【特別読み切り】雰囲気を!

おもちさん

雰囲気を!

「今だステイシー、シャッターを閉じろ!」


 迫真の声が船内に響き渡る。暗がりに煌めく緑のダイオードが赤く染まるのは、誰の眼にも明らかだった。


「カモン、カモンカモン! 早くしろよポンコツめ!」


 自動シャッターが警告音とともに閉まろうとした。だが遅い。少なくとも、追い詰められた彼らにとっては、何十倍にも感じられた。


「エンリケ、伏せろ!」


「うわっ!?」


 闇の中を青白い光線がほとばしる。それが何者かに命中すると、耳障りな叫び声が鳴り響き、足音が遠ざかっていった。


「助かったよジョンソン。良い腕だな」


「よせやい。お互い様さ」


「ステイシー、怪我の方はどうだ?」


「心配しないで。かすり傷だから」


 彼女はそう答えるものの、容態が思わしくないのは気配からでも察しがつく。一刻も早く手当てを施したい所だ。しかし操縦室に逃げ込んだばかりで、この辺りに目ぼしい物が無いことは、クルーの彼らは良く知っていた。


「他の仲間たちは無事だろうか?」


「ベータ、ガンマチーム共に音信不通だ。設備がイカレちまったらしい」


「畜生! 地球まであと少しだっていうのに!」


「大声を出さないでよ、怪物を刺激しちゃうでしょ」


「そ、そうか。スマン」


 その時、天井から金属板が降ってきた。身構えるクルー達だが、緊張はすぐさま緩むことになる。現れたのは気心知れた仲間だったからだ。


「お前は尻破紺盛造(しりやぶれこんもりぞう)じゃないか! 無事だったのか!」


「へへっ。化物の晩餐になるために乗船したワケじゃないからな」


「まさか生きてるとは、悪運の強ぇヤツだよマッタク!」


「おっと、ただ運が良かっただけじゃないぜ。ほらステイシー。メディカルキットだ」


「ありがとう、アナタには感謝してもしきれないわ」


「やめろよ、オレ達は仲間だろ。なぁエンリケ」


「……エンリケ?」


 皆が盛り上がりムードを見せる中、1人だけ沈んだ表情になっていた。周りのクルー達が不審げな眼を向けると、エンリケは静かに口を開いた。


「あのさ、ちょっと違わない?」


「違うって何がだよ」


「いや、コイツだけ別次元っつうか。ムードが台無しっていうか」


「突然何を言い出すんだ? コンモリゾウは最初から居るクルーで、ずっと苦楽を共にしてきた仲間じゃ……」


「分かってる、分かってるんだよそんな事は!」


 それきりエンリケは椅子に座り込んでしまった。肩をすくめたジョンソンだが、すぐに話を続けた。


「気を悪くしないでくれ。エンリケも寝てないから、ちょっと不安定なんだ」


「そんな事よりも、例の化物対策について話しあおう」


「何か知ってるってのか?」


「悪い報せと良い報せがある。どっちから?」


 ジョンソンとステイシーは互いに視線を重ねると、その片方が口を開いた。


「悪い報せから頼む」


「オーケィ。例の化物に通用すると思われた、ポムッポヨンの果実酒だが、どうやら耐性が出来たらしく……」


「おい、なんだその緊迫感のカケラもないネーミングは! ふざけてんのか!」


「エンリケ、頼むから静かにしてくれ」


 たしなめられたエンリケは、口元をわななかせながら再び黙りこくった。


「済まない、続けてくれ」


「果実酒は耐性が出来て無効だ。強化レーザー銃も、高圧力電磁弾も通用しなかった」


「クソッ。化物の野郎め」


「良いね良いねそういうの、その路線のヤツもっとくれよ!」

   

「オレ達がピンチになった話をしてるんだぞ!」


「エンリケ、あなたちょっとオカシイわよ?」


 散々に罵られた彼は、突き上げた拳を震えさせた。そして静かに腰を降ろしたのだが、先程より感情が昂ぶっているように見えた。


「安心しなよ、お2人さん。ちゃんと朗報もあるんだぜ」


「期待して良いのか、コンモリゾウ?」


「オレはメカニックだぞ。有りっけの資材をかき集めて強烈な銃を作ってみたんだ。これで化物もイチコロさ」


「マジかよ。どんな武器だよ」


「これはな、『ヤヤソチン光線』という、高出力の……」


「はい出ました、とうとう飛び出しちゃったね下ネタが!」


「お前はもう黙ってろ!」


「そうよ。ヤヤソチン光線の何がいけないの?」


「やめろステイシー、女性の君が口にして良い言葉じゃない!」


「意味が分からないわ、いい加減にしてよ!」


「それはオレのセリフだ! もっとこう、雰囲気を大切にしろぉーーッ!」


 エンリケはとうとう怒りを爆発させ、椅子を激しく蹴り飛ばした。そしてドアを解錠すると、いずこかへと駆け去っていった。


「ふざけんなよマジで。こんなコントみてぇなノリで死んでたまるか!」


 船の構造を熟知するエンリケは、暗がりの中でも自由に動き回る事が出来た。脱出用ポッドを探り当てるのも難しい話ではない。


「あばよ馬鹿ども。面白おかしく化物退治に励むんだな」


 ロック解除の為に、カードスロットを起動させたその時だ。彼の手元に粘性の強い液体が振りかかった。慌てて頭上に眼をやると、天井には四足の獣が張り付いていた。


「嘘だろ……どうして」


 恐怖に囚われたエンリケが静かに後退る。


「どうしてこんな時だけホラーもののセオリーを踏襲するんだよッ!」


 それが最後の言葉になった。次に響いたのは断末魔の叫び声である。


 そして、他のクルー達はどうなったのかと言うと、コンモリゾウの発明によって救われた。試作機の銃は凄まじい威力で、怪物を一撃のもとに粉砕してしまったのだ。


 生存者達は無事、母なる地球の大地を踏むことが出来た。肩を抱いて喜びを分かち合う彼らだが、脳裏に居座る謎が笑顔を曇らせた。あの化物は何者であったか。そしてエンリケはなぜ、突然狂気に身を踊らせたのか。


 それらが解明する日は、いつの事になるのだろうか。


 

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