってわからない。

 そういうことを考えるだけで混乱する様な私だ。へたれに決まっている。

 なら、どうすれば良い? なんて考えてる間に、既に私は押し倒していた。

「え、夏乃?」

 心は困惑するばかりなのに、身体が言うことを聞かない。


 欲しい。食べたい。齧りたいと本能が囁く。私は結構肉食系なのかもしれない。

 私は今、凛霞さんの耳を味わっている様だった。柔らかい耳朶じだを、入念に。

 恥じらいを捨てて、満たされるまで味わう。

「か、夏乃。耳弱いんだってば」

 少し震えた様な声でそう言っている。顔を離して凛霞さんを見ていた。

「夏乃、なんだか。おかしいよ」

「嫌でしたか?」

「い、嫌じゃない。でも、急だったから」

 駄目だ。なんでこんなことをしてしまうんだろう。

「これ以上は、私からはやりませんよ」

 されるがままされて、今日が終わったらきっと私の心も満足するだろう。

「じゃあ、本当にやっちゃうよ?」

「お好きに」

「まぁ、そんなハードなことやらないけどね。こういうこと好きってわけじゃないし」

「じゃあやめますか?」

「やめないよ。するのが好きなんじゃない。好きだからするの」

 まぁ、脱がして乱れるくらいなら、私もそんなハードなことを望まない。これ以上乱れたくない。

「それくらいなら、私からしちゃいます」

 悲しさと喜びが混じった様な気持ちを鎮めたいだけなのかもしれないと考えると、段々と自分に腹が立ってくる。

 凛霞さんの目は? 喜んでいる? 怖がっている? そんなこともわからないまま、私は彼女の唇に唇を重ねた。キスの仕方もわからない様な淡い人生を送ってきた私はこれ以上、なにをすることもできない。が、彼女、凛霞さんは舌で私の唇を優しく開けようとしている。これはドラマや映画でみるフレンチキス、というものだろうか。こんなことをして良くないのか良いだなんて私自身にもわからない。

 私は舌を受け入れた。舌を絡めて、段々口内の湿度を高めて、ヌルヌルとした舌を絡めている。お互いの分泌された口内の粘液で、糸を引きながらキスをしている。息継ぎをして二度目、三度目、と。回数を重ねる毎に心が暴走しそうになる。食べてしまおう、今ここで食べようと。


 しかし、完全に我に戻った。やってしまった。女性同士でこんなこと。こんなこと……。こういう行為は、その。オーラルのそれ、というじゃないか。

 一気に顔を離して、凛霞さんの布団に蹲る。だが、凛霞さんの匂いがして寧ろ心の高まりは向上してしまう。

 凛霞さんの息切れが聴こえてくる。長くしすぎて苦しかったのだろう。

「凛、霞さん。ごめん」

 それは私も同じだった。息切れしていて上手く喋れていない。

「……はぁ。じゃあこれは」

 何故だか凛霞さんは飛びかかっていた。

「お返しっ!」

 また、唇を重ねた。今回は絶対に舌は許さない。というか口を開けないことに徹底した、のに、いやらしい手つきで身体全体を撫で回してきていた。私の身体もそう強くない。どうしても、身体が微弱に震えて、声が出て、身体に力が入ってきてしまう。

 これは、感じてしまっているのだろうか。そんなことあってはならない。絶対、絶対に。

「んっ……っ!」

 意を決して逃走を図るが、それに抵抗するように力を加えてくる。

 私の身体の力が入っていたのが、逆に身体の力が抜けてきていた。そして何より息ができなくて苦しい。気絶してしまう。

 というか、危険だ。果ててはいけない。普通じゃなきゃいけないのに。

 声の出る頻度も、何もかも上昇中。少し心を鬼にするしかない。

 入った舌を少し強めに噛む。と効果があった様。顔を離した。

「い、痛いよ。夏乃ぉ」

 流石に息も絶え絶えで、すぐに喋ることができない。

 ずっとそういう所の付近を触れて撫でられたおかげで少し余韻がある。が、ギリギリ大丈夫そう。

「いや、もう、アウトです、よ」

「ちょっと指先ヌルヌル……」

「してません、してません。馬鹿」

「冗談だってぇ。だって触ってないんだもん。判らないからぁ」

 まぁ、ここまでに至ったのなら、私の身体は満足したであろう。大丈夫。大丈夫……。ここまでしたなら少しくらい距離を置いて良いだろう。今日でこうやって関わるのもおしまいだと、脳みそで身体に語りかける。

 



「気をつけて帰ってね」

「はい、ありがとうございます」

 どうせ乱れるだけ。もう凛霞さんの家には行かない様にしよう。

 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

混ざりきらない黒と白の花 睦月冻暜 @MutukiTofu

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ