終章
終章
その日も、蘭は涼さんと一緒に、重森裕君のいる家に向かうのだった。先日あんな風に意見を対立させたりもしたけれど、蘭は中途半端で終わらせてしまうのは、好きではなかったし、ちゃんと見届けるという思いもあった。
「今日は良く晴れていますね。」
と、蘭は、西富士宮駅に向かう電車の中で、そういうことを言ったのだが、すぐに、あ、ごめんなさいと口をつぐんだ。盲目の涼さんに、それは言ってはいけないことだ。
「すみません。変なこと言っちゃって。今日も、裕君と話ができるといいですよね。」
と、蘭はそういうことを言ってごまかすが、涼さんは、いいえ大丈夫です、とだけ答えた。富士駅から西富士宮駅までは、特に変わらない市街地を走っている。それに乗り降りする客も、少なからずいる。だからまだいいというか、まだ人がいて安全なのかもしれない。西富士宮を出ると、もうその先は、山の中で、秘境駅ばかりになってしまうので。
電車は、西富士宮駅のホームで止まった。蘭たちは、駅員さんに手伝ってもらいながら電車を降りた。そして、一般車乗降場へ行くと、約束通りお母さんがそこで待っていた。
「こんにちは、いつもありがとうございます。今日もよろしくお願いします。」
明るい声で言うおかあさんは、先日見せた、泣き顔とは全然違っていた。いつでも、障碍者の親というのは、こういう明るい顔をしている。怒ったり泣いたりしていると、障碍者自体が不安定になるためで、毎日そうしなければならないでいるお母さんも、かなりつらいだろうなと蘭は思った。
お母さんは、蘭と涼さんを手早く車に乗せた。それでは行きますよ、と言って、車にエンジンをかけて稲子方面に向かう。
「今日は、なんだか久しぶりに、雨が降らないで、うれしいです。この辺りは、山岳地帯だから、よく雨が降るんですよ。昨日なんて、雷が少し鳴りました。」
と、お母さんはそういう事を言った。
「ええ、そうでしたね。確かに、昨日は富士でも雷が鳴りましたよ。それで何か災害があったということはありませんでしたけど。」
涼さんは、そういうことを言った。ということは、雷が鳴ったということは、気が付くんだなと蘭は思った。まあ確かに、雷は音がするので、目が不自由でも気が付くのだろう。
「とりあえず、今日はお天気になったからよかったのではないですか。それは、良かったと思いますよ。」
蘭は、それだけ言った。何だか、ほかの人の話を邪魔してはいけないような気がした。
「裕君、どうですか?」
と涼さんは聞く。
「ええ、まあ、相変わらず部屋から出ないで生活しています。」
お母さんは、そう答える。蘭は、やっぱり効果なしか、とちょっとがっかりしたが、涼さんは、表情一つ変えず、わかりましたと言った。
「じゃあまた、病原体の話とかそういうことになるんですかね。」
と、蘭はがっかりするが、それではしょうがないでしょうと涼さんに止められて、そうですねえと言っておく。
本当は、重森君にははやく真剣に考えてもらいたい。自分には、正確に言えば自分の親には、もう時間がないということを。それを考え直さなければ生きていけいないこと。そして、自分を支えてくれる人もいずれいなくなってしまうということ。これに気付かせる方が先ではないのか。人間のやさしさとかそういうのを考えさせるよりも。
そういうことを考えながら、蘭はおかあさんの運転する車で、重森君の家に向かうのだった。その間に涼さんは、重森君の東京都内での生活ぶりを聞いたりして、恐怖感を成文化できたのだから、それを、口にしても、平気でいられるようにしようとか、そういうことを言っている。
本当に、それではいけないと思う。其れよりも自立する方へもっていかなければと思う。いくら、精神障碍者であっても、それはしなければいけないと思う。
「さあ、つきましたよ。」
とお母さんの声と同時に、車は重森君の家の前で止まった。相変わらず表札は、別のひとの名前が書いてある。それほど余裕のない家だと蘭は余計に彼らがかわいそうになった。だからこそ、重森君には自立してもらわないと困るのだ。
お母さんは二人を手早く車から降ろした。そして蘭も、涼さんも、お母さんに手伝ってもらって、車を降りる。涼さんは、玄関から部屋まで五歩と勘定しながら、いつも通りに玄関を入ってすぐの部屋に入る。
「こんにちは。」
と、涼さんは、部屋にはいってそういうことを言った。
「一週間経ちましたね。お元気でいらっしゃいましたか。」
「ええ、其れよりも世の中がさらにひどくなって、もう外へ出るのは危険すぎるんです。」
と、重森君は言った。
「そうですか。確かに危険すぎますね。僕たちも、駅で電車を待っているときも、みんな物々しい雰囲気でした。盲人だから顔つきがわかるわけではないけれど、でも、みんなえらく緊張して乗っていることはわかりますよ。」
「そうでしょう。だから今日は、先生も安全策を取った方がいいんじゃありませんか。出かけるときは、あらかじめ市役所に許可をもらって、外出許可済みのプラカードとか、体調不良でないプラカードを携帯するのを義務付けた方がいいと思うんです。そうでない人は、皆家にいた方がいい。そうでないと、感染者はどんどん増え続けます。もう行ってみれば、県をまたぐ移動をした人は、すぐに逮捕して、死刑にした方がいい。そうじゃないと、人を守ることはできませんよ。」
という、重森君に蘭は、ちょっとどころかものすごく怒りすら感じてしまって、思わず口を滑らしてこういうことを言ってしまった。
「君ね、そういうことを言っておきながら、全部母親に頼っている自分がいることを忘れていないかい?そういう政治家みたいなこと言っているけど、生活は誰のおかげでしてもらっていると思っている?そのエアコンだって、誰がかけさせてくれると思っている?本当は、県をまたぐ移動をする人じゃなくて、君のほうが、よほど死刑になるべきだと思うけど!」
「蘭さん、それはいってはいけませんよ。さっきも言った通り、彼の話しは否定してはいけません。」
と涼さんは言う。お母さんが、近くにあった刺す股を持った。蘭は、
「ほら、お母さんだって刺す股を持ったじゃないか。自分の子に、そういうものを向けなくちゃいけない、お母さんの気持ちだって考えてやれよ!」
と、強く言った。涼さんには蘭の位置関係がわからないので、肩を叩くとか、そういうことをして蘭を止めることはできなかった。お母さんが刺す股を強く握りしめる。裕君がもしここで包丁とか、金属バットを持っていたら、間違いなく刺す股がなければ対抗できなかった。
蘭が、まずい!と思い直したその時、稼働していたエアコンの音が突然消えた!裕君の部屋の中を照らしていた明かりも消えてしまった!
「あれ、何かしら。」
と、お母さんが言う。何だろうと蘭も思って周りを見渡すと、全部の電気が消えてしまっているらしい。つまり停電が起きたのか。そういうことであった。
「ああ、停電が起きたのね。まあ、そのうち、復興するでしょ。」
外で大きな雨が降ったわけでもない。雷が落ちたわけでもない。そういうわけだから、停電はすぐに終わる。と、蘭も思った。
しかし、裕君にとっては、そういうことではないようであった。周りを見渡して、まるでこの世のものとは思えないような恐ろしい叫び声を上げて、思いっきり自分の頭を殴り続けるのである。お母さんが刺す股で彼を抑えるが、お母さんにまで殴りかかろうとする。叫んでいる内容は、蘭にはよく聞き取れなかったが、涼さんは、この世の終わりだと言っていると通訳した。そして、もう自分たちは生きていけないと思っているということも話した。でも涼さんは、盲人であったから、裕君を止めることはできなかった。代わりにお母さんが裕君の体を押さえて、大丈夫だから大丈夫だからと一生懸命語りかけている。お母さんが裕君の目を右手でふさぎ、口の中にタオルを突っ込む。さすがに加れを平手打ちするとかそういうことはしないけれど、まるで動物園に入ってきたばかりの、野生のライオンを調教しているのと同じように蘭は見えた。人間は、おかしくなると、ライオンのような声を上げるものらしい。涼さんは一言、攻撃するのが、他人ではなくて、自分であるからまださほど重症ではないといった。盲人のくせによくそんなことが言えますねと蘭は思ったが、それは口にすることはできなかった。
まもなく、人間が、家の外へ出てくる音がし始めた。中には、どこかへ電話をかけている声もする。その人たちも、いらだっているのだろう、こんな大事なときに、停電なんかされては、非常に困りますと怒鳴っている。まあ確かに今はお昼を過ぎたばかりだし、仕事が稼働して当たり前の時間だ。多分、その苦情を、電力会社に言っているに違いなかった。
「大丈夫だからね。大丈夫よ。今、電力会社のひとが来てくれるから。」
お母さんはそういうことを言っていた。
「皆さん外へ出ましょうか。」
ふいに涼さんがそういうことを言った。涼さんの口調だけが、停電する前とまったく変わらないのである。なぜだろう。それは涼さんが盲人であるからで、普段から停電しているのと同じような景色で生活しているからだと蘭はわかった。
「ちょっと待ってください。こんなに不安定な状態なのに外へ出るというのですか。それはちょっと、酷というか、お母さんにも迷惑をかけるのではありませんか?」
と、蘭は涼さんに言うが、
「いえ、そういうことはありません。停電していれば、何も使えないのは、蘭さんもご存じのはずでしょう。」
と、涼さんは涼しい顔をしてそういうのであった。お母さんも狙いが何かわかったらしい。それじゃあ、行きましょうか、とやっと叫ぶのが終わった裕君をほら立ちなさいと言って立たせる。涼さんは、裕君の体から手を離さないようにとお母さんに指示をだした。お母さんはわかりましたと静かに言って、裕君を無理やり歩かせ、玄関のドアを開けさせて、外に出させた。
「一体何をするんですか。」
と蘭はそれだけ聞いたが、涼さんも、入り口から玄関まであと五歩とか言いながら、玄関に行き、手探りで靴を履いて、外へ出ていく。
蘭が、ワンテンポ以上遅れて、涼さんの後から外へ出ると、外には、隣の家のひと、向かいの家のひと、みんな外へ出ていた。みんな確かにつらそうな顔をしている。中には怒りの顔をしている人だっている。やがて、近所の人たちは、お互い声をかけ始めた。
「あーあ、これは困ったな。なんでこんなふうになっちゃうんだろう。これでは仕事ができないよ。全く、田舎だからと言って、電気の管理がすごくずさんだ。」
「そうだなあ、之ばっかりはしょうがないよ。この地区はただでさえ人口が少なくて、年寄りばっかりの地区だもん。東京みたいな、便利な所じゃないもん。」
「そうだなあ。あ、佐藤さんはそういえば、よく遠くの職場に通っていたよな。」
「ああ、それはもうやめたよ。遠くまで通うのは、一寸大変になってきちゃったもんで。今はうちの近所にある、若い奴が経営している会社を手伝っているんだ。まあ、仕事は少ないが、過去にあったことを、ちゃんと若い奴が聞いてくれるので面白いよ。」
何だか、こういう時に身の上話をするのは、なんだかなあと蘭は思うのだが、
「そうか。で、息子さんへの仕送りはまだしているの?」
「ああ、してるよ。あいつときたら、大学を出てもう就職してもいいのではと思ったのに、今度は、大学院に行き始めちゃって。もうあきれたよ。」
「ははは、いいことじゃないか。そうやって一生懸命勉強していればさ、必ずえらくなって、ご恩を何十倍にして返してくれるよ。ありがたいこっちゃな。」
と、近所のおじさんたちはそういうことを言っている。そんな話を裕君に聞かせてもいいのだろうかと蘭が涼さんに言おうとすると、
「あらら、君の家も停電したのかい?えーと確か、名前は、重森裕君だったね。」
と、近所のおじさんが裕君に声をかけてきた。
「ええ、彼の名は重森裕君です。」
裕君の代わりに涼さんが答えた。
「そうか、それでは大変だったね。東京は、変な病気が流行って大変だったんでしょ?」
と、近所のおじさんがまた言った。
「そうですね。彼は、その重圧に耐えられなく、御覧の通り、精神に異常をきたした状態です。でも、彼が悪いわけではありません。彼は、ちゃんと、社会のことを考えられる人です。でも今は、精神に異常があるため、それをできなくなってしまっただけのことです。」
涼さんは、そういうことを何もためらいもなく、口にした。
「彼は決して、殺人を犯すとか、犯罪をするとか、そういうことをする人間ではありません。精神障碍者というと、特別な人間のように感じられるでしょうけど、けっして強い人ではありませんから、犯罪をするというのはまずありえないと思うんです。そして僕は、彼の治療のため、ここに来させてもらっているんです。」
「ああ、えーと、そうですか。」
近所のおじさんはそういうことを言った。
「これだけおかしなことが蔓延している世の中だもの、多少止んでしまってもしょうがないよ。」
おじさんがわかってくれて、蘭は良かったと思った。
「おい、ヘリだ、ヘリだ、ヘリが飛んでる。」
と、別のおじさんが、頭上を見上げた。多分、政府か警察が派遣したヘリだろう。ということはどこかで大きな災害があって、それを確認するためにヘリコプターが来たのだ。おじさんたちが、おーい、おーいと言いながら、ヘリに向かって大きく手を振った。その間に蘭は、スマートフォンを出して、どこで災害が起きたのか調べてみた。しばらく検索してみると、隣の山梨県で落雷があったらしい。それでこっちにも停電が及んだものとみられる。
「よしよし、たぶん政府のヘリコプターだろうよ。そして、電力会社に命令を出してくれるだろう。どこの機械にも、今はパソコンが入っているというが、パソコンは指示されなければただの箱。人間も支持されなければただの箱にならないといいな。」
と、おじさんがそういったので、皆思わず吹き出してしまった。裕君でさえも一寸笑った。それを蘭は見逃さなかった。
「よしよし、笑顔が出れば大丈夫。後は、指示されなければ動かない電力会社が来るのを待ってようぜ。」
と、おじさんが言う。この時に杉ちゃんがいれば、でかい声で、月がーでたでーたー、月がでたーよいよいなんて持ち前のいい声で歌ってくれるかもしれなかった。人間、必ず何かそういう役割を持っている。普段それが発揮されなくても、こういうときに発揮してくれれば、その人は必要な人ということなる。
まもなく、車が走ってくる音が聞こえてきた。間違いなく、クレーンを装着した、電力会社の車だった。
「遅いぞ!何やってんだよ!こっちは、いい迷惑だぜ!」
「まったく、もっと迅速に対応してもらわないと困るなあ!」
おじさんたちは、そういうことを言っている。やがて、近くにあった電柱の前で電力会社の車が止まった。そして、おじさんたちに罵声を浴びせられながら、淡々と作業し始めた。おじさんたちは、文句は言っているけれど、電気技師に直接手を出すということはしなかった。もし、これが海外の何処かだったら、電気技師に石を投げつけたりする人もいるかもしれないと思った。
「もう大丈夫です。単に、ブレーカーが落ちてしまっただけの事でしたので、心配はありません。」
と、電気技師の一人がそういうことを言った。
「ええ?じゃあ、あの南部町の落雷とは無関係?」
と蘭が思わず言うと、電気技師は申し訳なさそうに頷く。
「もう。しっかりしてくれよな。俺たちは、電気がないと生きていけないんだからな!」
と、電気技師たちに、おじさんたちがそういうことを言っているが、その一部始終を見ていた裕君が、
「ありがとうございました!」
と深々と頭を下げたことが、蘭には忘れられない光景であった。おじさんたちは、文句ばかりいったけれど、裕君にはそういう風に見えたのだろうか。
「よかったですね。今回は、ただのブレーカーのことで。」
涼さんは多分、裕君の方を向いて微笑んでやりたいのだろうと思われる口調で、そういった。もし涼さんが盲目じゃなかったら、そういう事も可能だったんだろうが、涼さんにはそれはできない。お母さんが、近所のおじさんたちに、裕が迷惑を掛けましたと言っているが、おじさんたちは、いいってことよ、そういう敏感なやつはどこにでもいるさと明るい声で笑って、許してくれた。都会のひとであったら、こういうことはできないだろう。田舎というのは、なぜかそういう穏やかなところがあるのを蘭は知っている。
「今回は本当に失礼しました。これからはこういうことが起こらないようにしておきますので、これからもよろしくお願いします。」
と、電力会社の人たちは、そういうお詫びのセリフを言って、頭を下げて車に戻っていった。そして、クレーン車は、静かに裕君たちの集落を離れていったのである。
蘭は、ほっとしてため息をついたが、裕君が、電力会社の人たちが帰っていくまで、ずっと頭を下げていたこと、そして、涼さんが、焦点の合わせられない目で、裕君をそっと見つめているのが、特に印象に残った。そうか、精神疾患というものを持っていると、見えないところまで感動することができるんだ。そして、それを大げさだとか、おかしいなどと判決をしないで、思いっきり味合わせてやれる援助者。それが、もしかして、理想の接し方なのかもしれなかった。
「ああ、先生、あの停電を直してもらうのを待っていたせいか、いつもの契約時間より、二時間以上オーバーしてしまいました。じゃあ、その時間の分の料金も払いますから。」
と、お母さんがそういうことを言っている。しかし涼さんは振り向かずに、
「いえ、いつもと同じで結構です。今回の停電も、治療の一部だと思ってください。」
といった。お母さんは、わかりました、ありがとうございますと言って、涼さんにいつも通りの謝礼を支払った。涼さんは静かに受け取りながら、
「きっと、裕君にも変化が起こっていくと思いますから、楽しみにしてあげてください。変化がなくても、いつかまた来ると軽く受け流してください。」
と、小さい声でお母さんに言ったのを、蘭は聞き逃さなかった。そう考えると、なぜ、涼さんが、裕君を外へ出したのか、理由がわかってきたような気がした。
二人は、そのあと、お母さんの車に乗ってまた西富士宮駅へ送ってもらった。先ほど雷で電車は運転見合わせになっていないか心配だったが、電車はもういつも通り動いていた。蘭は、何気ない日常生活のありがたさを、裕君によって示してもらったような気がした。
それから、数日後。蘭は杉ちゃんと焼鳥屋へ行った。
「おい、焼焼き親父さん、もう一本頂戴!」
という杉ちゃんに、蘭はいつもなら、もう食べすぎだぞとか言うのだが、今回はそれも言わず、一つため息をついた。
「どうしたの蘭。さっきから黙りこくっちまって、何かあったのか?」
と、杉ちゃんが出された焼鳥特大サイズにかぶりつきながら、そういうことを言うと、
「いや、僕、富士宮の重森裕君のところに涼さんと訪問しに行って、、、。」
と、蘭はまた感動話を語りだすのだった。
「何だ、その話なら、なんぼでも聞いたよ。裕君、電気の専門学校に行くって、宣言したんでしょ。それで勉強始めたって、お母さんから手紙をもらったんでしょ。」
杉ちゃんがその感動話の全容を言うと、蘭はそれは言うなといやそうな顔をしていた。
「でもな、まだどうかわからんよ。傷なんてほんのちょっとしたことで、すぐにほどけちまうもんさ。今回は、まだ縫合したばかり、抜歯する儀式も必要になるだろう。」
「いや、彼は今度こそうまくいくんじゃないかな。」
蘭はあの時、裕君が、電気技師たちに頭を下げていたのを思い出して、そう予測した。その頭を下げていた時の気持ちをずっと忘れないでいてくれれば、裕君は二度と躓くことはないのではないかと、蘭は思った。
パピルス船 増田朋美 @masubuchi4996
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます