昨日のセツナ
物心ついたときには彼の背中を追っていた。家族よりどんな友達よりも長い時間を共有した相手、いわゆる幼馴染というやつだった。
パパとママに褒められるより、先生に褒められるより、誰に褒められるより、わたしはあなたに褒めて欲しかった。だからいつも彼の姿がよく見えるように彼の三歩後ろを歩き、いつものようにこういった。
ねえ、キョウちゃん。
「わたし、えらい?」
そうして彼は、いつも目を丸くしてこういうのだ。
「いいこ、いいこ」
よく気づくなとか、ありがとうとか、そんな言葉が聞きたいわけじゃなかった。キョウちゃんもそれがわかっているから、後ろから抱き着いて抱擁よりも軽くて頭を撫でるより気楽に、わたしの頭や頬を撫でてくれる。
たとえば、そう。
キョウちゃんをいじめていた男の子を窓から突き落としたときも、罰ゲームなんかでキョウちゃんに告白して馬鹿にしようと企てていた女を急行列車に叩きつけたときも、キョウちゃんがいながら二股をかけていた女を呪い殺したときも、キョウちゃんはわたしを褒めてくれた。
意味なんか知らなくてよかった。
唯一不満があるとすれば、どうしても彼を見ることができない場所が出てくることだった。一緒にいるときはいい、三歩後ろからわたしよりずっと大きな背中を見ていられるから。家にいるときもいい、ほとんどの場所は隠しカメラで映し出せるから。
彼がわたしを見てくれなくても構わなかった。ずっと彼を見ていたかった。彼が幸せならそれでよかった。彼を不幸にする奴が許せなかった。
本当は抱きしめたかったけど、わたしには彼を幸せにするだけの能力も、彼と幸せになるだけの権利も欠如していた。彼に無理をさせる抱擁なんかいらなかった。彼の負担になるくらいなら、死んだ方がマシだった。
でも、やっぱり、わたしは彼に幸せになって欲しかったし、彼にわたしを幸せにして欲しかった。
腐らぬ鎖のクオンタム;ヌル 七咲リンドウ @closing0710rn
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