第12話 話したいこと

「ただいまー」


「お、お邪魔します」


 靴を脱いで家に上がり、借りてきたハムスターみたいに縮こまってる浦内に「ほらこっち」と言い居間に通す。


「あら、健人おかえり」


 居間に入ると、いつも通りいい匂いが広がっている。

 台所でご飯の支度中の母さんに向けて再度帰宅の挨拶をする。


「ただいま、遅くなってごめん」


「いいのいいの……」


 そう言いながらこちらを向き、俺の後ろに立つ浦内を見つけた母さんは「あら!!」と目を急に輝かせる。


「まあ、その子が?!」


「あ、はい! あの、初めまして、浦内と申します! 健人さんと……その、お友達をさせてもらっています!」


「まあまあ。『今日、友達を連れてくー』って連絡はもらってたけど、まさかこんなに可愛い女の子を連れてくるなんて! 母さんびっくり!」


 エプロンで手を拭きながら駆け寄ってくる母。


 はあ。

 やっぱりこういうリアクションになるか……。


 けど、これに対する俺たちの答えは、さっき家の前で見つけたんだ。


「別に変じゃないだろ?! こいつも言ってたけど、ただの友達だよ。友達を家に連れてきても普通だろ?!」


「はいはい、そりゃあそうだねえ」


「じゃあ、俺たち手洗ってくるから! 浦内、こっち」


「あ、はい!」


 嫌味のない笑顔を浮かべる母さんから逃げるように洗面所へ向かう。


 トコトコついてくる浦内をちらっと見ると、顔を赤くしていた。

 ……きっと俺も同じだろうけど。



 ◇◇◇



「わあ、すごい……!!」


 食卓に座り目の前のご飯を見て浦内は目を輝かせている。


「あら、そう? あまり大したもの用意できなくてごめんね」


「いえ! 本当にどれも美味しそうで……美味しそうです!!」


「ふふ。そう言ってもらえると嬉しいわ。ありがとう」


「こちらこそ、急にお邪魔して、ご飯をご馳走になってしまってありがとうございます」


「いいのいいの。それじゃ、冷める前に食べましょうか」


「はい!」


 浦内の返事を合図にしたように、俺たちは「いただきます」と箸をとり、温かいご飯を三人で食べ始めた。


「美味ひー!」


 普段夜ご飯は一人で食べてるって言ってたもんな。

 浦内はもちろん嬉しそうな顔をしている。


 そして何故か母さんも終始笑ってる。

 俺が友達を連れてきたのがそんなに嬉しいんだろうか?

 確かに、高校に入って友達を連れてきたのは今日が初めてだけど……。


 まあ、喜んでくれてるならいいか。


「あの、これなんですか?」


「それはね、もずくの天ぷらよ」


「え! もずくってあのニュルニュルの?!」


「ええ。沖縄の一般的な食べ方なんですって。家族旅行で沖縄に行った時に食べたのを、健人が気に入っちゃってね。それでたまに家でもやるようになったの」


「へー! そうなんですね!」


 食事中、浦内と母さんは終始楽しそうに会話をしていて、俺はそれを聴きながら黙々と食べていた。


 ……やっぱり、もずくの天ぷらうまいな。




「「ごちそうさまでした」」


 箸を置いて手を合わせる。

 食卓に並んでいた料理は、ものの三十分で全て空になった。


「浦内……お前、結構食うのな」


「えっ! ……すみません。はしたなかったですか……?」


 あ、しまった。

 なんの気無しに放った感想がまずかったと浦内の声を聞けば……いや、顔を見ればわかる。


「え、あ、いや。そんなつもりは……」


「何言ってるの健人! 若いうちはたくさん食べればいいの! そんなデリカシー無いこと言ったらモテないよ」


「……はい」


「さ、健人はお皿片付けるの手伝ってちょうだい。浦内さんは向こうでくつろいでてね」


「あ、いえ。私もお手伝いさせてください」


「そう? ありがとねえ。……あら?」


 居間のローテーブルから『ブー ブー』と振動音が聞こえる。

 母さんが置いた携帯電話が鳴っているらしい。

 母さんはいそいそと取りに行って「はい、もしもしー?」とスマホを顔に当てながら居間から出て行った。


 ……せわしないな。


「よし、片付けるか」


「はい」


 浦内がお皿を載せたお盆を、俺が流しに運んでいく流れ作業。


 母さんがいなくなり、静かになった空間にかちゃかちゃとお皿を重ねる音が鳴る。


 さっきまで母さんと楽しそうに会話をしていた浦内は、黙々と片付けを手伝ってくれている。



 そこで、ふと不安になる。


 そりゃあ、初めての場所で初めて会った人と話をするなんて疲れるよな。

 ましてや一緒に食事だなんて、気を遣うだろうし。


 俺、ただのお節介野郎だったかな。



 目線が自然と落ちる。

 もしかして、俺に無理して合わせてくれたのかもな。



 コップだけを乗せたお盆を持った浦内の元へ歩いて行く。

 テーブルの上にはもう何もない。これが最後の運搬だ。


 まあ、今日はこれで終わりにして。

 帰った後にLIMEでお礼を言うか。


 しかし、お盆を受け取ろうとするも、浦内は手を離そうとしない。


「?」


 何故離さないんだ?

 訳がわからない俺が顔を上げると、浦内は唇を少し尖らせていた。


「あの、健人さん」


「うん? なんだ?」


「健人さんが思ってること、多分外れてます」


「え」


 俺の思ってること?


 時折部屋の外から聞こえる母さんの笑い声に負けそうな声量での会話。


「今日は……本当にありがとうございました」


「え?」


「今日、家に呼んでくれて、です」


「……嫌じゃなかったか?」


「はい! 無理して健人さんに合わせてるとか、全然無いですから!」


「……そうか」


「学校から帰ってきたら、夜ご飯のいい匂いがするなんて、本当に久しぶりで。出来立てのご飯を誰かと食べるのももちろんそうです。健人さんのお母さんもいい人で、今日は本当に忘れられない一日になったんです」


「……うん。喜んでくれたのなら、よかったよ」


 心からそう思う。

 俺の考えてることを読まれてたのは悔しいが、そんなこと些細なことに感じるくらい、俺は安堵していた。


 けど、若干の違和感が新たに芽生える。



 いつもの浦内なら満面の笑みを見せてくれそうな場面だが、今日はそれがない。


 嬉しさを感じている顔ではあるんだが、どこか寂しげだ。



「あの…………。健人さん、お話ししたいことがあるんです」



 浦内の顔に決意めいたものも感じる。



「話したいこと?」



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