スワイパー・セヴン
志々見 九愛(ここあ)
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このニッパー型の爪切りはかなりの高級品で、デビュー戦で初めて貰ったファイトマネーを全てつぎ込んで買った思い出の品だった。あれから数年経つけれど、切れ味が落ちることもなく未だにヘビーに使っている。いい買い物をしたはずだ。
僕はソファに座り、ちょっと前のめりになってテーブルに両肘を立てて、人指し指、中指、薬指、と荒めに爪を切っていた。
とても小さな爪の欠片が、弾けてどこかへと飛んでいくこともなく、ティッシュの上にぱらぱら落ちていく。
ある程度切り落としたら、できる限り白い部分が残らないよう、丁寧に深爪していく。
「あなたの記事が見開きで載ってますよ」
そう言った百合子さんは、僕に雑誌を開いて見せつけてきた。手を合わせ、真面目くさった顔で喋る僕の写真がある。
「小池百合子」
僕は猫の手を作って、指先を確認した。それから、ティッシュの四隅を持ってこぼさないように包み込むと、テーブル横のゴミ箱に投げ入れた。
まだ爪の手入れは終わらない。専用の紙やすりで切り口の角を取り、研磨剤で仕上げる必要がある。
新しいティッシュをテーブルの上に敷いたところで、彼女が言った。
「やすりがけと仕上げは私がやりましょうか?」
僕は彼女の提案に首を振った。別に信頼していないわけではないし、マネージャーである彼女に手入れを頼むことの方が多い。けれど、今日はなんだか自分で一通りやっておきたい気分だった。
「パックだけお願いします。それよりも、記事の感想を聞かせてくれませんか」
「まだ全部は読んでないですけど」
「じゃあ、読んでください」
「分かりました」
彼女が僕の隣に座った。
ソファの沈み込んだはずみで、僕の体が無用に動いてしまう。もし作業の最中だったら、怒ってしまったかもしれない。けれど、彼女がそこまで気の回らないような人間ではないことを知っていた。
僕はピリピリしているのか? いや、やすりがけが非常に繊細な作業だからだ。指先そのものを傷つけないようにしなくてはならないし、特に重要な指である右の人差し指と中指は、ウェットティッシュを使って削り粉を拭いつつ、ルーペで切り口の状態を見ながら慎重に削っていかねばならない。
僕はサテンのハンカチを、真ん中に指を突き立てるみたいにして持ち上げると、研磨剤をほんの少しだけつけた。爪半月のあたりを中心に、軽く摩るのだ。左の人差し指が終わったら中指、薬指、小指、そして親指。爪全体が綺麗に光るまでやらなくてはならないが、基本的には前回のメンテナンスで光らせた部分はそのままなので、そこまで重い作業ではなかった。
「読み終わりました? こっちは研磨まで終わっちゃいました」と僕は言った。
「ええ。今感想を考えているところで」彼女はソファを立ち、部屋の隅のラックから小分けにされたハンドパックを2セット取ってきて、座り直した。包装を破いて中身を取り出しながら「ソフトフィンガー、スワイプを語る。この題名は好きですね」と言う。
「小池百合子」
彼女の持つ濡れた手袋が、その履き口をくぱりと開いた。僕の手が中に招き入れられ、その上からラップでぐるぐる巻きにされてしまった。
小さな声で「よし」と言って、安堵の表情を浮かべた百合子さんを見る。
すると、僕はいつも、肩こりをほぐした後みたいな軽さを感じる。
ちなみに、ソフトフィンガーは僕に付けられた二つ名みたいなやつだ。好きで名乗っているわけではない。こういったものは、僕らスワイパーと対峙したモニター連中によって名付けられることが多いのだ。仮に『激辛スパイス』と呼ばれるスワイパーが居たとすれば、それはモニターたちが『これは辛過ぎるみたいで、スパイスのよう』と感じることが多かったということ。そう考えると、ソフトフィンガーはかなり無個性なので、嫌いではなかった。
「この記事、タイトルはいいんですけど。内容は大ウソですね!」
百合子さんがおどけたみたいに軽く笑った。それから縛られている僕の両手を、その膝に重ねるように乗せて置いた。温めるために。
どきりとする。
押し隠してきたはずなのに、彼女は気付いている。
「どうしてですか」
「だって要約すると、」彼女は暗唱するみたいに瞳を上に向けて言った。「三年でスワイパーセヴンの座に就き、さらにその第四位にまで上り詰めたソフトフィンガー。彼は決して天才などではなかった。そのサクセスストーリーの裏に隠された努力と苦労が、かくかくしかじか、ですよ?」
「ええ、インタビューで答えた通りですよ。努力も苦労もしてるじゃないですか、僕」
「もちろん知ってます。でも、この記事に書かれていることは、私の解釈とは言葉の意味が違う。つまり大ウソです。わざと勘違いされるようにインタビューされましたよね?」
僕はとぼけるふりをした。
彼女の言わんとしていることは分かる。
僕は本来、スワイパーでもモニターでもない。
廃棄物だ。
◆
スワイパーが何をどのように行い、モニターがどう反応し何が起こったか。これらに二分された人類は本能的に、その過程と結果を求める、とされている。多額のファイトマネーは常にスワイパーに支払われ、モニターは代わりに興奮を得る。これが社会の縮図だと言う人もいる。
冗談じゃない。
前座試合の終わりを告げる歓声が聞こえてきた。僕の出番がそろそろ近づいてきたということ。
百合子さんに向かってぺろりと舌を出し、吐き気止めを二錠乗せてもらった。コップから水も飲ませてもらう。
専属のマネージャーになってもらって、もう随分と経つ。すっかり試合前の儀式みたいになってしまっているけれど、このタイミングだと手を使えないから仕方のないことなのだ。
「百合子さん」
「なんですか?」
「僕はこの瞬間が、唯一、好きですね」
「お薬を飲むのがですか?」
「はい。あなたは嫌かもしれませんけど」
「別にそんなことないですよ」
彼女が口元を隠して笑うのを見て、なんだか熱くなってくる。
「思えば、僕がこうして薬を飲ませてもらえるのもあと一回ですか。寂しくなります」
「ありがとうございます。最後までマネジメント、手を抜きませんから。あ、私が落ち着いてからとか考えずに、いつでも遊びに来てくださって構いませんよ」と言って、意地悪そうにはにかんだ。
「それは…… 残酷なことを言いますね。きっと、たぶん、行くかもしれません」
「お待ちしてます」
「小池百合子」
「はい」
「では、行ってきます」
手を胸の前に出した、メスを待つドラマみたいな外科医の姿勢で控室を出る。廊下を歩いていくと、ところどころに僕を見るために関係者ぶった人たちが立っていて、応援の言葉をかけてくれる。こういう時は笑顔を返しておけばいい。吐き気止めがしっかり効いていた。
進行方向から聞こえてくる喧騒は、どんどん大きくなっていった。僕はスタッフに立ち止まるよう指示され、きちんと従った。
「スワイパーセヴンが第四位」盛り上げようとする悪意に満ちたアナウンス。「超新星、ソフトフィンガー!」
あくびが出そうになったが、それを噛み殺して会場内へと入った。肩に羽織ったタオルと手袋が誰かに剥ぎ取られた。そして、観客の歓声の中を進んで、中央に設置された試合場の中へ。大昔にあったという暴力的なスポーツでは、この周囲をロープで囲っていたらしい。
今日の対戦相手は、男性モニターの中ではかなり序列が高い。けれど、百合子さんが資料を集めてくれたので、完璧に対策済みだった。そんなことをしなくても、常にスワイプする側が優位に立つし勝利するのだけれど、成り上がるとなれば話は別なのだ。大枚をはたいて最前列で感覚を共有しながら観覧している人たちを巻き込んで昇天させなければならない。
相手は試合場の真ん中に突っ立っていた。グレーのボクサーパンツ一丁で、そのけむくじゃらな背中を僕の方に向けている。
照明やカメラをぶら下げた静音ドローンが、蝿みたいにそこらを飛び回りながら、彼にスポットライトを当てていた。
既に戦いは始まっている。彼に寄っていく歩調は、近づいていることが悟られてしまうくらいがちょうどいい。
僕は相手から半歩後ろのところに立った。右手の5本の指先を、そうっと彼の肩に着地させる。その背中はしっかり鍛えられていて広く、そこそこの脂肪が乗っていて、毛深かった。
クモが壁を降りていくみたいに、全ての指先を下へと動かしていく。
「毛の処理をしろよ。世界中がお前を見ているんだけど?」と僕はモニターに話しかける。「分かっててやっている?」
「はい……」
「わざとお前は世界中に毛むくじゃらの醜い体を見せてるんだ」
「俺の体、見て欲しくて」
「正直に言うね」僕は手を離し、相手に身をぴったりくっつけて、耳元で囁くように言った。「でも、きみはひどく醜いな。心が」
指先で腿の裏に触れてやる。体毛を掻き分けるみたいにゆっくりと下から上にヒップの境目までなぞっていき、ちょっと体を離して、パンツの上を伝って背中まで持っていく。
「まだ何もしてないけど」
「い、ひ」
相手は深呼吸を繰り返して、平常心を保とうとしているらしい。
それを見て、僕はこの戦いはすぐに終わらせられると悟った。百合子さんのデータ通り、口先で惑わして、肌への集中力を誘導すれば簡単に果てる。
こいつは、もう二度とモニターとして立てないように、腰を抜かしたまま廃人になれる刺激で壊してしまおう。この勝負は、たった一回のスワイプで決まるだろう。
両手の指先を、触れるか触れないかくらいの圧力で、ものすごくゆっくりと、ヒップの中心へと向かって黄金の螺旋を描くよう動かした。
僕は相手の肩越しに下を見遣りながら、その事実を突きつける。
「まだタップすらしてないよね。それなのに、このテントは、何?」
相手は小刻みに口から息を吐いた。
まだ耐え続けていたいなら、そんなふうに呼吸をしてはいけない。
「汚い染みまで作って。ほら、ドローンがカメラをそこに向けた」
「は、はやく……」
急かされても応じる気などさらさらない。この男の攻略法は決まっているのだ。そして、二度と立ち上がれないようにする。
頭の中に浮かんだロードマップに従って、最後の一撃に向かって指で相手を誘導する。
「染みが広がってるけど」
男は言い返す余裕も無いらしい。
僕はパンツのゴムを二回弾く。
「ぽろんって出してみてもいいよ? その後、どうなるかは知らないけど。たまにあるよね、そういう事故が」
ライトをぶら下げたドローンがその一点を照らし、複数のカメラが向けられている。ドローンを制御している好事家が、社会の窓の隙間を捉えようとしているのかもしれなかった。
「出さないの? 自分でしたらいいじゃないか。今ここで。見ててあげるし」
モニターは拳を強く握っていた。
僕は左手で、それを包み隠すみたいに握ってやる。
「我慢するの? 終わらせたくないんだ。でも、この先に進んだら、どうなるかわかるよね。何もしてないのにこんな状態なんだ。きみ、死ぬかも」
腰の上にぴったりつけた右手の指先を、バタつかせるみたいにしてパンツの中へと潜り込ませる。
ひどく汗をかいていて、ぬるぬるしていた。脂汗というやつだろうか。
中指で尾骨の先端を軽く押した。フェザータッチはやめて、汗を利用する方向に変えたからだ。
「もうちょっとだね?」
返事は無い。だが、頭の中で想像してしまっているにちがいない。
僕は人差し指と中指で、男の体毛を退かしながら、尻の割れ目の中を進ませていった。
小刻みな体の震え、不整脈、過呼吸…… 相手の昂りが分かる。世界中のモニターも、同じようなことになっているだろうか?
辿り着いた先で、皮膚と襞との境目に触れた。
僕はいったん指を浮かせる。
そして、中指の先端を、その孔の真上に置いた。
「ほら、タップした」
とんとんと軽い力で二回叩く。
「ダブルタップ」
孔の広がりを感じ、逃げるように指を浮かせる。
男の呻き声を、ドローンが拾って世界中にお届けしていることだろう。
「い、挿れ……」
「嫌だね。腸から粘液垂れ流して、僕にねだるのか?」
指で触れたり離したりして、汁遊びをしていると彼に伝える。
相手は生まれたての子ヤギみたいになっていて、立っているのもやっとのようだ。
もう頃合いと見ていいだろう。
そして僕は、彼の肛門をスワイプした。
事務所に帰り、洗面所に引き篭もった。洗面台の蛇口を全開にして、両手を水に晒し続ける。試合の後は、どれだけ流しても汚れが落ちないみたいな気分になる。
そこにあれば、クレンザーでごしごしやり始めたはずだが、買ってきても百合子さんがすぐに捨ててしまう。それはマネージャーとして正しいことだった。彼女が導入を決めたハンドソープは、何プッシュ使っても手が荒れないのだ。
「まだ流してるんですか」
「小池百合子」
彼女は問答無用で蛇口の水を止めた。
「まだ、全然足りないんです」
僕はびしょ濡れの手を彼女に差し出した。水が滴ってスリッパの上に落ちても気にしなかった。どこか不安そうな彼女の顔を見ていたからだ。
「とはいえ、これ以上は良くありませんから」
そう言って、彼女は腕に掛けていたタオルを広げる。
僕の手を挟みこんで水気を吸い取っていく。摩擦を起こさないように、押し付けるだけの優しいやり方だ。
僕は事務室に戻り、応接用のソファに腰掛ける。
百合子さんがハンドクリームを持ってきた。それを自分の手に馴染ませていくところを眺める。
僕と彼女の手の違い。近くで見比べても、意味を持つ差異があるようには思えなかった。同じじゃないか。
彼女の温かな手が、流水で冷え切っていた僕の手に触れる。クリームがしっかり染み込むように、塗り込むみたいな丁寧な仕事。
こんなこと、本当は全部自分でできるんだ、と思った。以前は一人でやってきたのだから。でも、煩雑なメンテナンス作業から解放されるためにマネージャーを雇ったという事実とは矛盾する。
いつもされるがままだった僕の手に、自然と力が入ってしまった。
「どうしたんですか?」
手を握られて、彼女は戸惑ったのかもしれない。
「どうもしませんよ、小池百合子さん」
「そうですか」
彼女が微笑みを浮かべた。
ハンドクリームはいつもよりたっぷりと消費され、この時間はとても長く続いた。
◆
二日ほど外に出ていない。
ひたすら2000年代の映画を見て過ごした。古い映画は良いものだ。今の二分された人類が存在しないから。
次の試合のオファーは二ヶ月後だった。
新しいマネージャーを探さなくてはならない?
考えてなかったわけではないが、全くその気になれず、ただ無防備に、百合子さんが去るまでの時間を無駄遣いし続けている。
彼女は今頃、荷物を整理して旅支度をしているに違いなかった。
急ぐ必要は無い、と自分に言い聞かせる。数年は何もしなくったって、不自由せず暮らしていけるだけの蓄えがあるのだ。
5年サボると決めたって、どうせ保湿用の手袋を外せない自分がここにいる。
胃薬や吐き気止めではどうにもできない閉塞感に苛まれている。
壁面スクリーンに、百合子さんからの通知が浮かんだ。
「繋いで」と音声入力。
彼女の顔が現れる。
向こうにも見えていることだろう。ジャージに手袋をした、寝癖頭の僕の姿が。
「あれ、寝てました?」
僕は首を振る。「いえ、起きてました」
「荷物も送り終えましたので、これから出るところです」
「お手伝いできなくてすみません」
「いえいえ。業者に頼みましたし、私の作業よりご自身の手を大事にしてくださらないと」
「ありがとうございます。見送りに行ってもいいですか?」
「なんで訊くんですか。来てくださったら、私は嬉しいですよ。でも、今からだと間に合わないかもですね」
「それでも、とりあえず行きます」
「最後にちゃんとご挨拶、できるといいんですが」
通話を切ってタクシーを配車すると、僕はそのまま家を出た。
1分もしないうちに無人タクシーがやってきたので、乗り込んで行き先を空港に設定する。
経路から算出された到着までにかかる時間は2時間。AIがそれでいいかと念を押してくる。確かにタクシーで行くような距離ではなかったが、他の交通機関を使ったところで、所要時間はほとんど変わらないだろう。
僕はトンネルを待ち、窓に映る自分の顔を見て、可能な限り身嗜みを整えた。手櫛で寝癖を直すは困難なことだった。信号や法定速度を無視して走って欲しかったけれど、その要求が受け入れられることはなかった。
空港に入ってナビゲータを操作し、百合子さんの位置を尋ねる。飛行機が発つまで、もう少し時間があるみたいだ。
搭乗口に近いところの喫茶店で、コーヒーを飲む彼女の姿を見つける。
僕はすぐに駆け寄って、彼女と同じテーブルに座った。
「来てくださったんですね」
「なんとか間に合いました」
なんとなく気まずい空気だった。
お互いに、別れというものに慣れていない。
「これ、多分、私が飲める最後のコーヒーなんですが、ちょっと酸っぱいです」
「一口いただいても?」
「はい、どうぞ」
僕は一口だけ飲んで返す。
「本当だ。少し時間が経ってるのかな」
「そうかもしれません。ですが、これも思い出です」
「そうですか」
「そうですよ」
そこで言葉が途切れた。お互いに静かに微笑みあってはいるものの、いつもみたいに会話は弾まない。頭の中で言葉を選んでしまっている。
「……今日は」と彼女の方から切り出した。「お会いできてよかったです。本当に。私が、スワイプ側として生きる最後の日に、もう一度あなたに会えたので」
「僕は、百合子さんと仕事ができて、とても幸運でした。この先どうなることやら……」
「ごめんなさい。私からは何も……」
それはそうだろう。もう、彼女には何もできない。これから彼女は、現代社会から弾き出されて、隔離される。二分された人類に見下されながら、テクノロジーの恩恵を受けずに生きねばならない。
どうしてそんなことができる? 真実を述べるより、擬態していた方が楽じゃないか。これは、僕がやめると聞かされてから、ずっと避けていた問いに他ならなかった。
「一つだけどうしても訊いておきたいことがありまして」と僕は問う。
「はい、なんでしょう」
「どうして、お認めになったんですか。自分が廃棄物であると」
「単純です。辛かったんですよ。自分を偽って生きるのも、あなたを見ているのも」
「そうですか……」
僕はそれ以上何も言えなかった。ここから出ていった方が、気持ちが楽になる。僕だって、そんなふうに夢を見たこともある。
搭乗のアナウンスがあり、僕らは席を立った。
彼女が頭を下げる。「お世話になりました」
「いえ、こちらこそ」僕は慌ててお辞儀を返した。「今までありがとうございました」
頭を上げたとき、目と目が合った。
「展望デッキで見送りますよ」
「機内から手を振ってみますね」
再度、同じ搭乗のアナウンスが流れ、彼女が踵を返して去っていく。
僕はインフォメーションで、彼女の乗る飛行機がどの滑走路を走るかを確認した。展望できる場所いくつか教えてもらって、案内通りに空港内を進む。
そこにはいくつもテーブルが設けられていて、飛行機をのんびりと眺めることができるようになっていた。テイクアウトしてきたコーヒーを啜りながら、2機、見送った。
今、滑走路から離陸した飛行機がある。
時間をみて、きっと、百合子さんが乗っているんだろうな、と思う。
こちらに手を振ってくれているだろうか。
機影が遠ざかっていく。どんどん小さくなり、見えなくなる。その飛び去った後の空をしばらく眺めていた。
たまらなくなって、僕は目を擦った。喉の奥が熱くなり、それが目頭の方まで上がってきたからだった。
ハンドクリームを塗ってもらったきらめきや、吐き気からの守護天使。
「小池百合子」
僕は手袋を外して放り投げた。
右手と左手を交互に見比べる。
もう、無理だ。
僕が指で触れたいものは、モニターの肛門なんかじゃない!
僕は、スワイパーで有り続けられない。
この指は、彼女の乳首を連打すべきもの。手の平全体で、そのおっぱいを包みたい!
「ありがとう。ありがとう」
僕は展望デッキを駆け出した。
荷物をまとめ、国に申請を出し、この現代社会からドロップアウトする。彼女みたいに。
公式に認めよう。
僕だって彼女と同じ、廃棄物なのだ。
スワイパー・セヴン 志々見 九愛(ここあ) @qirxf4sjm
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