第1章 第5話 いつかの自分

あんなところで何をしているのだろう。

酷く思い悩んでいる様子で、じっと俯いたまま動かない。


『…過去のあなたですね。あ、話しかけても無駄ですよ、私たちは認識できませんから。過去のあなたがそうだったように』


「なに…してるんだろう。こんなことしてた記憶全然ない…」


ナナコは思い詰める自分を固唾を呑んで見守る。

――あれ、思い悩むというよりは…。

ナナコは目の前の自分に違和感を覚えゆっくりと近づいてみる。

そして、違和感の正体に確信を得た。

――やっぱり、そうだ。全然覚えていないけど…。

目の前の自分。その表情は怒りに満ちていた。

硬く拳を握りしめ、静かに歯を食いしばっている。

月の光を反射させながら揺ら揺らと揺れる水面を映すその双眸の奥には強く燃える怒りを感じた。

眉根を潜め悔しそうに歯ぎしりをしている。

自分にこんな表情ができたのか。

ナナコは自分と相対しながらも恐怖を抱き思わず後ずさった。

その瞬間、座っていたナナコはすくっと立ち上がる。


「きゃっ」


突然の行動に思わず声が漏れたが、立ち上がったナナコは何事もなかったかのようにそのまま公園の出口へと歩き出した。

反対によろけ、しりもちをついたナナコが心配そうにもう一人の自分を見つめる。

そして自分の何かを決意したようなその顔を眺めていると、再び辺りが目を覆いたくなる強い光に包まれた。


「!」


目を開くとそこは、先程と同じ道だった。

人の流れも、光の位置も、音も、何も変わらない。


「……今のが、失くした記憶…」


そう呟くナナコの横で少女はいそいそと何かを書き取っている。

そして茫然とするナナコにメモを取り終え、ファイルをしまいながら声をかけた。


『そうです。ようやく1つ目ですね。まだまだ回収するものはありますよ。早くいかなければ。思ったより散らばっているようです、きっと1つ1つが短いものなのでしょう』


「え、ちょっと、そんな急がなくても…!」


すたすたと歩き出す少女を前にナナコが弱音を上げるも、少女はナナコに見向きもせず前進し続ける。

ナナコはしょうがなく少し小走りで少女の後を追い、隣に並んだところで話しかけた。


「っていうか、どこに行こうって言うの?会社はさっきの曲がり角を右なんだけど」


『決まってるじゃないですか。先程の公園ですよ』


「公園って…会社はどうするのよ」


『本来あなたが路頭に迷っていたからとりあえず生前勤めて長い時間を過ごした会社に行こうという目論見だったんです。あなたの記憶の手掛かりとなる場所が見つかった今、会社は後回しです』


そう言い放ち少女はピタっと立ち止まった。

そして急に立ち止まったことで少女より少し前にいるナナコに声をかける。


『ところで』


「な、なによ」


『あの公園はどこにあるんですか?』

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記憶駅 しらうお @baby-boo

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