隣のVR
虹菓子おかし
隣のVR
「隣良いですか?」
「良いですよ」
実は良くないんです。
僕にとってバスの中は唯一落ち着いてVtuberを視聴する時間なんです。
香水の匂いが落ち着きません。大きい胸が視界に入ります。息遣いが気になります。ああ、思春期には毒なんですよお姉さん。
「それ、かわいい女の子ですね」
「僕の一番の好きな人です」
「人ですか?」
「人ですよ。見た目は吸血鬼ですけど」
あまり深く追求しないでください。
僕はVtuberが好きという訳ではないんです。彼女が好きなんです。そして僕が好きな彼女は、吸血鬼だけど人間なんです。
憂鬱です。
綺麗なお姉さんに、画面の中を覗かれています。
僕は彼女が好きだけど、Vtuberが好きではないから、むしろお姉さんの方に興味が湧いてしまいます。
「あの興味あります?」
「君が私に興味を持っているのでしょ?」
「なんで、、、」
「だって、さっきからチラチラと私の胸を見ています。あと、匂いも嗅いでいますね」
だって、そこに胸があるのだもの。
「この子に匂いは無いですよね」
「無いですけど、使っている香水は知っています」
「キモいですね」
「こんなもんですよ。男なんて、好きな人の匂いが好きなんです」
キャンキャルの「ぴょんぴょん」。お姉さんの匂いは、彼女が使っている香水の匂いと全く同じでした。
それはまるで「リアルの方が良いでしょ」と誘っているようでした。
「えっと、もしかして」
「どうですか。声も似ているでしょ」
「うーん。信じられません」
「じゃあ、今日は学校を休みましょう」
「はへ?」
「今日ぐらいは良いんですよ。私のお家にこのまま来てください」
お姉さんの誘いを断るほど、僕は老衰していません。
いけない事が大好きで、コレは恐らく日本史上最高にいけない事でしょう。
◇◇◇
推しが目の前で配信しています。
彼女の部屋に在るはずのピンクの棺が在りません。
変わりにピンクのベッドが在りました。その上で僕は息を殺していました。
お姉さんは彼女として吸血鬼となって、その時点でもよく分かりませんが、小説のキャラになりきりながら、8000人の前で配信をしていました。
絶対に声を出してはいけません。声を出したら、彼女が炎上してしまいます。
炎上とは、まあ、あれです。正当化された誹謗中傷の攻撃です。
「配信に来てくれた眷属のみんなありがとう」
お疲れ様のコメントと共に、彼女は配信を終了し、お姉さんになりました。
大きく背伸びをして、緑茶を一口飲みました。大変、疲れているようです。当然、コメントで疲れがとれる訳ではないですから。
「私、疲れたんです」
「そうですね。疲れていそうです」
「だから、自暴自棄的な。そんなの仕方がないですよね」
「仕方ないです」
「期待していますよね」
期待なんてしていません。
貴方に何を期待して良いのかも分かりません。
「やってみましょう」
「エッチなことですか?」
「Vtuberです」
僕の心の中の変態少年が飛び出してしまいました。
「やろうとして、なれるものなんですか」
「人間が唯一、生まれながらにして平等に持っている才能は、Vtuberの才能ですよ。誰でもなれます。誰でもできます」
「僕でも」
「そうです。そうです。貴方でも」
これだから僕はVtuberが嫌いなんですが。
彼女が貴方じゃ無くても、声が似ていて、性格が似ている人なら、僕は彼女を好きになっていたのでしょう。
「いいですよ。人を騙すのは得意です」
「本質ですよ。幸先が良い」
「だからVtuberが嫌いなんです」
「そんなこと言って、見続けるんでしょ」
「それは貴方が好きだからです」
「告白ですか?」
「何万回も聞いたこと有るでしょ」
「それは、吸血鬼の彼女ですよ」
「それがVtuberになるって事だと思います」
「違います。私も自分が創った彼女を見ています」
なぜだろう。泣けてきた。貴方が彼女ですか。
僕は、Vtuberも貴方も嫌いだけど、彼女だけは好きです。
なんだか、彼女が隣の席に座ってきたことがそもそも悪いような気がしてきたし。あのバスがいけないような気もしてきたし。家から学校までバスで通わなければいけないほど離れている事がいけないような気がしてきたし。そもそも彼女を好きになってしまった事がいけないような気がしてきました。
「まあ一度」
「わかりました一度だけ」
「上手くいったら二度目も」
「はいはい」
「気に入ったら人生にしましょう」
そんな変な出会いから、僕はVtuberになったわけです。
まあ、僕のファンからしたら、僕なんて存在していないわけですが。
隣のVR 虹菓子おかし @mamamagg
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