番外編2 デニス=ブライヤーズ?…ばかやろう!ドエス=ブライヤーズだ!!

知っているだろうか。

グレイトブリテンでは「抱かれたい騎士団員ランキング」なるものが存在する。

しがない騎士団員である俺もひっそり投票の候補に入ってたりするのだ。

もちろんランキング圏外なのだが…泣いてなんかない。

そんな凡人Aである俺とは対照的に、偶然にも俺の友人にとても人気のある騎士団員がいたりする。

五年連続で一位になって殿堂入りした忌々しい野郎だ。

その名もデニス=ブライヤーズ。…最年少で騎士団長になった、国王陛下の覚えめでたい野郎だ。

家柄、ルックス…そして、騎士団じゃあ並ぶものの居ないほどの魔法剣の腕。


騎士団長に昇格するかってなったときに…現役の騎士団長と一戦やったわけ。

まあつまり親子対決である。

デニスは高等部入りたて…十五歳くらいだったんじゃないかな。


騎士団っていうのは部外者お断りなんだけど、俺はデニスの友人枠で潜り込んで観戦してた。

野次馬ってやつ。デニスの吠え面見ようぜって中等部の友人と数人で来てた。

でも、会場入って萎縮しちゃった。

思ったより騎士団の人が来てたから。

狭い闘技場に、五十人以上いたと思う。

周りの騎士団の人たちは白の制服が似合ってて、ガッチリしててーーーとても太刀打ちできないって思った。


完全にアウェイな環境。

白の制服が太陽光に反射して眩しくて、学生の格好…黒のジャージのデニスはいつもより小さく見えた。

審判が開始のドラを叩いた。

競技場に鳴り響く鈍い金属音。

破れんばかりの野次。

全く同じ型で剣を構えたブライヤーズ親子は黙って睨み合ってた。

俺の隣の一際ガタイが良くて、ドラムみたいな声のマスキラが大声で叫んでた。


「団長も息子相手に手加減しなきゃいけなくて大変だな!黒竜の儀の影の英雄っていうたれ込みに加えてシャーマナイト殿下の推薦まであったらやりにくくてしょうが…は?」


騎士団はボンクラの集まりじゃない。

デニスが気に入らない奴もーーー俺の横で喋ってた先輩とかーーー認めざるを得なかった。


先に動いたのは騎士団長だった。

赤魔法の光が流れて、二人の姿がブレた後…一瞬で勝負がついてた。

俺に見えたのはデニスが剣を一閃したとこだけ。

二、三回斬りあったんだと思う。音が三回鳴ったんだ。

そして団長の剣が高く高く打ち上げられた。

デニスは団長に敬意を示すみたいにーーー首筋に剣を当てるんじゃなくて、納刀してた。


団長は苦笑い。息子だもんな、誰よりこうなることがわかってたのかも。

デニスは汗一つかいてなかった。

余裕って感じ。

格の違いを見せつけられた観客は死んだみたいに黙ってた。

デニスはなんか黒竜さまの加護をもらったらしい。ーーーまあ、それは納得。黒竜さまってライラックだろ?デニスのこと大好きだもんな。


以前にも増して密度を増したデニスの赤魔力は騎士団長さえも一蹴してしまったわけで。

団員たちは顔色を変えて騒いでたけどーーー俺とか、魔法剣術部の友達とかは結構平然としてた。

騎士団長もさっぱりした顔だったな。…デニスが才能に奢らずに努力してきたのを見てきたからだろう。


デニスは元の剣の腕に黒竜さまチートが加われば…もう手がつけられないって感じ。

それからデニスが団長になったけど…デニスは学校と黒竜さまの警護があるせいで、初めの数年はあんまり騎士団には顔を出してなかったみたい。

デニスの父親が団長から副団長になったけど、しばらくは代理で仕切ってたから…騎士団の実態はほぼ変わらなかったみたいだ。学校が休みの日の訓練には参加してたみたいだけどな。


父親のフォローもあって、あいつは予想されてたよりも反発されることもなく騎士団に溶け込んだ。

今年、俺がやっとこさ入隊した時には、もう立派に馴染んでたし。

…あいつムカつくことに性格もいいんだよなあ。優しいし、悪口とかも言わないしーーーマスキラからもモテるからな。


神様は二物も三物もあいつにあげてるね。

間違いなく。

しかもデニスにはとびっきり可愛い幼なじみまでいる。

ミシェーラ=ビリンガムちゃんだ。


彼女についてはちょっと語らせてほしい。俺の人生の推しについて。


天使かと見間違うほどに愛くるしい外見。同じ学年だったからわかるが頭もいい。

加えて黒竜の儀で一番国に貢献した人の一人なんだって。

可愛くってひたむきな努力家。しかも性格もいい。同じ教室だったから、やばい性格ならすぐわかる。

黒竜の儀で眠れないくらい辛い時も(これはファンクラブ情報な)いっつもニコニコしてたからね。マジで天使。

ミシェーラちゃん…いや、ミシェーラ様と同学年に生まれることができて、一年だけでも同じ教室の空気を吸えたことが俺の人生の最大の幸運だと思う。

…ミシェーラちゃんが飛び級するって聞いて、何人ものマスキラが飛び級試験に挑んだのは有名な話だ。

まあ、特別な理由がないと先生たちに止められるんだけどね。

飛び級したい理由聞かれたときに「ミシェーラちゃんと同じ学年になりたいからです」って真顔で言った時の先生の顔。

今でもはっきり思い出せるぜ。

「お前で五人目だ」って言われたからね。同学年って三十人弱なのに。


ーーー話を戻そう。

忌々しいデニス=ブライヤーズの話に。あいつのおかげでミシェーラちゃんに認知されたので、文句を言うのもおかしいのだが、忌々しいほどに完璧なやつだ。欠点よあれ。


あいつはフィメルに馬鹿ほどモテる。

ランキング入りしてたのからもわかるが、まさに入れ食い状態。

ここ数年でさらに人気が増してる気がするね。「影ができてイイ」らしい。

ライラックが結婚してから、デニス、ガッツリ遊ぶようになったからな…

それでフィメルひっかけては翌日の酒場で酔い潰れてるわけ。

それに巻き込まれる同期組はいっつも呆れ顔。

酒強くないのにウイスキーとかパカパカ開けて。

机に片頬つけた後の口癖がさ…


「ライラックのことなんて、大っ嫌いだ!!」


酒入れてやっと「だいきらい」って言えるんだ。

しかもデニスの顔。

嫌いって顔じゃねえよ。

赤の瞳が炎みたいに揺れて…お前がそんな優しい目するのライラックの話題くらいじゃん。

「大っ嫌い」って呟きながらーーーライラックがくれたっていう金色の魔石をいじるデニスを見てーーー俺らはいつも笑ってる。

馬鹿だなって。

そんなんだから、忌々しくても嫌いになれねえんだけどな。


そんなデニスにーーー最近面白すぎるあだ名がついた。

騎士団の若手が呼び始めたのが瞬く間に広がった。

デニス人気者だからな…メディアとかでもたまに紹介されてるし。

そのあだ名が…ドエス=ブライヤーズ。


聞いたときにーーーそれも本人から聞かされたもんで俺は爆笑した。

でも、友人たちはなんとも言えない顔で頷いてた。


「わかる」


不満げに口を尖らせたデニス。可愛くねえからやめろその顔。


「わかるって何!?俺、部下に優しくしようと心がけてんだけど!」


いつものメンバーで窓際の席を陣取ってた俺たち。

机を叩いてデニスが叫ぶもんだから、近くの新人が怯えてた。

こらこらドエス、怖がらせんなよってからかったらどつかれた。普通に痛え。これだから脳筋は。


「叱るのがいけなかったのか?でも、鍛えないと実戦で困るのはあいつらだし。」


真剣に育成方針について悩み始めたデニスにーーー同期の一人がおずおずと言った。

ニュートのやつだ。目がくりっとしてて、ショートカットで線が細くて…デニスと同じ赤髪で…俺的には、デニスのこと友人への憧れ以上で見てるって思ってるやつ。デニスは激ニブだから気付いてないけど。


「いや、多分そうじゃなくてーーー叱り方っていうよりは褒め方のせいだと思う。」


友人の言葉に、デニスはぽかんと口を開けてた。

間抜けヅラにも歓声が上がってる。声がした方を見たら同期のフィメル騎士たちだった。ちくしょう。


「褒めかたがいけないって…どういうこと?」


デニスがこっちを向いた。

俺は重々しく頷いておいた。ーーーどういうことだろうな。


さっぱりわからなかった俺はーーーなんだか気になったので、デニスに教えてやろうと思って(からかうの間違えかもしれない)翌日に仲の良いフィメルの同期を捕まえた。

おしゃべり付きのそいつは思った通り、デニスのあだ名についても知っていた。


「いい?ドSっていうのは意外と複雑なの。」


ーーーなんか始まってしまった。デニスの話につくまでに三時間くらいかかりそうな雰囲気の前振りにびびる俺。

しかし、特に興味がない…とは言えず、話を振った手前真顔でうなずく。

そんな俺に構わず、得意げに語る同期。


「ドエスのDは努力のD!」


ビシッと叫ばれた。

周りの騎士団員がギョッとしてこっちを見た。

俺が恥ずかしくなってきた。

関係ないんですよと言って回りたい。いや、話降ったの俺だけどね。

しかし、語ってる本人は全く気にするそぶりがない。

魔力をざわめかせて熱弁を続けている。


「頑張ってる姿に人間はときめくの!ーーーミシェーラ様も努力の人じゃない!」


一気に納得した。ドエスの話じゃなくてモテの話になってる気がするが…。

頷いた俺を見てさらに調子が上がってきたらしい同期。

ちょっと落ち着けよという俺の願いは全く届かず、バンバンと机を叩き始めた。


宥めようとした俺の顔の前にまた指を突きつけてきた。

また来るぞと嫌でも覚悟する。人を指差すんじゃありません…


「ドエスのDはデレのD!エスなのに可愛い人に萌えるのよ!」


俺はチベスナ顔になった。

でも納得した。

デニスってライラックのこと話してるときにデレデレだもんな。


つまりーーー


「お前的にはデニスは完璧なドエスだと?」


俺の言葉に同期は深く頷いた。

そしてーーーなぜか俺の手を取った。


「明日非番でしょう?私も非番!デニス様も非番!ーーーデートしましょう!」


ーーー意味がわからない。

俺は急いで手を振り払った。同期は全く気にせずに食堂を出て行った。

入り口ですれ違ったデニスにーーーあいつの精一杯の決め顔を向けている。


俺はため息を吐いた。

どうやら明日の予定は傲慢な同期によって決められてしまったようだ。ミシェーラちゃんの新しい情報を掲示板で見ようと思ってたのに…。

あ、ちなみに言うと、さっきの同期も同類だ。デニスの掲示板を見るのが生きがいになってるタイプ。

あいつは結構顔がいいからな…男所帯では苦労してるらしい。知らんけど。

俺は勘違いしないからいいんだって。ミシェーラちゃんに勝るものはないって真顔で言ったら、全力で同意された。それ以来仲良し。



翌朝。

騎士団の寮の前のなんの変哲もない公園に俺らはいた。

早朝から魔力通話で叩き起こされた俺は芸術的な髪型のまま外に出てきていた。

そんな俺に、ピカピカな笑顔を向ける同期。


「今日はあんたにドエス=ブライヤーズを見せてあげるわ!」


俺は耳を疑った。

思わず聞き返したよね。


「お前今なんて?」

「だから、あんたにドエス=ブライヤーズを…「聞き間違いであって欲しかったけど聞こえてたわ。」


俺は頭を抱えた。こんなどうでもいいことで俺は叩き起こされたらしい。


しかし、同期は俺の腕をぐいぐい引いて歩き始めてしまった。

公園を出て、白バラのアーチを抜けた。右手には白亜の王宮。

さらに遠目にアーチ型の建物…いつも訓練でボコボコにされてる鍛錬場が見えてきた。

同期は迷わず進んでいる。今もY字路を右に曲がった。俺の足は左へ行きたがっていたよ。

休日にも関わらず、鍛錬場に向かってるとしか思えない道を進んでいく同期。

よく考えてみるとーーーそういえば、家のデニスは休日の早朝から訓練してそうだと思い立った。

さすがドエス…いや違った、毒されるな俺。

俺は思わず言った。


「ストーカーは一人でやれよ!」


間髪入れずに言い返された。


「一人でやったら不審者じゃないの!デニス様と仲良いあんたがいれば中和されるのよ!」


ーーーストーカー中和剤として俺は呼ばれたらしいです。…泣いていい?

かくして、俺はなぜか休日に友人デニスの行動をつけ回る羽目になったのである。


ついてしまった鍛錬場。

朝の鍛錬場など物好き以外誰が来るのか。

しかし、俺の予想とは裏腹に予想外に人がいた。

しかも着飾ったフィメルがいっぱいいた。

ーーーもうお分かりだろう。デニスのファンが見にきているのだ。


「こんなの漫画の中だけかと思った。」


俺の呟きなど無視して、同期はフィメルの群れに加わった。

おい、置いていくな。


ーーー俺も流れでフィメルの群れに加わってみたよね。

鍛錬って気分じゃないし。

よく見たらマスキラもいるんだわ。あとニュートも。

改めて、デニスってマスキラにもモテんだよなあ。まあ、いいやつだし、強いしわからなくはないけど。


一緒になってデニスを見てたらーーー途中から真剣に分析しちまった。あいつの剣の方は本当にお手本だーーーそうこうするうちに。ひと段落したんだろう。デニスが出口の方へと歩き出した。

うん、つまり俺らの方だ。デニスはフィメルを見回した後にーーー俺と目があって変な顔になった。


「なんでお前いんの。」


「俺が聞きたい。」


しかし、いつの間にか俺の真横に移動していた同期を見てーーー納得したような顔になった。何かを察せられたらしい。大体合ってるところがムカつく。


「デニス様!ーーーこのタオル使ってください。」


同期のひとことを皮切りに、真っ黒なタオルがずらりとデニスの前に突き出された。

デニスは全身ふいてもあまりそうな量のタオルを見て、「自分のあるからいい」とすげなく断っていた。

それだけではない。レモンの蜂蜜漬けだとか、飲み物だとか…何も受け取らないのだ。

しかし、それで終わらないのがデニスだった。

若干落ち込んだ面々を見てーーー笑って言ったのだ。


「君たち、俺を見にわざわざ来たの?差し入れだっていっつも受け取らないの知ってるでしょ。物好きだね。」


クシャリと笑ったデニス。デニスって垂れ目だから笑うと幼い印象になるんだ。

先ほどの剣を振る真剣な姿とのギャップに皆が頰を染めた。


俺は知ってるけどな!!その首元のタオル、ライラックが持たせてくれるんだろ!よく自慢してるもんな!!

結構潔癖なとこあるから手作りのもんも「気持ち悪い」って言ってるよな!ライラックものは失敗作だろうと食べるけどな!


デニスは用が済んだ鍛錬場に用はないとばかりにものの数分でいなくなった。


なんだか疲れた俺は寮に帰りたかったがーーー見逃してもらえなかった。この後も連行されたのだ。

次は騎士団長の執務室だって。そのスケジュールは誰が調べてるの?


執務室の待機勢はずいぶん人数が減った。

そりゃそうだ。関係者しか入れないからな。


とは言え…二十人くらい人がいたけど。

あいつはアイドルか何かなのか?


俺が考えているとーーー昼食の時間になったのだろう。木製の扉が開いて、デニスが出てきた。

そして、隣の同期が突進していく前にーーー先を行った子がいた。

一年目の子だった。可愛いって俺らの中でも有名な子。


よほど自分に自信があるのだろう。

迷いなくデニスの手を取った。デニスの剣ダコだらけの手と比べて真っ白でちっちゃな手。

魔法部隊志望の子だった気がする。同じ騎士団でも、やっぱ後衛組は俺らとは雰囲気違うな…。

デニスの手を引いたままオレーンみたいに数メータ分ちまちまと歩いたその子は、人垣から外れると、宝石みたいに大きな目をうるうるさせてデニスを見上げた。


「デニス団長。今夜お食事でも…。」


デニスははじめ返事をしなかった。

まず、そっとフィメルの子の手を外したのだ。

そしてすぐ横の壁にもたれかかった。全く動揺もせずに(慣れてやがるなちくしょう)腕を組み、その子を見下ろした後でーーーにっこり笑った。


「それはお誘い?まだ昼だけど。」


デニスはそう言ってーーー新人の子の唇を人差し指で押した。

長身をかがめて、その新人ちゃんの耳もとに口を寄せた。

「悪い子だね」…囁くデニス。


ーーー近くにいたからさ!囁き声聞こえんだよ!似合ってるよ!俺が言ったら鼻で笑われそうだけど!!!


真っ赤に染まった新人ちゃんの顔を見てーーーデニスはパッと距離をとった。

楽しそうに笑って言い放つ。


「これくらいで赤くなってるようなお子様の相手はできないかなあ。」


デニスはそう言ってひらひらと手をふった。

ちなみに俺の肩を掴みやがった。一緒に食堂に行こうと言うことらしい。


ーーーいいんだけどさ、同期がピラニア並みに俺の左手に食いつい…ぶら下がってるよ。


新人ちゃんに後ろ髪惹かれる俺とは対照的に、ズンズンと廊下をデニスは歩いた。

デニスの執務室は建物の一番奥。食堂は入り口のすぐ右手。

そこそこ長い道中で、ピラニアを引き剥がそうとする俺をデニスは愉快そうに見ていた。


休日の食堂はそこまで混んでなかった。

挨拶してくる隊員たちに手を振り返しながらデニスはまっすぐ券売機へ。

どうでもいいが、C定食を頼んでた。

C定食うまいよな。安いしフライが多くてボリュームあるし。


熱々の食事が乗った黄緑色のトレーを持って、いつもの窓際の席に座った俺ら。

ピラニアはずっと俺の影でデニスをガン見。食事の注文もしてなかった。

椅子には俺が無理やり座らせた。

…おい、デニスの前でも人間としての活動をしろ。

食堂で赤くなって震えているピラニア…同期を横目にーーー俺は思わずデニスに言った。


「なんか…さっきのフィメルのあしらい方見て正直びびったわ。お前、学生時代チャラい感じだったっけ?噂もすげえ立ってるし、ちょっと意外。」


カキフライを食べていたデニスが一瞬固まった。

すぐに食事を再開したがーーーデニスは寂しそうな顔で笑ったんだ。


「婚約、結婚…初夜まで側で見てきた。ーーー護衛で側近って思ったより辛い。やさぐれてる自覚はある。」


普段聞かないデニスの弱音。

俺はびっくりした。訓練中も、さっきも。いっつも飄々としてるように見えたから。

やさぐれている…そんなデニスの言葉を頭の中で反芻してーーー思わず合唱。


「ご愁傷さま。」


俺の言葉にデニスは首をふった。


「俺がしたくてやってる。ーーーお前の狙ってる子いたら事前に言っておいて。気をつけるから。」


デニスはお手本みたいな台詞を言った。

クズのお手本な。

でも、心配はない。俺に関してはな。だってーーー


「ミシェーラちゃんには手を出すなよ!」

「ーーーお前、まだ言ってんのかよ。」


無理だろって笑われたけど、デニスにだけは言われたくなかった。

同じことを思ったみたいで、デニスも「俺が言えたことじゃねえな」って笑ってたけど。


そして、最後にデニスはトレーを持ちながら言った。


「それパートナー?」


ずっと俺の左腕でピラニアしてる同期を見て言った。

掴まれた腕がとても痛い。確実に明日は五本指のあざができてると思う。さすが騎士団で鍛えているだけある。

デニスの疑問には、俺が答える前に同期が「違います!!!デニス様の同期でし!」って答えてた。


ーーーピラニアよ、でし!ってなんだよ。笑われてんぞ。


ピラニアが離れたのはデニスがいなくなった後だった。

利用価値がなくなったからって真顔で言われたときはさすがに頭を叩いておいた。


「さあ、次は黒竜さまの離宮よ!」


元気よく腕を引かれながら…俺は察した、ああ、が見れるなと。見たくねえけど。

昼食後息つく間もなく、騎士団の制服に着替えた俺ら。

…騎士団護衛見習いって形で入室するんだって。昨日の今日で許可証まで貰ってる同期の行動力を別のとこで使って欲しいと、俺は心の底から思った。


黒竜さまの離宮は、王城の数ある離宮の中心にある。

惜しげもなく黒魔力を使って作られた黒竜さまの離宮は真っ黒で、今みたいに太陽光を吸い込むと、壁面に綺麗な模様が浮かび上がって、淡い光を放つ。

綺麗な模様は多分古代語。残念な俺の頭で分かった範囲では、離宮の防衛魔法に関連していると思う。

屋根は巻貝みたいに螺旋を描いていて、窓には明かりを取るためのカラフルなステンドグラスが何カ所もつけられている。図柄は飛竜が多いけど、一番大きな玄関の真上のステンドグラスには、前代の黒竜さまと寄り添うように金色の蛇が描かれている。

ーーーなんか、ライラックの連れてた使役獣にそっくりなんだよな。

前代の黒竜さまと同じサイズで描かれてて、サイズ感は全く違うけど。


黒竜さまの離宮はできるや否や、離宮の目の前で停まるプレートが用意された。

国民に黒竜さまを身近に感じてもらうためらしい。

大規模な魔術が施された見た目も華やかな離宮は、たちまち観光客に大人気スポットになったんだ。

騎士団は観光客を連れてここに来るから、俺も離宮自体は見慣れてる。

できてすぐの時に部外者を近くまで入れて、警備とかは大丈夫なのかって思ったんだけど、俺らが受けた説明によれば平気らしい。

王族の方によって防衛魔法が何重にもかけられてるんだって。

その中でも一番強力なのが、扉のところに描かれた巨大な魔法陣。

いつ何時も虹色に光っているその魔法陣は、文字通り世界最高峰の代物らしい。

陛下お手製の虹色魔法陣がある限り、黒竜さまの許可のないものは入れないのだとか。

俺はなんとなく「凄そうだな」くらいに思ってたけど、ある時ふらっとやってきた青竜さまが入れなくて、大騒ぎになったりした。

機嫌を損ねた青竜さまがちょっと怒ったせいで、周りの離宮が半壊になって笑えない事件だったけど…その時みんながこの離宮の防衛魔法の凄さについて実感したと思う。

始祖竜にさえ打ち勝っていくシャーマナイト陛下…うん、俺には凄すぎてよくわからない。


そんな離宮への入室許可をもぎ取ってきた同期と並んで虹色の魔法陣を通過した俺ら。

案内してくれた陛下の第一秘書であるアイリーンさんのーーー


「ジョシュアさまはライラの離宮に行ったっきり、執務室にいらしてないのよね…離宮が繋がってるのも考えものだわ。」


ーーーという言葉で、隣のジョシュアさまの離宮と渡り廊下で繋がっているんだと俺は今日初めて知った。


扉の前ではちょうどデニスが部下に指示を出してた。

午前と午後の引き継ぎをしているらしい。…いや、デニスよ、お前非番だろ…。


「あとは俺が見ておくから、正門の警備に行っていいぞ。」


デニスが言うと、騎士団員二人は敬礼して走り去っていった。

先輩団員たちは、俺らの方にも「護衛見習い頑張れよ」って笑いかけてくれたの優しいね。俺ら見習いじゃないんだけどね。


デニスが魔石に手をかざすと、扉がスーッと音もなく開いた。

中と外がつながった瞬間。

濃密な黒の魔素がぶつかるみたいに押し寄せてきて、思わず口を覆った同期と俺。

デニスはそんな俺らには目もくれずに中へ入っていった。

俺らは震えながらデニスに続いた。

黒魔力のプレッシャーは凄まじいがーーー息するのを忘れなければ死ぬことはないからな。

深呼吸を意識しなければ、動くのも躊躇いそうなほどの魔力に満ちた空間へ足を踏み入れると。


目の前に広がったのは不思議な空間。


離宮の一階は柱が何本か立っている代わりに壁はなくて、どうやら一部屋しかないようだ。

部屋には誰もいなかった。奥で飛竜が遊んでいるが、人らしきものは見えない。

入り口のすぐ右手に二階へと上がるためのセンターオブジプレートが停めてあった。


バスケでもできそうなくらい広々とした部屋は…一言で表すと巨大なプラネタリウムみたいだった。

光量は十分にあるのだけど全体が黒いのだ。そして、天井に星みたいに数え切れないほどにたくさんの魔石が埋め込まれている。その魔石全てが部屋に満ちた黒の魔素を吸って光を放っているから天井付近はぼんやりと白くけぶって見える。


床には一面に光沢のある絨毯が敷かれていた。

夜空みたいな暗めの青色。

絨毯には銀色の糸で魔法陣が刺繍してあった。入り口からでは端っこが見えないくらいの大きな魔法陣だ。どれくらい魔力を食うのかと思うとゾッとするがーーーこの部屋に満ちている魔力量を考えれば、きっと造作もなく動いているんだろうな。


頭の上でしゃらしゃらと音がするので、視線を向けてみると、天井のシャンデリアがまるで踊るみたいに揺れていた。

その数五つ。

金色の魔力で光っているので、浮遊魔法かもしれない。


部屋の中心には、正方形の巨大なソファが置かれていた。

飛竜の成体が乗れそうなくらい大きなソファだ。

あとは丸いテーブルが二つと椅子が四つ。

全部真っ黒。

これだけ広い部屋に家具はそれしか置かれていない。


部屋の奥に大量に置かれた観葉植物(だと思うが、やたら魔力が篭ってそうだったので自身はない)のところでは、赤と青の飛竜の子供が転げ回っている。ーーー飛竜の子供と同居しているあたり、さすが黒竜さまである。


玄関横の壁に存在を消すようにして張り付いた俺らとは対照的に、デニスは慣れた様子で中央のソファの端に座るとーーー天井に向けて呼びかけた。


「ライラー!交代の時間だぞー!」


デニスの不思議な行動に思わず顔を合わせた俺らは…次の瞬間、自分の目を疑うことになった。


リン。

鈴の音のような音がして、ソファにふわりと舞い降りた人影。

黒竜さまと…シャーマナイト陛下のお二人だ。

シャーマナイト陛下が人形の黒竜さまを抱きかかえるようにしている。

黒竜さまは真っ白な頬をシャーマナイト陛下の胸に押し当てた姿勢だ。

文字通りピタリと寄り添った二人。

部屋の魔素量が一段と上がったのはおそらく気のせいではない。


夫婦になった二人は…何度見ても、綺麗すぎて慣れない。

視界に入れても、同じ空間に存在する人間だと思えないのだ。

美貌もそうだが、それ以上に魔法使いからすると、魔力の質がおかしいのだ。

普通の人間にある混じり気みたいなものが一切ない。

ただただ黒い魔力。

加えて感情を置き忘れてきたかのような無表情。


ーーー二人に話しかけられるのなんて、黒竜の儀のメンバーくらいだって言われてる。花に吸い寄せられる蜂みたいによってく輩は絶えないってデニスはよくぼやいてるが。黒竜さまに以前のライラックの面影があるとか言うデニスはちょっと違う感性の人間だと俺は思ってる。どっからどう見ても完全に別人だし。


「転移魔法…生で初めて見たかも。」


同期の言葉で俺はうっかり呼吸を忘れていたことに気がついた。

いきなり吸い込んだらびっくりしてむせた。

咳き込みながら頷く。ーーー突然人が現れるって、予想以上に心臓に悪い。


うっかり死にかけている俺の目の前では、黒竜さまと陛下が会話を繰り広げていた。

それによると、転移魔法を使ったのはシャーマナイト陛下のようだ。黒竜さまがお礼を言っている。


ドエス=やさぐれ=ブライヤーズを製造した張本人である黒竜さまはーーー陛下が頷いたのを見届けると、デニスへと向き直り、ひまわりみたいに笑った。


「デニスーーー!待ってたよ!!」


シャーマナイト陛下の腕を抜け出し、紫色の羽をパタパタと動かしてデニスの方へ飛び出した黒竜さま。

デニスの顔が溶かしたマシュマロみたいに甘くて柔らかいものになる。

そんな二人をシャーマナイト陛下は無表情で見守っていた。

そしてデニスが頷いたのを見届けると、転移魔法で何処かへ行ってしまった。


「執務に行かれたのね。ーーー黒竜さまのおそばには必ずデニス様か陛下がいるって噂よ。」


同期の解説。

なんでそんな詳しいんだというツッコミはもう今更だろう。

同期のデニスへの愛が暴走しているが…デニスも負けていなかった。


飛行練習すると言い出した黒竜さまから片時も目を離さない。

そして、たまによろけるとすかさず回収。

デニスの胸の中で悔しがる黒竜さまを笑うデニス。

でも、その時の魔力の温度を見て…俺は思った。


「陛下は別の奴に預けたほうがいいんじゃないか…?」


俺のつぶやきを拾った同期が、声を落として言った。


「陛下は全てご存知の上よ。ーーー『デニス以上に信頼できる護衛はいないし、何よりライラ自身がデニスに対して心を許しているから。」…ある意味残酷よね。」


その言葉を聞いて…俺はデニスが一度だけこぼしていた言葉を思い出してしまった。


「ーーーお前はさ、絶対自分のものにできない人に、『わたしの全てをあげる』って言われたらどうする?」


その時は抽象的すぎて意味がわからなかった。

だから適当に答えたはずだ。デニスも笑ってたし、それ以上気にもとめてなかった。

でも今ならなんとなくわかる。


王族に仕えると言いながら、ライラックはきっとデニスに全てを渡そうとしたのだろう。

ーーーライラックの病気は中等部の生徒の間では有名な話だった。実際に何度か死にかけたっていうのも聞いてる。

黒竜の儀の裏には、きっと部外者が軽々しく口を出すのが憚られるほどに複雑な事情があったのだろう。


「誰も悪くなくて…デニスにとっては残酷な現実だけが残ったわけだ。」


俺のつぶやきは隣の同僚が聞き返してくるくらい小さなものだったのにーーーその時だけ、デニスがこちらを向いた。

赤い瞳に射抜かれて震える俺。デニスはすぐに興味を失ったかのように黒竜さまへと視線を戻した。


ーーー図星っぽい。そしてどんな身体強化使ってんだよ…。


その後もデニスの魔力はマグマみたいにドロついてたけどーーー決して魔素一粒も外には出していなかった。

表情はどこまでも甘くて優しかった。


昼に来てから外が暗くなるくらいの時間が経った。

シャーマナイト陛下が戻ってきた。

デニスと慣れた様子で異変がなかったか確かめ合っている。

黒竜さまはそんなシャーマナイト陛下をご機嫌そうに見ていた。


デニスが帰ろうと立ち上がったときに。

黒竜さまは無垢な少女の見た目で、びっくりするようなことを言った。


「デニスーーーストレス溜めすぎるのはだめ、でも火遊びは自分に火がつかない程度にね。」


黒竜さまの言葉にーーーデニスは一瞬固まったが…何も答えなかった。

さようならの代わりに頭を撫でたデニスに…黒竜さまは追い討ちをかけた。


「デニスを追い込んでいるくせに手放せないわたしを憎んでもいい。感情をぶつけてもいいし、魔力だって受け止めちゃうーーーでも、愛すべき国民である子たちを傷つけるのはダメだよ?」


自分の頭にあったデニスの手を取り、するりと撫でて笑う黒竜さま。


ーーーああ、ずるい。


同じことを同僚も思ったはずだ。

愛しい人に、これだけの執着を向けられて逃げられる人がいるだろうか。


デニスは黒竜さまを見て一瞬だけ嫌そうな顔になった後でーーーシャーマナイト陛下へと向き直った。


「ーーーあなたの愛しい黒竜はこう言ってますが…俺の反応を見て楽しんでるのは陛下の方ですよね…牽制かよ。ふざけてるな。」


黒竜さまが不思議そうに首を傾げた。

しかしデニスは強い視線をシャーマナイト陛下へと向け続けている。

デニスの不思議な言葉と視線の意味を…陛下はしっかりわかっているらしい。

陛下はこの日、初めて口元を緩めた。


「ーーーデニスがづくか気づかないかのラインを攻めてみた。」


シャーマナイト陛下に向けて、デニスはなんと舌打ちしていた。

黒竜さまの手を優しく退けさせ、足音荒く出口へと向かうデニス。

シャーマナイト陛下はそんなデニスを見て、怒るどころか目を細めて少し楽しげな様子だった。


俺たちは慌ててデニスの後を追った。

混乱する俺の横で、同期は目を輝かせている。


「これはくるわ…!」


同期はそう言ってーーーボイスレコーダーを取り出した。

俺は意味がわからず首を傾げた。

すると、離宮を出た途端デニスがわっとファンに囲まれた。


自分よりも背の低いフィメルやニュートに囲まれたデニスは…冷たく言い放った。


「今ちょっと魔力乱れてんの。ーーー乱暴されたくなきゃどっか行けよ。」


いつものデニスらしからぬ発言にーーー何人かの令嬢がふらふらとよろめいた。

隣の同期は鼻を抑えていた。俺は無言でティッシュを押し付けた。

デニスは彼らを温度のない目で見ていたがーーー自分の目の前にいた、真っ赤な顔で座り込んでいるニュートにおもむろに近寄って行った。

その時のデニスの表情が目に入って俺はしょっぱい顔になった。


ーーーなんだなんだ。何を見せられるんだ。


俺は胸がドキドキしてくるのを感じた。

残念ながらときめきの方じゃなくてホラー映画を見た時の感じだ。


ものすごくこの場から立ち去りたいが、同期がボイスレコーダーを押し付けてきたので(自分は鼻血に対応するらしい。その方がいいと俺も思う。)もたもたとその場に止まってしまった。


だからバッチリ見てしまったのだ。

友人のお持ち帰り現場を…


デニスは真っ赤になっているニュートの腕を取って引き上げた。

腰を抜かしているのだろう。なんの抵抗もなくデニスの胸に収まったニュート。


デニスは笑いながら小声で言った。

その子の耳元で。


「今ので興奮したの?ヘンタイだな。」


かわいそうに首筋まで真っ赤になっているニュートをひょいと横抱きにしたデニスはーーーわざわざ俺の横を通過して行きやがった。

去り際に最低な台詞を残して。


「ーーー参考になった?」


なるかぼけええええ!!!

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色なし魔法士は今日もごきげん 橘中の楽 @Cho-cho

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