【ショートショート】錬金術と核融合

佐藤佑樹

錬金術と核融合

 錬金術の起源は諸説あると聞く。紀元前の中国に古代エジプト、ギリシア、アラビア等々。いずれにしても近世にいたるまで世界広域にまたがって見られ、それぞれの地域に深く結びつき、根付き、固有の発展を遂げてきた。王朝の栄華を目指す文化圏では「不老不死の仙薬を追求する技術」として成長し、人民の平定を第一とした地域では「卑金属を貴金属へと変化させる技術」に主眼が置かれた。それが今日の医学、そして科学へと通ずる。

 驚くべきことにこれは元々神学の一派だった。神の創りたもうた世を卑しき我々が理解するための一助として、錬金術ならびに幾何学、天文学、音楽が思考された。しかして未だ我々は子羊に過ぎぬ。生く後、神の元へ還るのか、身体を返上するのか、名の下に世を廻るのか。解脱ならぬ身として我々はそれを知り得ない。

 君は星となった。

 どちらへ赴いたか人たる身では判じ様もない。荼毘に伏したから輪廻を巡ったのかも知らん。君の残した別離苦と小慈悲とが手元にあるのだから、やはりそうなのだろうが、杳として知れぬ。とかく星となった。

 売店でよく口論をした。君はチョコミントのアイスクリームが好きだ。君はおはぎならば粒あんのものが好きだ。揚げ物ならばコロッケが好きだ。お茶は麦茶。歯ブラシは固め。避妊具は薄め。色は桃色。主はこの様をみて蝸牛角上の争いと笑うだろうか。なぜ譲らなかったと今になれば思う。けれどそんな瞬間がたまらなく好きだった。君とはいつだって対等で、君には何時だって自己があった。

 不完全な術で生み出された金貨のメッキが剥がれていくように、賢者の石を遺失したニコラ・フラメルたる僕は、遥かなる天に潤いを献上することとなる。

 君は星となった。

 君こそが完全なる物質だったというのに。

 始めは線維腺腫だと言われたではないか。よくあるケースだと言っていたではないか。有史以来4,000年も続く学問の徒にそう言われたではないか。

 今になってもまだ我々は世界を少しも知覚できていないのだ。

 生の証左を得ようとする行為はおこがましいのだろうが、それでも何らか思いを巡らせねば止まない。君の今世がどうだったか、流転した先がどうか。少なくとも僕との出会いが良い触媒だったならば。

 君が星となったのなら全天で最も明るく輝くに違いない。アルファケンタウリとして、数光年ぽっちじゃあないか。物質から解き放たれた時、会いに行く。待っていてほしい。チョコミントアイスは知らない。おはぎはこしあんを食べる。歯ブラシは柔らかめ。避妊具はもう一生使わないだろう。でもいつだって君を探す。気ままな核融合でも満喫しているといい。いずれまた会おう。営為の粋なんかなくったっていつか飛び越えていけると信じている。

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