鬼なんて居ない
@HasumiChouji
鬼なんて居ない
政府やマスコミは「それ」らの所業を「罪もない弱い人々を無惨に殺戮し続けている」と言って非難した。
だが、この非難はある意味不当だった。「それ」らに美点が有るとすれば、人間界の下らない事情になど無頓着で、人間を分け隔てしない事だ。「善人も悪人も弱者も強者も分け隔てなく殺す」と云う意味ではあるが。
ある意味で、「それ」らは地震や台風のようなモノで、「それ」らが人々を分け隔てなく殺戮し続けた結果として弱者や善人が馬鹿を見る羽目になるだけなのだ。「鬼」の所業は憎むべきモノであろうが、「その被害を結果的に大きく受ける傾向にあるのは、どんなカテゴリーの人々なのか?」は、「鬼」の与り知らぬ、あくまで人間社会の問題だ。
もちろん、政府やマスコミも「鬼」の所業を「罪もない弱い人々を無惨に殺戮し続けている」と評する事は単なるプロパガンダだと知っている。「知性と自由意志と人に似た姿を持っているが自然災害の如きものとして対処すべき存在」を文字通り「
「皆さん、『そもそも鬼とは何か?』『それを踏まえて鬼類災害対策をどう改善すべきか?』についての結論は出ましたでしょうか?」
日本に「鬼」が出没するようになり、「鬼」に殺される人々の数が、人間に殺される人間の数よりも10倍以上になってから10年以上が過ぎていた。
「鬼類災害」の存在を政府が認めてから4年目にして、ようやく専門チーム「鬼類災害対策特務隊」が設立されたが、この専門チームの「成果」は……主として「鬼」に殺される人間の数を増やしただけだった。設立前は「鬼」によって一般人・警官・自衛隊員が殺されるだけだったが、「鬼類災害対策特務隊」設立後は、90%以上の割合で、一般人に加えて「鬼類災害」発生場所に派遣された特務隊のメンバーも殺されたのだ。それも、無意味に、犠牲者を減らす事すら出来ずに。
そして、東京の九段に有る鬼類災害対策特務隊総本部の一室には、特務隊総司令官と特務隊の顧問──生物学者・民俗学者・オカルティスト・いわゆる「拝み屋」・在野の妖怪研究者などなど──が集っていた。
「はい。我々は考えを根本的に改めるべきです。『鬼』は居ません。『鬼』と呼ばれる『何か』は居ますが、『鬼』と云う概念は『鬼』に対処するのには有害無益です」
顧問の代表である民俗学者がそう言った。
「はぁ? では、今までに出没したアレは一体全体……」
「例えば、鯱と鮫は……姿や生態は似ているかも知れませんが……たまたま、鯱と鮫が同じ時期に同じ地域で大量発生した場合に、鯱と鮫を……そうですね……『すてれんきょう』とでも総称したとして何の意味が有りますか?」
「え……っと……つまり……」
「はい、我々が『鬼』と呼んでいるアレは……少なくとも三十種類以上の別種の『何か』です。どの種類かによって有効な対処法は違いますが、外見から種類を判別するのは困難です」
「ちょっと……待って下さい……まさか……」
「ええ、種類毎に適切な対処法を行なえば撃退……少なくとも被害を減らす事も可能でしょうが、出没した際の通報から、どの種類かを判別するのは困難です。体格・肌や髪や目の色・角の本数などが似ていても全く違う種類の場合が有りますし、それらが全然違うのに同じ種類の場合も有り得ます」
「え……っと、では、どうやって判別をすれば……?」
「大丈夫です。肉片のサンプルが有れば、まぁ……そうですね……半日も有れば種類を特定出来ます」
生物学者がそう言った。
だが、総司令官の脳裏には、当然、2つの疑問が浮かんだ……。「有効な対処法」が判らないまま、どうやって肉片を採取する? そして……仮に肉片を採取出来たとしても、倒す方法が判明するまで半日もかかるなら……その間にどれだけの犠牲者が出る?
それともう1つ……。
「『鬼』の正体は、三十種類以上のたまたま外見が似ているだけの『何か』だと言われましたが……皆さんが存在を把握していない種類の『鬼』が存在する可能性は……?」
総司令官の質問に対して、顧問達は「何を今更」とでも言いたげな表情になった。
「そりゃ、大いに有ります。その可能性が無い場合の方が考えにくい」
総司令官は頭を抱えながら、最後の質問を行なった。
「あと……最近は『鬼』のみならず、『天狗』『河童』による被害も発生しているのですが……その……」
その質問に対して、在野の妖怪研究家は「待ってました」と云う表情で説明を始めた。
「いやぁ、妖怪研究では『鬼』『天狗』『河童』は文字通りの『
「『天狗』や『河童』も、実は、『たまたま外見が似てるだけの複数種類の何か』で、対処法は種類によって違う訳ですか?」
「よくお判りで」
「鬼類災害」解決への道は果てしなく遠かった。
鬼なんて居ない @HasumiChouji
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