恐怖の安楽死法

@HasumiChouji

恐怖の安楽死法

 俺は地元の医師会の倫理委員会に呼び出される事となった。「安楽死法」制定後に「安楽死幇助」となる医療行為の妥当性を事後検証する為に設けられた委員会だ。

 もちろん、「安楽死法」の性質上、「安楽死として妥当か?」を検証するのは、オイボレども……いや地元医師会の重鎮達の中でも「安楽死慎重派」だ。

 つまり、呼び出された時点で俺が不利なのだが、まぁ、オイボレどもを論破する為の理論武装はちゃんとやっている。……とは言え、早めに医師会にやって来て、待ち時間の間に「安楽死積極派」の医師仲間がネット上にUPしたアンチョコを復習していたが。

「○○先生、第×会議室にお越し下さい」

 どう言う事だ? 倫理委員会のメンバーは一〇人前後なのに、四〇人は入る会議室が使われる事になっている。

 会議室に入ると……あれ? 倫理委員会のメンバー以外に……年齢・服装・性別・職業その他に何の共通点も無さそうな連中が二〇人以上居た。

 それも、見覚えは有るが誰かまでは思い出せない顔がいくつか有る。まさか、安楽死反対派の市民団体か?

「君は、昨月だけで二〇人以上に対して安楽死を試みている。中々のペースだな」

 倫理委員会の委員長がそう切り出した。

「ええ、しかし、安楽死法には違反していませんが……」

「だが、君の依頼者からの苦情もそれに関係が有ると考えざるを得ない」

「ちょっと待って下さい。依頼者からは同意の書類を得ている以上、依頼者の家族からクレームが有っても……」

「なるほど……君にこそ安楽死が妥当だな」

「えっ?」

「はて? 私が、いつ、『依頼者の家族からの苦情』と言ったかね?『依頼者からの苦情』と言った筈だ」

「……えええええっ?」

 ……殺せ〜。……いや……生かせ〜。……その藪医者から安楽死の権利を剥奪しろ〜。

 大きな声では無かった。

 激昂しているようでもなかった。

 しかし、会議室のあちこちから響くそのいくつもの声は、地獄の底で発せられるような怨嗟の声だった。

「君は……最近、ちゃんと学会に顔を出したり、論文をちゃんと読んでるかね?」

「えっ?」

「不死ウイルスは変異が激しい為、少し前は有効だった『安楽死』方法が現在でも有効とは限らず、『安楽死』処置後は最低でも四八時間経過を観察しろ、と云うのが常識になっている筈だが……」

「え……えっと……」

「最低でも四八時間かかる医療行為を一月に二〇件以上か……。計算が微妙に合わないような気がするのだが……」

「あ……あの……その……まさか……」

「ここに居るのは、ほんの一部だ。君が『安楽死』処置に失敗した依頼者は、この数倍は居る」

 ま……まずい……。

「さて、お集まりの皆さん。安楽死法では『安楽死幇助を行なった医療従事者は、自分が社会に不要または有害な人間となった時点で安楽死するとの意志を示したモノと判断する』と規定されていますが……どうすべきですかな? 単なる底抜けのマヌケなら、この社会は存在を許容出来るでしょうが、ここまでのマヌケが医療行為を行なっているとなると、社会に対して有害な存在と考えざるを得ますまい」

 殺せ……。

 いや、安楽死の権利を剥奪しろ。

 生温い。不死ウイルスに感染させろ。

 会議室内からは様々な意見が出た。

 一つ言えるのは、どの意見が通っても、俺の未来は真っ暗だと云う事だった。

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