第13話 道

「私、明日からしばらく学校をお休みするんです」


 なんとも急な話に今年で一番驚いた。

 顔には出さないようにしても、言葉はすらすらとは出てこない。


「…え?」


「占いの修行とお仕事で、二ヶ月ほど」


「…その間、一日もこないのか?」


「はい。伝えるのが前日になっちゃってごめんなさい」


「…いや」


 どれくらい休むのか聞こうとすると先に二ヶ月と教えてくれて、前日に言うなんて急すぎるだろと言おうとすると先に謝られてしまう。


 言うことが何も思いつかない。


 明日から朝の登校は一人、教室でいつも女子が盛り上がる隣の席には誰もいない。この様子だ、きっとLIMEもこないだろう。



 正直、想像もつかない。


 まだ始まったばかりの高校生活だけど、浦内なしの学校生活が想像もつかない。



 けれど、俺はこいつにとってただの友人。

 引き留める権利などあるわけない。


 むしろ友人なら、やりたいことを応援してやるべきなんだろう。


 そのためにも…。


「お前の、意思を聞かせてくれないか?」


 それが聞けたら、浦内のこと応援できると思った。


 話の流れを冷静に思い返すと突拍子もないことを言っているが、浦内は「はい!」と言ってむしろ嬉しそうに教えてくれた。


「前にも言いましたよね。私、この占いの力でいろんな人の役に立ちたいって」


「ああ」


「そのおかげでこれまで友達もいなくって、もともと家族とはほとんど別居状態で寂しいこともたくさんありました。だんだんそれに慣れて寂しいって思うことを忘れるときもありました」


「うん」


「けれど。そんなとき健人さんに会えました。始めは”運命の人だ”って言う占い結果を理由に近づきましたけど、そんなことすぐに忘れました。だって、健人さんといるととっても居心地がいいの。どこに行っても何をしても。最近は健人さんが何を考えてるか結構わかるようになってきましたし」


「…そうだな」


「けど…。この居心地の良さに、少し迷ってしまったんです。私の占い師の夢から目を逸らしちゃった。このまま普通の高校生活を送るのも悪くないかな、って」


「浦内…」


「けどけど、やっぱり私は占いの道に進もうって、今思ったんです!」


「…今?」


「はい」


「どうして今なんだ?」


「それは…健人さんが私のこと真剣に考えてくれてるって分かったから。今日は私がいつも一人で夜ご飯を食べてるって言ったから誘ってくれたんですよね?」


「ああ」


「だから、私はちゃんと”自分の道”を歩まないとって思ったんです。何も苦労しないでいい思いばっかしてたら、よくないかなーって。

 それに…」


「それに、なんだ?」


「…健人さんに怒られるかなって思って。「数週間程度の一時の感情でこれまでの努力を無駄にするんじゃない」…とか」


「…確かに、言うかもしれないな」


「だから、私は私の道を歩むために少し遠くへ行ってきます」


「ああ。応援してる」


 程なくして電話を終えた母さんが戻ってくる。


「あらもうこんな時間、遅くなっちゃってごめんなさいね」と言う母さんに、「大丈夫です! 健人さんに送ってもらうので!」と笑顔で返す浦内。


 さっきまでの真面目な雰囲気はもう無くなっていた。


 って、おいおい。

 勝手に送ってくことになってるが?


 母さんも…、「まあまあ」じゃないんだよ。



 …いいんだけど。

 そのつもりだったし。



 これ以降、浦内の様子はいつも通りだった。


 浦内の家までの道中はいつもの登校時のような感じで他愛の無い話をしながら。


 けど、話の内容は頭に入ってこない。


 ああ、明日からの学校までの道、こんな話はできないんだな。

 ああ、明日からの学校までの道、こいつは隣にいないんだな。


 そんなことばかり考えていた。



 でも、きっと浦内にはそんなこともお見通しだったんだろう。


「今日は本当にありがとうございました。

 …あと、私がお休みするって言ったとき”私の意思”を聞いてくれてありがとうございました。

 健人さんも、自分の道きっと見つけてくださいね」


 それがその日最後の浦内の言葉だった。

 最後まで元気一杯に手を振りながら真っ暗の家に入っていく浦内。


 ”俺の道”・・・かぁ。


 浦内には得意の占いで俺の道がどんな道か分かってるんだろうか?

 けど、浦内が言わないなら、俺も聞かない。



 帰り道、夜空に輝く星達が初めてうっとおしく思えた。

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