第10話 窓居圭太、高槻姉妹と〈念〉を交信する

きつこと明里あかりとしのぶ、かしましい3女子のから騒ぎのせいでなかなかいいアイデアが浮かばなかった僕だったが、ちょうどそこにスマホがブルッと震えて、メールの着信を知らせた。


画面ディスプレイを見ると「みつき」とある。


僕は4人の女子に「ちょっと失礼」と伝えて、スマホを持って店の外に出た。


「みつき」とはもちろん、ツインテールのツンデレ高1生、高槻たかつきみつきのことだ。


以前、彼女が僕の姉のふりをしてメールを送り、僕を銀座まで呼び出したことがある。その時のアドレスを登録しておいたのだ。


メールを開けてみると、こんな文面だった。


圭太けいた、さっきからきつこちゃんの姿が見当たらないの。これからお風呂に入るとか言ってたのに、風呂場はもぬけのカラ。


何も言わずにいきなり消えるとか、どーゆーこと?


もしかして、あんた、なんか知ってるんじゃないの?


きつこちゃんって、毎朝瞬間移動テレポートしてあんたを起こしに行ってるくらいだから、これって絶対あんたが絡んでると思う。


どう、図星でしょ? 事情わけをちゃんとあたしに説明しなさいよ!」


そして、その後にはみつきの携帯電話とおぼしき番号が書いてあった。ここにかけろってことだよな?


さっそくその番号にかけてみる。トゥルルル……。


「圭太ね? 電話、待ってたわよ。


やっぱり、きつこちゃんと一緒なんでしょ?」


着信するや超早口でたたみかけてくるみつき。タジタジとなりながら、かろうじて返事する僕。


「あ、あぁ、その通りだよ、みつきちゃん。


これにはちょっと訳があってさ……」


そして、これまでの顛末てんまつを1、2分程度のウルトラショートダイジェスト版で彼女に説明したのだった。


「…ということで、きつこのおかげでとりあえず一難は去ったんだけど、榛原はいばらの問題は解決したわけじゃないんで、僕たち5人はその打開策を考えて悩んでいたところなんだ」


「ふぅん、これでだいたいの事情はわかったわ。


あたしもさおりちゃんも、とても心配していたのよ。圭太の身に何かあったんじゃないかと思って。


これは圭太じゃなくて、榛原さんのトラブルだったのね…。


それも、まだ安心出来る状況ではないってことね」


「あぁ、そういうことさ。榛原が正気に戻っても、S機関からのしつこい圧力まで消えるわけじゃない。


特に気になるのは、機関の日本支部の担当者なんだ。


どうやら、催眠術などを駆使して榛原をコントロールしようとするツワモノらしいんだ」


「それは手強てごわそうね。きつこちゃんの能力ちからでも太刀打ち出来るかどうか、だわ」


「だよな。そいつにどう向き合えばいいのか、僕たちは考えあぐねていたところなんだ。


みつきちゃん、きみはどうすればいいと思う?」


「そうね……まずは、榛原さんを機関にいったん帰して、相手の出かたを見る。


それぐらいしかないんじゃないかしら」


「みつきちゃんも、そう思うんだ。


実はそれだけじゃなくて、ほかの選択肢として、僕と榛原の妹、ミミちゃんが彼と一緒に機関に乗り込む、そして先方と交渉をするという手も考えてはみた。


だが、榛原のことだ。僕とミミちゃんを巻き込むことを望むとは絶対思えない。


担当者に引き合わせるなんて危ない手を、彼が選ぶわけがない。たとえ、僕とミミちゃんが望もうと。


なんとか自分の力だけで、ことを解決しようとするに決まっている」


「そうでしょうね、彼の性格なら」


「うん。それは僕も十分わかっているつもりだ。


でも、だからといってそのまま彼を機関へと送り出すだけだと、事態はいっこうに好転しないという気がするんだ。


どうしたら、いいんだ?」


「そうね、ここは…発想を変えてみたら、いいんじゃない?」


「ん、というと?」


「圭太が全部自分でやろうとせず、頼もしい代理人にまかせるってやり方よ」


「頼もしい代理人?


それってもしかして……きつこってことかい?」


「そう。ビンゴよ」


「要するに、榛原ひとりでなく、気配を消したきつこを彼に同伴させるって手か。


そいつは気がつかなかったわ」


「きつこちゃんなら、相手に気づかれることなく機関を偵察することが出来るし、生身の人間が乗り込んだら起こりうる危険も、たぶん回避出来るはずよ」


「でもあの子、ちょっと天然なところがあるから、全てをまかせ切りにするのはどうなんだろ。


けっこう、リスキーなんじゃないかい?」


「やっぱり、そこが気になるのね。


でも、そこをカバーする手はあると思う」


「つまり、僕たちがバックからきつこをサポートすればいいってことだね?」


「うん。圭太、〈ねん〉はもう使えるようになったでしょ?」


「あぁ。きつこに教えてもらって、彼女とはちゃんと交信出来るようになったよ」


「だったら、問題ないわ。


きつこちゃんと交信出来るということは、あたしとも出来るはずよ。


さおりちゃんも最近、あたしから教わって〈念〉を使えるようになったわ。


ということは、圭太とさおりちゃんが交信することも、出来るんじゃないかしら。


じゃあ、試してみましょ。電話、いったん切るわね。


精神、集中させてて」


そこで通話は切れた。


僕が目を閉じて黙想していると、頭の中にすっとわき起こる波動のようなものがあった。


うん、間違いない。これが〈念〉だ。


“圭太、聞こえる? あたしよ。


聞こえたら、〈念〉で返してみて“


みつきの少し高めの声が、僕の頭の中で響いた。


“うん、聞こえるよ、みつきちゃん。


とてもはっきりと聞こえる“


僕がそう〈念〉で返すと、再びみつきの声が。


“圭太の声もしっかりと聞こえるよ。


〈念〉での交信は、ふたりとも同じチャンネルに合わせないと成立しないんだけど、それは完全に出来ているみたい。


それじゃ次に、さおりちゃんに代わるね”


みつきの〈念〉がそこで消え、入れ替わるように別の〈念〉が僕の頭へと入り込んできた。


窓居まどいくん、わたし、高槻です。


聞こえるかな?”


間違いなく、みつきの姉、さおりの声だった。


“うん、ちゃんと聞こえるよ、高槻さん”


“よかった。これでわたしも窓居くんも、一人前の神使しんしになれたってことだね”


“そうだね。これからは、じかに会わなくても、いろんなことが話せるってことかな”


“ってことは、窓居さんと秘密の話も出来るってことだね、よかったね、さおりちゃん“


いきなり、みつきの声が割り込んできた。


これには、高槻もアワアワとした声になってしまった。


“な、何を言うの、みつきちゃん。


わたしは神使としての職分以外で、この〈念〉を使ったりしないわ。そんな、秘密の話なんて…”


“いいのいいの、無理しない。


使えるものはなんでも使わないと。


遠慮してたら、あたしが先に窓居さんと仲良くしちゃうからね。それでもいいのかな?”


“えっ、ええ〜っ”


みつきの露骨な煽りに、オロオロするばかりの高槻だった。


それを気の毒に思った僕は、高槻に助け舟を出すことにした。


“まぁまぁ、ふたりとも。稲荷の神様にも『神使の力はみだりに使うべからず』と言われたじゃない。


基本、〈念〉は『業務連絡』用のものなんだからね“


“そ、それはそうだけど…“


急に口ごもる、みつきだった。


正面から正論を言われてしまうと、いかな彼女もさすがに反論出来ないようだ。


ことに先日、僕を勝手に監禁した件で神様のキツいお叱りを食らったばかりのみつきなので、「再度のお目玉は勘弁」なのだろう。


“じゃあ、これで神使どうしの意思疎通はパーフェクトになったね。


常時きつこと連絡をとり、かつきみたちの意見も聞きながら機関への潜入作戦を進めていけば、なんとか事態をいい方向にもっていけるんじゃないかな”


“そうね。そういってほしいわ“


“きっと、うまくいくわよ。


あたしたちが総力で取り組めば、不可能の文字なんてないわ“


姉妹は口々に、同意を表明してくれた。


“だな。ふたりとも、どうもありがとう。


じゃあ、また連絡するよ“


そう言って、僕は高槻姉妹との交信を終えた。


僕ひとりで考えていては、こんなふうにいい策は思いつかなかったろう。


3人寄れば文殊の知恵、あるいは3本の矢か。


頼れる仲間バディーズとの相談こそが、一番の問題解決策なんだなと痛感した僕だった。(続く)

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