腐らぬ鎖のクオンタム;ヌル
七咲リンドウ
永遠のキョウ
僕の三歩後ろを付いてくる足音がある。
おはようからおやすみまで僕の傍にいる。
毎日毎日、飽きもせずに憑いてくる。
社会人になって以来一人暮らしをしている四畳一間の一室は、僕が電気を消して横になると勝手に水道が流れて、ばたばたと埃を立てる。彼女が慌てる様を思い、夢に落ちる。彼女はいつも、夢の中で待っている。
今もなお
死人合わせの着物と天冠。
かつてより白くなった肌。
生暖かい風、揺れる黒髪。
赤い、切れ長の大きな瞳。
睨みつけるように僕を見上げ、決まってこういうのだ。
「ユルサナイ」
ゆるさない。
許さない。
赦さない。
一瞬目を離すと消えてしまう。
そうして。
後ろを振り返る。
それより早く、僕は彼女に抱かれる。
あるいは、僕が彼女を背負っている。
「ごめんね」
おかげで、彼女に頭を下げることすらままならない。
いつだって僕は彼女よりも前にいて、彼女はいつでも僕の後ろについてきた。小学生のとき、同じクラスの奴らにいじめられていたときも。中学生のとき、高校生の不良に絡まれたときも。高校生のとき、大型トラックが突っ込んできたときも。僕は彼女の前に立っていた。
毎日のように夢に見る。
僕は君を守れなかった。
君は僕を守ってくれている。
大学のころ、サークルの飲み会で好きでもない酒を一気飲みさせられそうになったとき、昼夜関係なく僕を呼び出し週八の頻度で僕の家に入り浸っていた先輩が急性アルコール中毒で亡くなった。
新入社員だったころ、サービス残業を強いてパワハラを常とする上司のおかげで君の命日を忘れてしまったとき、上司が旅行に行く途中の飛行機が墜落した。
一昨日、結婚を考えていた恋人が急死した。心臓発作だった。僕は実家が小金持ちだったこともあって、マンションを買わされそうになっていた。
僕に害を及ぼす誰かが死んだとき、彼女はいつも決まってこういうのだ。
「ユルサナイ」
と。
それから。
ねえ、キョウちゃん。
と僕を呼び、
「ワタシ エライ ?」
と。
擦れる肌は小学生のときに飛び込んだ雪のようで、首筋を撫でる髪は中学生のときに浴びた雨に似ていた。僕は振り向く代わりに彼女の頬ずりしていない方の頬を撫でる。
「いいこ、いいこ」
抱き寄せるように。
僕は永遠に、あの日の彼女を忘れることができない。
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