第12話 きつこ、S機関に潜入し、窓居圭太、榛原ミミコも後を追う

作戦会議の約15分後、僕、ミミコ、お姉ちゃん、そして明里あかりの4人は、私鉄の五反田ごたんだ駅構内、改札口の前にいた。


「じゃあ僕とミミちゃんはこれから、きつこの指示に従って高輪たかなわまで移動するよ。


おふたりはどうもご苦労さま。僕らの連絡を家で待っててくれ」


未練をいまだに表情かおにじませながらもわがお姉ちゃん、しのぶはこう答えた。


「分かったわ、けーくん。とっても心配だけど、きつこさんがいるから彼女を頼みの綱にして、お姉ちゃんたちはここで身を引くわ」


なんだか演歌の悲劇のヒロインみたいなセリフをつぶやいてるな。


「まぁ、いざという時はまたお姉ちゃんズが駆けつけるでぇ。遠慮せんと、いつでも連絡してや」


明里がそう付け加える。


こいつ、この口ぶりじゃ絶対、このままおとなしく帰るとは思えないな。帰るふりして僕たちを尾行つける気、まんまんだろ。


でも、今はあえてそこにツッコまない。


とりあえず、ふたりが潔く戦線離脱をのんでくれたから良しとするのだ。


僕とミミコは手を振ってお姉ちゃんズと別れ、地下鉄の駅へと向かった。


その道すがら、僕は〈ねん〉をきつこに飛ばした。


“僕だ。そちらはどんな感じだい、きつこ?“


圭太けいたか。ボクはさっきマサルっちにかけた喪神そうしんの術を解いたよ。


意識を取り戻したマサルっちは、しばらく周囲をキョロキョロ見回していたけど、じきに自分の身に起きたことを悟ったようで、さっそく携帯でS機関に連絡を入れていたよ。


電話口だから、向こうの発言内容はよく分からなかったけど、マサルっちにとりあえず機関に戻って詳細を報告してもらい、その上でこれからの対応策を考える、そんな話の流れだった。


今マサルっちはどうしてるかと言うと、お店を閉めてからビルの外に出て、大通りまで歩いて来ているところさ。


あっ、マサルっちがちょうどやって来たタクシーを止めた。それに乗るってこったな。


じゃあ、ボクもそれに便乗してS機関まで移動するから、圭太たちもおっつけ高輪まで来てくれ“


そこでいったん〈念〉は途切れた。


僕は隣りで歩いているミミコに、こう声をかけた。


「ミミちゃん、今、きつこと連絡が取れたよ。


榛原はいばらがここからも遠くに見える大通り、国道1号線からタクシーに乗ったので、それにくっついてS機関に行くって言ってる。


僕たちも作戦通り、地下鉄で高輪まで移動することにしよう」


「了解です、圭兄けいにい


ミミコは八重歯を見せながら、にっこりと微笑んだ。


      ⌘ ⌘ ⌘


地下鉄の中でミミコは家から持ってきたメモを広げ、S機関の所在地を改めて確認した。


スマホで地図を表示してみると、ひとつ隣りの高輪台駅から徒歩で5分くらいの場所だった。


ほどなく電車は高輪台駅に着いた。タクシーだから、榛原たちはとうの昔にS機関に着いていることだろう。


僕は再び〈念〉を相棒きつこに飛ばした。


“今、近くの駅にいる。そちらはどうだ?“


“S機関にいるよ。マサルっちは今、担当者の外人さんと会って話をしているところだ。


マサルっちは作戦に失敗したことで、とくにキツいお叱りを受けてるふうではないな。


むしろ外人さんは、マサルっちの身体からだの心配をしているようだ。


物理的なショックによらず一瞬にして人の意識を喪失させるなんて、通常の科学ではありえないわざだからね。


脳に何か悪影響はなかったかどうか、念のためこれから脳波の検査を受けるみたいだ”


“そうか。そりゃそうだよな。


でも、実際には彼の身体に悪い影響はないんだよな?”


“あぁ、それはないから安心してくれ。


われわれ神使しんしは、人間に命にかかわる危害を加えることは許されていないからね”


“それを聞いてひと安心したよ、きつこ。


僕たちはひとまずS機関の近くの喫茶店にでも入って待機しているよ。


何か変化があったら、そちらから連絡を入れてくれ”


“らじゃあ。じゃ、しばらくはミミコっちとの甘ぁ〜いデートタイムを楽しんでいてくれよ、圭太❤️“


きつこは鼻にかかったような妙に甘ったるい声でそう言った。


僕はあわててその発言を否定した。かぶりを振りながら。


“そんなんじゃないから、僕たち!


あくまでも兄を気遣う妹と、兄の親友、そういう関係だから!!”


思わず、汗が僕の顔から噴き出て来た。


僕の様子を見て、ミミコは怪訝けげんそうな表情をした。


“とにかく、よろしく頼むな、きつこ!”


そう伝えて僕は一方的に交信を切った。


これ以上、きつこにイジられたんじゃたまらん。


「圭兄、なんかあったの?


とてもあわてていたみたいだったけど。


マーにいに何かあったとか?」


さっそくミミコに、そう尋ねられてしまった。


「い、いや大したことじゃないんだ。


少なくとも榛原の身に何か起きたわけじゃないから、心配しないでいいよ」


「ふぅん、そうなの。だったら、よかった」


ミミコの素直な性格が幸いして、その場は事なきを得たのだった。


それから僕とミミコは駅周辺をしばらく徘徊し、「ミモザ」という名のカフェを見つけてそこに入った。


高輪台という高級住宅地の土地柄か、蔦の絡まる煉瓦造りの洋館で、閑静でなかなかお洒落な雰囲気の店だった。


「素敵なお店ね、ここ」


「うん、そうだね。僕たちの街の『シャトウ』なんて古臭いだけの喫茶店とはえらい違いだな」


「シャトウ? そう言えばそんなお店、駅前にあったよね。


おばあちゃんひとりだけでやっている喫茶店。ミミコも思い出したわ」


そんな他愛ないやり取りをしているうちに、僕たちのオーダーが、ひげを蓄えたちょっと渋めのイケメン中年マスターによって運ばれて来た。


僕はブラックコーヒー、ミミコはロイヤルミルクティー。


飲みながら僕たちは、店の大きく開け放たれた窓越しの風景を眺める。


豊かな緑陰と、溢れるばかりの陽光。


そう、今気づいたことだけれど、夏は真っ盛りなのだった。


ちょっと今の状況、榛原をめぐる緊張状態にはそぐわないかもしれないけれど、きょうが夏休みの1日目であることも、まぎれもない事実なのだった。


取り止めのないおしゃべりも、つかの間の息抜きであるならば許されるだろう。そう考えて、僕はミミコにこう切り出した。


「そういえば、ミミちゃんのお父さん、お母さんはどちらに行かれたんだろうね。


特に行き先を決めずに、気の向くままに進路を取るのが旅の醍醐味だと言っておられたんだよね?」


「うん、そうなの。着いた先から連絡はするって、言ってたけどね。たぶん夜になったら、メールが来ると思うわ」


「せっかくの夫婦水いらずの旅行だから、僕たちのことなど気にせずに楽しんで来てもらわないと、だね」


「ええ」


「ところで、ミミちゃんはこの夏休み、どう過ごす予定なの。中3だから、やっぱり高校受験の準備?」


「え、えっとね…」


一瞬の間があり、ミミコはこう答えた。


「実はどこの高校を受けようか、ちょっと迷っているの。


中学の進路指導の先生からは、『榛原さんは近くの都立高校は確実なレベルだから、そこは受けないとね。あと、もうちょっと欲を出して大学進学に有利な私立女子校も併願しておいたら』と言われているの。


でも、ミミコはそういう高校にあまり行きたいと思わないの、最近は。


出来ればマー兄や圭兄のいる池高いけこうに行きたいと思っているんだ。


でもそのことを先生に正直に言ったら『えーっ、もったいない』って言われてしまったの。『あなたならもっと上を狙えるじゃない』って…。


あ、ご、ごめんなさい。圭兄の気を悪くするようなことを言っちゃって。


ミミコ自身は、池高は素晴らしい高校だと思っているので……」


ミミコはあわてて、自分の失言を詫びた。


「大丈夫だよ。僕は全然気にしていないよ。


池高がいわゆる進学校には入らないことは、僕もよく知っている。毎年の進学実績を見れば、それは誰の目にも明らかだ。


でも、いいところもいっぱいある。たとえば、いじめとかスクールカーストみたいなものとは、無縁な学校だというところだ。


特に上昇志向もないけど、誰かをおとしめて受験勉強のストレスを解消するような、ねじくれたヤツもいない。


いない、というよりは、そういう人間が出てこないよう、上級生は後輩のケアをする。そんな校風なんだ。


進学実績を上げることよりも、誰も仲間はずれにならない、そっちの方がよっぽど大切だって先生がたも知っている。


だから、池高は僕にとって理想の学校なんだ。


ミミちゃん、きみの成績からすれば適当な進学先でないかも知れないし、先生がそうおっしゃるのももっとものことだけど、もしきみが池高に入ってくれるのならば、僕はとてもうれしいよ。


もっとも、一緒に学園生活を送れるのはたったの1年だけになっちゃうけどね」


僕はそう言って、笑った。


ミミコも、それを聞いて顔をほころばせた。


「圭兄にそう言ってもらえて、心強いです。


いちおう、先生を安心させるために都立とかも受けるけど、池高も併願するね」


ミミコは、そう言った。


榛原と同じ高校に入りたいなんて、この子は本当に兄のことが好きなんだな。


その一途な思いをそこなわないためにも、榛原の身は全力で守ってやらねばならないな。


僕は心の底から、そう誓ったのだった。


夕暮れ近い午後、僕たちは和やかな時間を過ごしていた。


これがずっと続くんじゃないかと、錯覚してしまうぐらい。


けれどもちろん、それは永久に続くわけもなかった。


僕たちは、束の間の休戦時間を味わっていただけなのだから。


店に入って小一時間あまりが経過した頃、僕はにわかに強い〈念〉を頭の中に感じとった。それはもちろん、きつこから発せられたメッセージだった。


“圭太、お待たせ。いよいよ機関が動いたぜ“ (続く)

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ぼくの初恋は、始まらない。(完全版) さとみ・はやお @hayao_satomi

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