十話〜オクトパ子とゲッソ男〜
ゲームセンター、私の中で通称[闇沼現金掃除機センター]と呼ばれている。
「全然取れないんだけど」
「だから現金掃除機だって言ったじゃないですか」
ユーフォーキャッチャー。二つの棒の上に乗った箱に入った時計を取る形式のもの。
まぁ、ゲームセンターで勤めるのも商売。そう易々と商品を渡すわけにもいかないのであろう。しかし、凛霞さんが取ろうとしている時計は思ったより強力な両面テープで固定されている。
「凛霞さん、これは諦めましょう」
「いや、まだまだ!」
ああ、既に沼に落ちている。ならば手を強引にでも救いの手を差し伸べるまで。凛霞さんの両脇に腕を差し込み、引き下がる。
「ちょっ、夏乃? 胸あたってるって!」
「そっち!?」
少し恥ずかしかったので、咄嗟に開放。
「おっと。……で、なんでこんな強引に?」
「あれは罠です。五万円相当! と書いてる時点で察しがつきますが」
そう、簡単に引き渡してしまっては元が取れないのだ。ならそもそもそんな高価なものを置くなという話になるけれど、需要的な問題だろう。現に時計の価値に引き寄せられて取ろうとしているのだから。
「テープでくっついてるのはそういう事だったのかぁ。でも取れそうなんだよねー」
「だとしても、今のやり方じゃ駄目です」
弟に連れられて特訓した成果を発揮出来ればいいけれど。正直、この手の機械にはなれない。ぬいぐるみだったら簡単に取れたのに。……まぁ、偶にしか行かなかったけど。弟による熱き教授により得たこの技術、発揮する時。しかし、あの時私の弟も初めてゲームセンターに来たはず。どうやってあの知識を……。
「まぁ、そんなことはいいとして。これはですね……」
「と、取れた。三回で……。私の六百円……」
「でも、元は取れましたよ」
「うん……ありがとう!」
「お金は大丈夫です。これは日々の感謝の気持ち、ということで」
出費も最低限で抑えた。私の目的の為に。
「何このぬいぐるみ!? 大きい!」
「やはりありましたか。オクトパ子!」
「お、オクトパ子?」
まつ毛の伸びた乙女の蛸。それがオクトパ子。このシリーズを昔からこよなく愛している私は、心の銘じた使命で取らねばならない。
「オクトパ子、今こそ!」
ぬいぐるみのユーフォーキャッチャーは四回勝負と思って良い。ひたすら引き寄せていくしかない……。しかしこのオクトパ子、形状的に不利。そこを技術で補わなければ。
「私も横でやろうかなー」
取れたぁ。良かったぁっ。
「そんなに抱きつく程好きなんだ」
「ふふ、オクトパ子ぉっ」
つい取り乱してしまう。
「すみません」
「可愛いところもあるんだなぁ」
「可愛くないです」
「素直じゃないなぁ」
というか、凛霞さんが持ってるのって。
「ゲッソ男?」
厳つい烏賊のキャラクター。嫌いではないけどどこか好きになれない。
「そうそう。気になったから取ったんだー。時間はかかったけど」
しかし、このぬいぐるみも触手が邪魔で取りにくい品だ。それをこの短時間で取るとは。
「天才ですね」
「何が?」
「なんでもないです」
「終わっちゃったね、今日も」
「そう、ですね」
虚しくも早く過ぎる時間に、
「ほんとに、家に寄らない?」
寄りたい、がまたおかしくなるのは嫌だ。いや、これは克服、克服だ。
「いいですよ」
克服……克服。
「やった。じゃあ行こっかバスで」
行きの時のことを後悔しているようだ。まぁ、だいぶ疲れてたし。
「バスまでの時間、まだあるみたいです」
「そっか、じゃあまだゆっくりできるね」
既に陽は傾いている。少し遅れると連絡を入れておこう、一応。
「夏乃って、私のこと本当に好きなの?」
「……どうなんでしょうね。私でもよく判ってないんですよ。とても……複雑で」
「んー、なんでなんだろう」
自分でもわからない。たぶん好きで、たぶん好きじゃない。そういう領域なのであろう。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます