第11話 俺の家

「健人さーん!」


 浦内がこちらに手を振りながらこちらに走ってくる。

 俺が現在時刻をスマホで確認しつつ、もたれていた壁から体を起こす間に、浦内は俺のすぐ前で足を止めて「ふう」と軽く息を吐く。


「結構待たせちゃいましたよね、すみません!」


「ああ。一時間と四十八分……。結構待ったな」


「うう……すみません……。

 ……けどけど! こういう時って、”大丈夫、俺も今きたところ——”とか言ってくれるものじゃないんですか?」


 頬を膨らます浦内に「悪かったな、気が利かなくて」とだけ言って俺がその場から移動すると、浦内は頬を膨らませながらついてくる。



 ここは、学校から電車で三十分ほどのとある駅の改札前。

 浦内を連れて行きたいところがあるんだが、今日の授業後はクラス女子の占いがあるとかで終わるのを待っていた。


「だいたい、健人さんが急に”今日付き合え——”とか言うからいけないんですよ? 私にも都合ってものがあるんですから」


「ああ、わかってるよ。だからこうして待ってただろ」


「……まあ、そうですね」


 浦内は膨らませていた頬を元に戻して小さく「ありがとうございます」と言い、俺はそれに「おう」と返した。





 駅から十分ほど歩いた頃、浦内が不思議そうな顔をしながら口を開いた。


「……あの、繁華街からだいぶ離れてる気がするんですけど、今日はどこに連れて行ってくれるんですか? ”ザ・住宅街”って感じで、お店とかはなさそうですけど」


「ん? ああ、言ってなかったか。目的地は店とかじゃないからな」


「え? じゃあどこに向かってるんです?」


「もう着いた。ここだ」


 俺は”梶本”の表札をかけた家の前で足を止めた。


「梶本……って、健人さん。ここって……?」


「俺の家」


「うぇ?!」


「? どうした?」


 浦内は言葉を発することなく口をパクパクとしたまま動かなくなった。


「急に固まってどうしたんだよ。入らないのか?」


「あ、いえ、その……。急展開すぎてついていけてないんですけど……」


 少しずつ顔を赤くする浦内。


 しかし、なぜかは分からないな……。


「急、だったか? お前がいっつも夕飯一人で食べてるって言ってたから一緒に食べようと思って。母さんに頼んどいたんだ」


「え、あ、夜ご飯、ですか? あーそうかそうか……あははは」


「ああ。何か問題あったか?」


「いえ! 問題はないのですが……」


「……なんだよ。嫌だったか?」


「ううん! 嫌じゃないんです」


「ならなんだよ。言いたいことがあるならはっきり言ってくれ」


「いや、あの……。お付き合いしてるわけでもないのに、急にお家に呼ばれたので、その、びっくりしちゃって……」


「あ……」


 そうか、自分の家に女の子を呼ぶってことはそういうことなのか?

 彼女を親に合わせる、的な?


 一気に俺の顔も赤くなる。


 そうか、そうなのか……。


 浦内も俯いたまま黙っている。


 ……やばい。急に恥ずかしくなってきた。



 顔を赤くした俺と浦内が何も言えず門の前で立ち尽くしていると、通りすがりの主婦らしい二人組が「くすくす」と笑いながらこちらを見て行った。



 う……恥ずかしすぎる!

 とりあえずこの場をなんとかしなければ!


「別にっ! 恋人じゃなくても、友達を家に呼んでもおかしくないだろ?!」


 顔を赤くしたまま浦内に声をかけると、浦内も真っ赤の顔をこちらに向ける。


「そっ、そうですよね! 別に友達を家に呼んでも普通ですよね! やだなー私! 何言っちゃってるんだろ! ハハハハ」


「ほんとだよ! さ、早く入るぞ!」


「はっ、はい!」



 二人とも必要以上の声量でお互いを納得させた俺たちは、ドアを開けて家に入った。

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