九話〜恋の麻痺〜

 今回は前に来た家に近い公園に集合なのだが、凛霞さんが珍しく遅い。早く来てくれないかと心を軽く弾ませているのもあって来るまでの時間が長く感じる。ベンチに座っているから苦ではないものの。

 着信も特にない、何かあったのかもしれない……だとか思ってしまう。大丈夫だろうか。今から三十分待って来なかったら凛花さんの家に行ってみよう。



 ……来た。

「ごめんごめん。ちょっと道に迷っちゃってさ」

「ちゃんと携帯見ました?」

「携帯で地図見てたから……、って通知切ってた! ごめんごめん」

「はぁ、何かあったのかと心配になりましたよ」

 凛霞さんの機嫌は良くなっていた。

「ごめん。というか、私の選んだ服着てくれたんだ」

「凛霞さんも、着てくれたんですね」

 やっぱり、似合っている。

「下、ちょっと短いんですよね。ショートパンツというか」

「脚綺麗だからいいじゃない。ほら、ほらほら」

 いきなり脚を撫でてくる。ちょっと、悪くないけど。

「擽ったいです。あと、撫でる位置をだんだん上げていかないでくださいむっつり凛霞さん」

「誰がむっつりじゃ。いいでしょ、ちょっとだけ、ちょっとだけだから」

「……今日の凛霞さん、変態モードなんですか?」

 本当に頭がいいのか疑わしくなってくる。いや本当に頭はいいんだけど。

 私以外にこんなことしないし……。

「夏乃といる時くらいしか素になれないんだよ。だからこう……溜まり溜まった何かを、バァーーーーっとだね」

「開放しすぎじゃないですか?」

「良いんだよこのくらいで。学校で私なんて言われてるか判ってる?」

「…………氷河期」

「正解。因みに夏乃も裏で呼ばれている名前があるんだよ」

「え、初耳です」

「操り人形だってさ」

「操り人形……強ち間違っていない」

 何かに流されて生きているから。

「じゃあ、行こっか」

「そうですね」




 到着。近場と言えど公園から四十五分。バスに乗ると提案した訳だが凛霞さんに歩きたい! と言われ結局徒歩。正直、疲れている。

 しかし、私だけが疲れている訳では無さそうだ。凛霞さんは水族館前のベンチに座っている。

「歩きで来るって言ったのは凛霞さんじゃないですか」

「だって、歩きの方が長く……って、な、何!?」

 私は無言で凛霞さんの脚を撫でている。欲情したわけではない。寧ろ冷めている程度には。

「ちょ……っと、手つきいやらし……んだけど」

「嫌なら止めればいいじゃないですか」


 ……無反応。ちょっとはそういう気もあるのだろう。

 私にはそういう気は無いので、焦らし気味に手を脚から離そうと企み。脚の付け根、股に近いところまで撫でて、手を離した。

「っっ!?」

 期待通りに手が動かなかったことに少し苛立ている、わかりやすい。

「帰りに私の家寄っていこうか?」

「寄りません」

加虐性愛者サディストめ……」

 他の同級生から見たら凛霞さんのギャップ凄いんだろうな……。

「別に、そういう気持ち抱きませんし」

「やっぱり私からしないと心は動かないかあ」

「しても動かないです」

「そんな……」

 酷くがっかりしている。そこまで? と言う程にはがっかりしている。

 恋愛に関しては詳しくないから分からないけれど、好きな人からは何かを求められたいのだろう。わざわざ、なんか、そういう、いやらしいことじゃなくてもいい気がするけど……。

「そういうこと以外なら別になんだってするんですけどね」

「え、本当? 何してもらおっかな。……で、そういうことって何?」

「……そういうことって、そういうことですよ」

「えー、わかっからないなぁ。具体的に教えてよ」

「ちょっと静かにしてもらっていいですかね」

「……はい。調子に乗りましたあ……」

 日に日に距離感が近づいてきている。十分に近かった距離感が更に。

 そういえば唐突に思ったことだけど、失踪した私の恋心は何処に行ってしまったのだろう。色々思い出したくない凛霞さんの家に行ったあの日の晩から、朝に変わって起床した頃。はたと恋心が消えてしまったのだ。正直安心している。が、寂しいのも事実。

 ……知らない内に自己暗示でもかけていたのだろうか。自己暗示って認知してるじてんでおかしいけど。

「じゃあ、入りましょうか。水族館」

「うんっ」

 満面な笑みで答えてくれた。愛おしい。



 時間はあっという間だった。淡水魚ゾーンから海月くらげ、大きな水槽に入った鮫も。凛霞さんと来ていたからだろう。凛霞さんが居なければ楽しめていなかった、そう確信できる。

 


「凄い。海のトンネルだ」

「沢山いますね。あ、そうだ」

「どうしたの?」

「はい」

 私は、前に約束した品を握り、凛霞さんに差し出す。

「フェルト?」

「正解です」

 凛霞さんは私のフェルトを受け取ってまじまじと見ている。

「これは……蛸?」

「蛸です」

「でも脚が十本あるよ?」

「あっ……、返してください」

「嫌だねーっ」

 私より背が少し高い凛花さん、しかも腕が私よりも長いのもあって届かない。いや、私が短いのか。

「あー、顔近ーい。キスできちゃう。って、離れるの早っ!?」

「……」

「えーと、なんかごめん」

「いいですよ」

 無言で同時に歩き出す私と凛霞さん。蛸のフェルトのことは一度忘れよう。

「そうだ、夏乃」

 好きでは無くなった。という訳ではなく、好きがわからなくなったのかもしれない。と、自分自身で思うのもおかしい話かもしれないけれど。

 なんとも言い難い。そんな複雑な心情。

「おーい」

 まずそもそも、恋愛というものを軽く見ていたかもしれない。ここまで複雑だとは。

「もしもし?」

「はい?」

「やっと聴こえた。えっと、ゲームセンター寄らない?」

「……あの全国に設置された闇沼現金掃除機センターですか」

「えっ」

「良いですよ。望むところです」

「良いんだ」

 まだ今日の楽しみは終わりそうにない。

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