第14話 一緒に歩いて行きたい

「ばっちこーい!!」


 雲一つ無い青空、鳴り響く金属バット。

 頬をしたたる汗、泥まみれの練習着。


「おらー! 梶本ー! 腰がたけーぞ!」


「すいませーん! も一本お願いしまーす!」


「おっしゃ行くぞー!」


 俺は今、ノックを受けている。


 唐突なことで驚かれると思う。

 北原はもちろん、母さんも驚いていた。


 いや、野球はもともとやってたんだけど。


 グローブを押し入れから出したのは中三の春以来だ。


 五月に怪我をして、最後の大会に出られなかった。

 三年の冬前には怪我は完治していたけど、なぜかそれ以来野球をやる気にはならなかった。


 いや、俺の野球経歴はどうでもいいか。


 なんで俺が再び野球を始めたかというと、浦内の言った”自分の道”だ。

 別に野球に人生を捧げる! とか、プロ野球選手を目指す! とかそんな大仰なものじゃ無い。


 けど、何か。


 何か今いる場所から進まないとと思って。



 浦内が学校を休むようになって一週間ほどしたところで野球部に入部。

 今はそれから一ヶ月と経ったころ。


 浦内が戻ってくると言っていた二ヶ月まで、あと数週間残っている。


 始めの方は、正直寂しさが勝っていたけど、今はそれよりも毎日の充実感が勝っている。


 うちの学校の野球部は別に強豪じゃない。

 けど練習が終わる頃には毎日クタクタだ。


 その体を動かした開放感とか、学校で話しかけてくれる人が増えたとか、そういう積み重ねが充実感につながってるんだと思う。


「よーし、全員集合!」


 そして、今日の練習が終わり、キャプテンの号令で顧問を囲むように集合する。

 顧問の総括で部活動は終了だ。


 まあ、話と言っても、半分くらいは上級生向けの話なんだけど…。


「…梶本!」


「っ! はいっ!」


 不意の顧問からの名指し。

 前例の無いことで一瞬遅れて返事をした。


 も、身に覚えが無く困惑する。

 …俺、なにかやらかしたりしたか?


「お前、週末の練習試合スタメンで行くぞ。セカンドな。準備しとけー」


「…はい? いや、セカンドは森田先輩がいらっしゃりゅじゃないですか」


 すると後ろからバンと背中を叩かれる。

 振り返ると、森田先輩が笑っていた。


「俺、ちょっと手首やっちまってさ。今週のは見送らせてもらうことにしたんだわ。三年には言ってあるから、頼むな!」


「は、はい!」


「つーか、カジ。何噛んでんだよ、緊張してんのかー?」


「そ、そりゃしますよ!」


 他の部員にも笑われる。

 けど、嫌な気は全くしない。


 俺は本当にこの部に入ってよかったと思ってる。


 これも、すべてあいつのおかげだな。




 学校からの帰り、電車の中でスマホを取り出す。


『今週の土曜日、野球部の練習試合に出ることになった』


 LIMEのメッセージを打ち込んでいく。

 相手は浦内だ。


 想像通り、学校を休むようになってからあいつからは一度もLIMEはこなかった。

 から、俺も一度も送ってない。


 これが、あいつがいなくなって初めてのLIMEだ。


『もし、時間があったらでいいから、見に来て欲しい』


 浦内が休むと言った二ヶ月が終わるまで、まだ二週間ほどある。

 本当に来てくれるかどうかはわからない。

 けど、伝えたかった。


 最後に場所と時間を添えて、送信した。



 ◇◇◇


「集合!」


 練習試合当日。

 試合開始の時間になり両校の選手が集合する。


「よろしくおねがいします!」


 帽子を取って選手同士、顧問に挨拶をする。



 …結局、浦内から返事は無かった。

 既読はついてたから、見てはくれたみたいだけど。


 今日も、試合前の練習中にグラウンドの周を見回したが浦内の姿は見えなかった。



 挨拶を終えてベンチに戻る際、再び姿を探すもやはり見当たらない。


 …まあ、もともと休み期間だったし。

 俺の一方的な願望だ。浦内がいないからって怒りも悲しみもない。


「…よし」


 練習とはいえ試合は試合。

 森田先輩のためにも生半可な気持ちではいられない。


 浦内のことは試合中は気にしないように、野球に集中しよう。


「プレイボール!」


 審判のかけ声で、試合が始まった。


◇◇◇


「…くそ!」


 この試合、チームは5-2で勝っている。

 が、俺個人はざんざんな成績だ。


 三打数無安打一死球。

 守ってはエラーが二つ。


 そして今、おそらくこの試合最後の打席が回ってきた。


 せっかく試合に出してもらってもこれじゃあ悔しすぎる!

 最後にせめてヒット一本だけでも…。


「フーーーー」


 静かに長く息を吐いて、バッターボックスに入る。


 今日は変化球を打ててないから、変化球が絶対来るはず。

 それを…絶対打つ!


 すると、早速相手投手の投じた一球目。



 きたっ! カーブ!

 タイミングはバッチリ意識していたとおり!



 …のはずが…。


 ーーカスッ


 とんでもないカス当たり!

 来たと思って体が早く反応しちゃったのを無理矢理遅らそうとして腰の入ってないへなちょこスイング。

 バットの先に当たっただけのあたり。


 …けど。


「サード!」


 ボテボテすぎて逆にチャンスになる。


 俺は無我夢中だ。

 バットを放り投げ一塁向けて全力疾走!



「セーフ!」


 判定の声を聞いて顔をバッと上げる。

 一塁審判が両手を大きく横に広げていた。



「よっし!!!」


 小さな声で、俺は人生で一番かもしれない雄叫びをあげた。



 甲子園出場をかけた試合でも、公式戦でもない。

 ホームランでも、クリーンヒットでも無い。


 運がよかった内野安打。


 でも、これが俺の人生、俺の道の大きな一歩に違いない。




 帰りの電車。



 何気なくスマホを取り出すと、一件の通知があった。


 ロックを解除し、LIMEを起動する。



『ナイスヒット!』



 一ヶ月半ぶりの超短いメッセージ。



 俺は他の乗客に顔を見られないように窓側を向く。


 俺の目から、一滴の涙がこぼれ落ちた。


「顔くらい出せよな……」



 よし。

 決めた。



 この充実した毎日、俺の道。

 そしてあいつの夢、あいつの道。


 一緒に歩いて行きたい。


 今度あいつに会えるとき。



 俺の思いを伝えよう。


(完)

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

軽い気持ちで同級生の占い女子に高校生活について占ってもらったら、自分こそが俺の運命の相手だと言い出した 相田誠 @aida-makoto

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ