第24話 客商売とは
依頼人さんがやっている屋台は、噴水広場ではなく、街の中心寄りにある石畳広場にあるらしかった。
「石畳広場って、割と高級なものを扱う屋台が多いって聞いたことがあるぞ」
「そうね。噴水広場の屋台は農民向けだけど、石畳広場は工房に勤める職人や、各種協会の職員みたいな人向けらしいわ。ちょっと高級な屋台って感じね」
「へぇ。何気に初めて行くから楽しみ」
「俺もだ。俺たちは商人用の資金を持っているだけで、金持ちってわけでは無いからな」
言われてみればそうだ。
たしかに俺たちは大金は稼ぐけれど、私生活は以前と同じだし今は贅沢をする気もない。
「あ、あれじゃないか?人がいっぱいいるな!」
「それっぽいわね。ええと、依頼人さんがやっている屋台は、食品を売っていて、広場の中心のほうにあるらしいわ」
「了解。見つけたら教えるね」
石畳広場は、噴水広場よりは小さかったが、それでも出ている屋台は盛況だった。
また、すれ違う人の身なりが噴水広場よりもきれいだ。注意深く屋台を観察しながら歩くと、広場の中心あたりでツェリアが声を上げた。
「あの屋台よ。うーん、混んでるわね……」
「とりあえず行ってみよう!屋台にはもうひとりいるみたいだし」
ツェリアの目線を追うと、たしかに夫婦らしき二人で切り盛りしている屋台があった。
人とぶつからないように注意して歩み寄ると、顔を上げた店主と目が合う。
店主は、もう一人の人と何やら話したあと、屋台をぬけて俺たちの方にやってきた。
「こんにちは!依頼の件、お引き受けしてもらえますか?」
「はい。なので、どのようなレシピをご希望か、報酬はどうするかなどを決めたいのですが、お時間はありますか?」
「大丈夫です。では、ここは人が多いので……向こうの公園に行きませんか?」
ツェリアが了解する。
俺たちは、依頼人さんと共に公園に向かった。
公園は石畳広場にも近いが、あまり人は多くない。話すのに丁度よさそうだった。
公園に足を踏み入れ、木陰で立ち止まると、ツェリアがすっと前に出る。
こういう交渉は、商売経験があって冷静なツェリアに任せるのが得策だろう。リウスは感情に任せてとんでもない価格で売りそうだし、俺は緊張でまともな思考が出来なくなりそうだ。
「改めまして、ご依頼ありがとうございます。まずは、どのようなレシピをご希望ですか?」
中肉中背、俺の父さんよりも少し年上に見える依頼人の男性は、顎に手を当てて口を開く。
「とにかく、売れそうな料理のレシピを1種類買いたいです。出来れば甘いもので」
やっぱり、この世界では甘いものがよく売れるらしい。
滅多に食べられないもんね。
ところで、砂糖は使えるのだろうか。
ツェリアもその点が気になったらしく、
「あの、砂糖は使えますか?」
「いえ、砂糖は高くて手が出なくて……。代わりと言ってはなんですが、蜂蜜なら使ってもらって構いません。蜂蜜は比較的安価なので」
なるほど、蜂蜜ならありなのか。
割と蜂蜜入りのお菓子は知っているから、きっと役に立てるはずだ。
「報酬は銅貨1枚と考えているのですが、引き受けていただけますか?」
俺たちは、三人で顔を見合わせる。
ちなみに、屋台では金貨7枚とちょっとを売り上げたはずだ。家にあったものを持ち寄ったので原価はタダだが、本来必要なはずの原価を引くと、純利益は金貨5枚半くらいだろうか。
今回は蜂蜜を使うので原価も高くなるが、そのぶん売値も高くなるはず。
……そう考えると、銅貨1枚はさすがに安すぎる気がする。
俺が小さく首を振ってみせると、ツェリアも困ったように頷いた。
「すみません。この価格では引き受けられません」
「えぇ……!? では、いくら払えばいいんですか?」
気のせいかもしれないが、依頼人さんの口調が非難めいている気がする。
正直、怖い。
このまま交渉を続ければ俺たちは傷つけられるかもしれないし、自己嫌悪になるかもしれないし、大損をするかもしれない。
だけど、これがきっと客商売というものなのだ。
理想と現実、自分と客、原価と利益の間の妥協点を見つけて、うまく落とす。その結果が報酬なんだ。
「私たちとしては、銀貨2枚ほどと考えています。これでも大特価だと思いますが」
「銀貨2枚!?そ、そんなにするんですか!?」
依頼人さんは、純粋に驚いたようだった。
まあきっと、こんな子供たちに? とか、たかがレシピだけなのに? とか思っているんだろうけど。
二人を見ると、ツェリアは困ったように唇をかみ締めているし、リウスは不安そうに俺たちを見守っている。
これは、想像以上に大変な交渉になる予感しかしない。
「銀貨2枚は、さすがに高すぎる気がします。せめて、銅貨3枚ほどに収まりませんか?」
「それでは、ちょっと……。値下げするとしても、銀貨1枚と銅貨8枚あたりが限界です」
「それでも、高すぎます。銅貨だけで収まりませんか?」
「申し訳ありませんが、先程提示した価格で買っていただきたいです」
「買いたい気持ちは山々なんですが……」
口をはさめずに会話を聞いていた俺は、なんとも形容しがたい、強いて言うならば悔しさに近い感情を覚える。
自分は価値を知っているのに、相手にはその価値が通用しないことは、もどかしい。
だけど、俺と依頼人さんはもちろん別々の価値観に基づいて生きているし、どちらが妥協すればいいという話でもないから、ますます難しい。そう考えると、商売は双方の価値観が一致したという奇跡のもとに成り立っているものなのかもしれない。
そんな、誰のせいでもないモヤモヤとした気持ちを飲み込んでいる間にも、ツェリアの交渉は続いている。
「この価格は、レシピの価値に基づいた適切な価格のはずです」
「でも、レシピだけですよね?」
「はい。ですが、このレシピには金貨を何十枚も稼げるほどの価値があります。銅貨ではさすがに割に合わないと思います。ただ、もし買っていただけましたら、大量の利益が出る保証はできます」
「そうですか……」
依頼人さんは、レシピを買うか買わないか迷っているようだった。
俺たちとしては、ぜひとも買って欲しい。でも、今値下げをしたら今後ずっと安いまま売らないといけなくなるから、そこまで値下げはできない。
これは、わがままなんだろうか。それとも、商売人として当然の感覚なんだろうか。
「では……」
思考の沼にはまりかけていた俺の耳が、依頼人さんの言葉をとらえる。
あわてて焦点を依頼人さんにあわせると、依頼人さんは軽く頷いて言った。
俺は、「なら、買いません」という言葉を聞く覚悟をする。
「銀貨1枚と銅貨8枚で、買わせてください」
「……え、え!?」
どうやら俺と同じく断られる覚悟をしたらしいツェリアが奇声を上げた。
「……ほんとですか!?ありがとうございます!」
俺も、思わずこらえきれずにお礼を言ってしまう。
そのそばで、ツェリアがなんとも意外そうな顔をしていたのが面白かったらしく、依頼人さんは少し表情をゆるめると、俺たちに向き直った。
「いやぁ、皆さんの熱意に負けてしまいました。でも、それだけ自信をもてる商品を扱っているって、いいですね。レシピはいつもらえますか?」
「そうですね……、レノール、いつくらいにできるかしら?」
売りものだから、一回くらいは試作をしたほうがいいはず。蜂蜜はないけれど、まあ、それっぽいものはできるだろう。それならば、三日くらいだろうか。
「三日後に、お渡しできます」
「おお、それはありがたいです。では、三日後、またここの屋台に来てもらえますかね。私もお金を用意しておきます」
ツェリアが了解の旨を伝えると、依頼人さんは取引用の薄い木札を取り出した。
「では、ここにサインをお願いします」
ツェリアがさらさらとサインを書く。書き終えると、依頼さんは木札をぱきりと真っ二つに折った。その片方を渡されたツェリアは、大切そうに木札を受け取る。
きっと、取引が成立したことを示す、証明書のようなものなのだろう。
「では、また三日後に」
「はいっ!」
依頼人さんはまた屋台の方に戻ると言うので、俺たちは三人で依頼人さんを見送った。
その姿が見えなくなると、リウスがすっとしゃがみ込む。
「どうした、リウス」
「……ううううう、ものすごい、ものすっっごく緊張した!!」
「リウスは何もしてなくない……?まあ、俺も緊張したけど」
「私も緊張で倒れるところだったわ」
とてもそんな風には見えなかった。
ツェリアは、本当にすごい。
「はあ……、ツェリアはすごいなぁ。俺もいつかは交渉役もしないとか」
「そうだな、リウス。商人になりたいなら、開発、交渉、営業、接客、なんでもできるようにならないとだ」
……正確には全てを完璧にこなせる商人になる必要はないと思うけど、苦手分野は無い方がいい。それに、経験が浅い以上、できることは全てやった方がいい。
それはもちろん、俺もだ。
「あ、ねえレノール。たぶん、もう農作業の時間ぎりぎりじゃない?」
「え?……あっ」
まずい、すっかり頭から消えていた。
ここから家は、結構遠い。これは、ものすごく危機状況だ。
「あああ!そうじゃんレノール!急がないとじゃん!」
「うん!てことで、じゃっ!」
「転ばないように気をつけるんだぞー」
「おう!」
リウスとツェリアに手を振り、俺は走り出す。俺の体力を侮ることなかれ、日々の農作業のおかげで一時間ぶっ通しで走れるくらいの体力はある。
商人になりたいからと言って、農家の両親に迷惑はかけられない。農家と言っても、のんびりスローライフ〜みたいなイメージとは程遠く、売る用、食べる用、保存用、種取り用と一家で大量の作物を育てないといけないのだ。
商人になったら、色々とお世話になっているこの世界の両親にも恩返しがしたいな、とふと思った。
転生先で商人始めました。 白音りん @panko666333m
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