良い小雨びよりじゃのう!

ゆーどら

良い小雨びよりじゃのう!

儂の名前は小波海蔵


趣味は、晴れの日に近所の散歩をするおじいちゃんじゃ。そんなこんな、今日もカラカラ揚がるような散歩日和のはずじゃった。


そう、儂にとっての当たり前に荒波が立つまでは。


「ばあさん。いつもの散歩に行ってくるからの」


ばあさんの顔はちと不機嫌そうじゃった。じゃが荒波を立てたくないので、儂はそれ以上は何も言わんかった。名前なりに小波だからの。


ユニークな波を胸に秘め、玄関を一歩踏み出す。すると、頭から涙がこぼれた。


これは…?




「こ、小雨じゃ…!小雨がふってきおったっ!!」



儂の散歩日和に波を立ておる、小雨!!!許せなかった。だから、儂は空に向かって叫んだんじゃ。



「おーーい雲よっ!お前はなぜ、儂の散歩日和にこんな荒波を立てるんじゃあっ!!散歩は鷲の生きがいなんじゃ!!さっさと降るのをやめい!!!」



雲に向かって叫ぶ儂。


空には帰らぬ言葉と、帰らぬ何十年前かの恩師たちの姿が見えることはなかった。


この世界に神様とやらがいて、本当に人間の声を聞いているなら。儂の前に現れて、この小雨を止めてもらいたい!!神よ!!!



「じいちゃん!!」

空から声が聞こえた。


「こ、この声はまさか……!神さま!?」


「うんっ!えへへ…小雨降らせちゃったぁ!」


「神とやらは子供みたいなやつじゃのう!ところで、この小雨は今すぐにでも止めることはできるんじゃろう?儂は散歩がしたいんじゃ」


「それはね。僕にはできないの。だって僕の涙とおしっこは命を作り出すんだ。たぶん、100万以上の生物がいてね、この世界に、こうして水を届けなきゃいけないの」


「でも散歩が…」


「これ使ってよ、じいちゃん」


突如、雲の向こうから何かがふってきおった。

それは1本の立派な傘だった。



「人間には、人間の役目があるんだよ。じいちゃん。それはね、何かを作ることさ。僕のおしっこと涙で溢れても、だって人間は、それを避けることのできる傘という道具を作ったじゃないか」


「そうじゃな。わしの身近には…こんなにも偉大な傘という道具があったのぅ」


「そうだよじいちゃん。これからも風邪に気をつけて、その神様の傘でいつまでも楽しい散歩日和を送ってね!」


「ありがとう、神様」



その日から、儂の人生は傘に捧げた。


手先が器用だった儂のお父さんの血に感謝し、様々な傘を作り出した。いつの間にか熱中し、何十通りの傘が出来たのじゃ。


人も動物も濡れにくく、使いやすい傘を作るために研究を重ね、儂はついに最高の傘を完成させた。


生涯をかけた最高の傘を。




そして儂は、また数十年前の君に会いに行くんじゃ。



「なぁ、ばあさん。 儂の作った傘は、丁度二人分入るんじゃ。あの小雨の中を、少しだけ散歩しないか?」


ばあさんが照れくさそうに顔を背けたが、こくりと頷いた。その瞬間の少しの時間だけ、あの頃の僕と制服姿の可愛い君の姿が見えた。



儂にとって、神様がくれたあの傘はいつまでも宝物なのじゃ。


良い小雨びよりじゃのう!


end


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