第11話 窓居圭太、きつこらとS機関潜入作戦を練る

高槻たかつきさおり・みつき姉妹との〈ねん〉の交信を終えた僕は、「バブきつねっ」の店内へと戻った。


女子たちはなぜか立ったまま、僕の方を見つめている。


いきなり店の外に出て行った僕のことが、気がかりだったのだろうか。


「おかえり、けーくん。電話は誰からやったん?」


すぐに明里あかりが僕に尋ねてきた。


「みつきちゃんさ。それに高槻さんとも話した」


「あぁ、きつこちゃんの下宿先の、ツインテ妹ちゃんね。


けーくんとも、いろいろ因縁があったとかゆー」


「変な言い方すんな、あかり。


ミミちゃんが誤解するだろーが」


僕が口を尖らせて抗議すると、明里は「ふっふーん」と鼻を鳴らして、ニヤニヤ笑いをしている。困ったもんだ。


「彼女たち、きつこがいきなり姿を消しちまったもんだから心配して、僕が絡んでいるんじゃないかって聞いて来たんだ。だから事情を説明してやった。


でもこのやり取りのおかげで、これから僕たちが取るべき道がはっきり見えてきたんだよ」


「「「「というと?」」」」


女子4人全員が同時に尋ねてきた。


見事なユニゾンだ。


「きつこ、お前を切り込み隊長に任命する」


僕は正面にいる巫女姿の狐耳少女に、ビシッと指を差してそう告げたのだった。


      ⌘ ⌘ ⌘


「つまり、こういうことだ。生身の僕らがS機関に乗り込むのは危険極まりない。


それこそ、飛んで火に入る夏の虫になりかねない。


だから、この中で唯一姿を消すことの可能なきつこに、お願いしたいんだ。


正気に戻った時、機関に戻っていくだろう榛原を尾行して、S機関内に潜入して欲しいのだ。


そして、僕と常に〈念〉で交信して、その様子を逐一報告してもらいたい。


僕はどうするかといえば、敵さんからは直接攻撃を受けない程度に距離の離れた場所で、きつこの報告を受ける。


もしもきつこひとりでは手に負えないような事態、榛原の身に何かあるような時には、僕も加わって応戦するつもりだ。


だからこれからは、人数をギリギリまで減らしたい。


きつこと僕以外のみんなには、いったん撤退して欲しいんだ。


何か危険な事態が起きた時に、か弱い女性が大勢いると不安が大きすぎる。


申し訳ないけれど、僕たちふたりに任せてもらえないか」


僕がそう言うと、お姉ちゃんがいかにも泣き出しそうな表情でこう呟いた。


「ええーっ、そんなぁ…。


せっかくわたしたち、けーくんのことを心配してここまで来たのにぃ…」


明里もそれに続いた。


「そうやそうや。さっき、しのぶちゃんがきつこちゃんを呼ばなかったら大変なことになっとったで。


それなのに、あんまりや」


これには僕も、一瞬詰まってしまった。


「いやぁ……そのことには感謝してるよ、きみたち。


ホントに命拾いしたよ。


けれど、それとこれとは別なんだ。


S機関は複数の人間で潜入するには、あまりに危険が多すぎる。


きみたちを危険には巻き込みたくはない。


どうか分かってくれ」


僕の言葉を聞いて、お姉ちゃんも明里もそれ以上は何も言えなくなった。


と、それまでずっと黙っていたミミコが不意に口を開いた。


彼女の顔を見ると、緊張して思い詰めたような表情だ。


唇も、心なしか震えている。


「ミミコも、圭兄けいにいのおっしゃる通りだと思ってます。


ミミコたち非力ひりきな女性がついて行ったのでは、圭兄の足手まといになりかねないと思われて当然だと思います。


リスクは出来る限り減らす必要があります。


でも、そうはいってもやっぱり、ミミコにとってマーにいは、たったひとりのかけがえのない兄なんです。


彼の身にまさかのことが起きた時に、ミミコがそばにいてあげられないなんて事態、とても耐えられません。


ミミコ、圭兄の足を引っ張るようなことは絶対にしないと誓います。


一生のお願いです。


ミミコを連れて行ってくれませんか…」


見る間にミミコの大きな両目には涙がたたえられ、そして大粒のしずくがしたたり落ちたのだった。


「う…」


これには僕も、さすがに言い返すことが出来なかった。


ここまで思い詰めた態度を取られて「ノー」と返す無情さは、僕にはない。


しばしの沈黙の後、僕は口を開いた。


「分かったよ、ミミちゃん。


きみの気持ちはもっともだ。


ミミちゃんが榛原を思う気持ちは、僕とは比べものにならないくらい強い。それを無視することはとても出来ない。


行こう、僕と一緒に」


そう言って、僕はミミコの小さな手を取った。


ミミコの両頬が、ポッと紅く染まった。


それを見て、明里とお姉ちゃんは顔を見合わせ、親指を立てる「グッジョブ」のサインを交わし合った。


なんで?


それはまぁいいや、彼女たちがミミコだけ僕に随行することに文句を言わず、おとなしく撤退をのんでくれたことにひと安心した僕だった。


「じゃあきつこ、そしてみんな。これからの細かな打ち合わせに入ろう」


僕たち5人は再びソファにかけ直し、作戦会議を本格的に始めたのだった。


      ⌘ ⌘ ⌘


「ふぅん、ということは榛原はこのままでも数時間経てば自然と目を覚ますけれど、お前がキューを出せば好きな時に目覚めさせることが可能ってことか」


「そういうことさ、圭太」


神使は無邪気な笑みと共に、そう返事した。


「分かった。まずは、僕たち4人の人間はこの場所を離れる。


しかるのちにきつこが喪神そうしんの術を解く。


すると榛原は正気に戻り、自分の目論見が失敗したことに気づくだろう。


そしてS機関の担当者に連絡を取り、機関へと移動するはずだ。


きつこにはそれを尾行してもらう」


「らじゃあ」


「榛原が高輪にあるというS機関に着いたら、きつこは僕に〈念〉でらせてくれ。


そうしたら僕とミミちゃんは機関の近くで待機する。


その後も、機関の中で起きていることを監視して逐一報告してくれ。


とにかく、自分だけでは判断せずに必ず僕に相談して欲しいんだ」


「いいよ」


「場合によっては、僕の判断だけでなく、お姉ちゃんやみつきちゃん、高槻さんの意見も聞くつもりだ」


「けーくんひとりで背負い込むより、それがいいわね。


わたしたちも、榛原さんを助ける役に立ちたい」


「ありがとう、お姉ちゃん。


幸い、その4人は神使として〈念〉を使うことが出来るから、離れた場所にいても携帯すら使わずに、まるでリモート会議のように意見交換をすることが出来る。


全員の知恵を合わせれば、何かしらいい手が見つかるはずだよ」


「それを聞いて、安心したわ。絶対うまくいくって」


明里も笑顔でそう言った。


「そうあって欲しいけどな。


でも一応、まさかの事態に備えておかないと」


僕はそこで立ち上がって、お店の薄暗い厨房に向かった。


「過剰防衛にならない程度の、護身なら許されるよな」


食器類の入った戸棚の中身をしばらく吟味していた僕が手に取ったのは、1本の小ぶりな擂粉木すりこぎだった。


「あー、けーくんが凶器を準備しとるわ!」


さっそく、すっ頓狂とんきょうな声を上げる明里。


「一撃必殺、だね!」


きつこまで悪ノリして言いやがる。


あわてて「こ、攻撃用じゃないんだからね、あくまでも護身用なんだからね」とみんなに言い訳をしながら、僕はそれを自分のショルダーバッグにねじ込んだのだった。


もし敵さんが殴りかかって来たら、それを使って最低限の防御は出来る、そういう仕組みだ。


「それから、それ以外にもリスクヘッジを取る必要はあるよな……」


そう独り言を言いながら、しばらく一休いっきゅう禅師よろしく自らの側頭部を指で叩いていた僕だった。


15秒経過。にわかに脳内にフラッシュライトが点いた。


「タラララッタラ〜ッ!!」(某発明品アニメのSE)


僕はきつこに、すっと目配せをした。


他の女子に気づかれないよう、巧みに。


そして、他の女子に聞かれぬよう、〈念〉を送った。


“きつこ、いざという時のために、お前の得意技をあらかじめ榛原にかけておいてくれ、つまり……”


それを聞くと、きつこの表情がみるみる変化していった。


そう、それはまるでいたずらを成功させた時に悪童が見せるような、会心の微笑みだった。(続く)

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