寝室の暗闇
早坂慧悟
寝室の暗闇
「どうしたの?」
寝室の暗闇の中、声がする。
「ちょっとね、嫌な夢を見た」
うーん、と唸りながら答える。
「自分がまだ独身で狭い小さなマンションの部屋に住んでるんだ。友達や知り合いもなく、ラーメンを作ったりして食べてるんだ」
暗闇でプッと吹き出す声がした。
「わたしはどこにいるの?」
「いや、だから夢だからさ、君はいないよ」
シーツをかけ直す音がした。こんな夜中に起きて暑いのだろう。
「いないのね、じゃあ気楽な一人暮らしね。大丈夫なのあなた?」
暗闇の中、少し笑った声がする。
「大丈夫じゃないよ、俺がろくに料理作れなくて、掃除嫌いなの知ってるだろ」
「でもあなたお米炊いたり洗濯機回したりは出来るじゃない、大丈夫よ」
「ほんとにそう思うか、家事だけじゃないだろ。土日だれも話し相手がいなくて一人でいるんだ。実家にわざわざたまに飯を食べに帰るような生活だぞ」
暗闇からまた声がする。
「だってわたしがいないなら仕方ないわ」
「だから夢の話だって言ってるだろ。そんな生活想像したくないね。」
暗闇からクスクス笑う、
「そんなに私がいない生活は嫌?」
少し嬉しそうに暗闇からまた声がする。いい加減寝たらどうだ。
「あたりまえだろ、お前がいて俺の生活は成り立ってんだ。色々と不便だしさびしいよ」
「そうなのね。」
「お前がいなければ生きていけないよ」
「でも生きてるじゃない」
「だから夢の話だろ、いまお前はそこにいるじゃないか」
「さあどうかしら」
「ふざけるなよ、俺には妻がいるだろ、お前が」
「さあ‥どうかしらね」
そして暗闇からクスクス笑い声が聞こえる。
こんな押し問答もうやめよう、そう思い自分も布団をかけ直し寝ることにした。
「明日も早いんだ、もう寝よう」
「………ねえあと少しだけ」
「もう寝ないといけない」
「五分丈でいいから」
暗闇からまだ声がする。いい加減寝たらどうか。
「もうやめにしよう、おやすみ」
「………ねえ、わたしがいないと生きられないって………」
「ああその通り、そんな人生味気ないね生きる屍、廃人さ」
「そんな大袈裟ね、わたしなんかなくたって」
「いや、いなきゃ困るよ。生きてても一人じゃ張り合いがない」
「そうなら………」
「ああそうさ、だからおやすみ」
暗闇から鼻を啜る音がした。
「………なんであの時追いかけてくれなかったのよ」
「夢の話だって、お前はそこに‥」
「いないわ」
暗闇から声が消えた。
ああそうだ、暗闇には誰もいないのだ。
寝室の暗闇 早坂慧悟 @ked153
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